ヤマハ発動機
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ヤマハ発動機(やまははつどうき)は日本の企業の一つであり、世界に名だたる楽器メーカー、ヤマハの裏の顔である。本社は静岡県磐田市。すぐ隣の浜松市にはライバルのスズキがある。
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[編集] 概念
創立は1955年で、オートバイの国内4大メーカーの中では最後発である。オートバイ専門メーカーと思われがちだが、プールや浄水器、無人ヘリコプター(後述)といったものまで作っていたりする。
オートバイはデザインとカラーリングが優れる傾向にあり、「技術のホンダ、芸術のヤマハ、変態のスズキ、漢のカワサキ」などと例えられる。また、マーケティング調査に基づいた、隠れた需要を発掘する能力に長けている。これによって何度もブームを築いてきたが、ほとんど後続に潰されている。まあ、商売なんてこんなもんだ。オートバイだけでなく、自動車のエンジンも製造している。主にトヨタ向けのスポーツエンジンの製造を担当しており、名機と呼ばれる4A-GEU、3S-GE、2JZなどは全てヤマハ発動機製。あの2000GTのエンジンもヤマハである。そう考えると、トヨタってスポーティなエンジンを自社開発でき(ry
このように、優等生的な性格が際立つものの、ホンダに全面戦争をしかけて玉砕したり、軍事ユースの無人ヘリコプターを中国にこっそり売ったことがバレたりと、ドジっ娘な側面もある。擬人化の際には、大抵柊かがみ的なツンデレ少女にされる。また、良くも悪くも製品の傾向が安定しているおかげで、スズキやカワサキと較べると狂信者の数が圧倒的に少ない。
[編集] 歴史
終戦直後の第一次バイクブームを背景に登場し、家内制手工業的な町工場から起業した。このことから、かつてはYAMAHA本舗と名乗っており老舗っぽさを装っていた。
初期はバイクに金粉を塗りたくってイヨマンテの夜をスピーカーから垂れ流しながら北海道ツーリングを行うなど、過激なイベントでも知られた。しかし1980年に勃発したHY戦争においては各地の山岳地帯で峠を取り合う激戦が繰り広げられ、山々を白煙だらけにして二輪車通行止の山岳道路を量産した。
戦後処理としてトヨタに植民地化されたあとは優等生ぶっているが、空冷や2スト、トヨタの超高級スポーツカーのアレなど、地球に厳しい車を量産する変態企業であることはあまり知られていない。
部品の流用が大好き。とにかく同じ部品を色々な製品に使い回したがるので、違う車種同士でも部品の多くを共有してたりする。YZF-R1のテールランプをスノーモービルに流用してしまうあたりはさすがの一言である。これは一見ケチで安っぽいと思われがちなシステムだが、おかげで部品の供給が比較的安定しており、何気にユーザー想いな一面が見え隠れする。まさにツンデレ。ホンダにも見習って欲しいものだ。
[編集] 製品
- 通称「ぺけじぇ」。空冷ロードスポーツ。扱いやすさに定評があり、ロングツーリングから珍走までこなす。
- 渋滞ではエンジンが熱くなり搭乗者の繁殖能力を極端に奪う。
- 長らくダラダラと売り続けているうちに、いつのまにか本物のクラシックになってしまった「生きた化石」のようなバイク。レトロブームの火付け役になった。
- 最近規制によって生産中止に追い込まれたが、未だに信者たちが復活を祈り続けている。なお、ハーレーのピストンを移植すると、かえって遅くなる。当時試作されていた、軍用ハーレーのMT-500系エンジンを検閲により削除した試作車が存在したが、不運と踊ったらしく所在不明である。
- 熱よりも振動により搭乗者に快感を与え別の意味で熱くなる。
- スーパースポーツ。リッターSSブームとハイパワー戦争の火付け役。ちょっと名前が長いので「R1」と略されることが多いが、同社のR1-Zと被ってしまうのが皮肉である。
- CBR1000RRの国内仕様を潰すため、最近になって正式に国内で発売した。「Sweet(笑)」。
- ビッグスクーターに見えるが、スクーターじゃないらしい。よく名前がVMAXと混同される。ピストンが3つあるのに1つは使っていない、ツンデレのようなバイクである。
- 「ピストン3つあるけど1つは使ってやらないんだからねっ!!」
- V魔と呼ばれる。V型の魔人です。仲間にM字の魔人インリン・オブ・ジョイトイがいる。
- HD教に対抗する最終兵器。大柄でアメリカンとネイキッドの中間のようなデザインが目を惹くが、燃料タンクやエアダクトがダミーだったり、鈍重そうな外見のわりに加速が凄まじかったりする変態バイク。ちなみに、FF7でクラウドが乗っていたバイクのモデルはこのVMAXである。
- 水冷なのに渋滞ではXJRより熱くなり搭乗者の繁殖能力をほぼ確実に奪う。
- レーサーレプリカブームへと繋がる、2ストスポーツブームの火付け役。当時はデザインも性能も斬新で、飛ぶように売れまくった。調子にのって下は50cc、上は500ccまでバリエーション展開したが、500ccだけは売れなかった。今も日本各地の峠道で化石がみられる、二輪車通行止や大型二輪以外通行止は、RZシリーズのしわざであるorz..
- 後にRG250ガンマに瞬殺された(ホンダがぶつけてきた急ごしらえで作られた欠陥車には勝った)ものの、50cc版のRZ50は国内最後の2ストスポーツであり、火付け役らしく最後を締めくくった。
- RZを瞬殺した憎きRG250ガンマに対抗すべく作ったレーサーレプリカ。レーサー気取りのツナギをまとった男たちに大うけし、ホンダ・NSRと共に峠で幅をきかせた。
- 二代目モデルは、後方排気という市販車には何のメリットも無い構造を採用していたが、おかげで最も異彩を放っていたレーサーレプリカと言えるだろう。
- TZRのエンジンを流用して造られたネイキッド。流用大好きなヤマハだから可能な、既成部品の寄せ集め。
- TZRのエンジンを流用して造られたオフ車(?)。流用大好きなヤマハだから可能な、既成部品の寄せ集め。
- 和製ドゥカティ。ビッグツインブームの火付け役だが、お約束どおり後続に潰された。
- オフ車の定番。身長156cmでも安心して乗れる足つきのよさは魅力だったが、250にモデルチェンジしてからは厳しくなった。
- オフ車じゃない。細い。シートも細いため三角木馬かもしれない。実はセロー250はこいつがベース。
- トリッカーベースのモタード。細い。不人気。
- 2ストオフ車のパイオニア。1964年に登場。白地に青のカラーリングで、国道1号の渋滞を尻目に、日本の沿岸部を最高速度210キロ(設計上は250キロ)で走り抜ける姿は1980年代を代表するものであった。90年代以降は白地にライムグリーンと黒のストライプとなり、kwskか・・と物議をかもした。もっとも、DT200は日車や汽車会社のほか、川重も量産していた。小排気量ながら高性能を誇ったDT200WRと、扱いやすさを追求したDT230ランツァの存在は特筆に価する。ランツァは「扱いやすい2ストオフ車ブーム」を形成するかと思いきや、2スト自体の縮小で不発に終わった。環境基準の強化と、SSの性能として300キロ走行が標準となったこと、特に東京・新大阪間では性能不足が顕著となったことから、惜しまれつつ全廃された。
- 当初はオフ車だったが、いつしかトラッカーとして売られるようになっていたバイク。トラッカーブームの火付け役で、極太リアタイヤが目を惹く。木村拓也に影響された、文字通り頭スカスカなDQNによる「スカチューン」が一時期盛んだったが、ビッグスクーターブームの到来と同時に彼らがバカスクに乗り換えたため、今ではブームも沈静化している。
- アメリカン。よくHD教信者から目の敵にされる。日本国内では三種類のDSが販売された。うち軽量なDSLiteと重装備のDSiが現在も販売されている。ドラゴンクエストを挿入することが可能。PS250のようにブレーキディスクが飛ぶなどの問題はなく、国産クルーザーとしては最大手である。開発時には社内で数々の拷問テストを行い、ケンタッキーフライドチキンの油でも走り、ビルの五階から落としてもエンジンがかかり、爆破解体にも耐えるなど、壊れにくいハーレーとしてアメリカではむしろ本家よりも売れているとされる[要出典]
- バカスク・・・じゃなくてビッグスクーターブームの火付け役。購入にあたって、下痢便マフラー、オーディオ、気持ち悪いエアロパーツを装着すること義務とされている。おっさんが乗る場合はこの限りではない。
- トランクの容量が広いが、底が浅いので大半のヘルメットが入らないのが玉に瑕。「天は二物を与えず」という言葉を実体化したような原付スクーター。リアボックスが使いづらいこともあり収納力は見掛け倒しなのでズーマーともどもオサレに決めたい人向け。