ライト兄弟

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ライト兄弟( - きょうだい)とは、大量殺戮を行う飛行戦闘兵器の原型を初めて開発したとされる自転車屋の兄弟のことである。

概要[編集]

一般的に言われるライト兄弟とは、アメリカ出身とされる1867年生まれのウィルバー・ライト、1871年生まれのオーヴィル・ライトの二人を併せて呼ぶ名称である。但し、実際は5人兄弟であり、他の兄弟は世間の認識において空気同然であるためにライト兄弟からハブられることとなった。

彼らが飛行機を初めて開発した上に機械による世界初の人力飛行に成功したという実績は非常に大きく、世界中で伝記が出版されるほどの偉業として評価された。しかし、彼らが初めての有人飛行機を開発したというのは嘘である。初めて有人飛行機が開発されたのは紀元前500〜800年のプレ・インカ時代よりも前であるとされており、証拠としてその時代の飛行機を模して製作されたレプリカコロンビアの首都ボゴタにある黄金博物館にて所蔵されている。

合衆国の陰謀と失敗[編集]

アメリカ合衆国は人力飛行機が古代中南米の時点で既に開発されていたという事実を隠蔽し、自国の権威を示すためにライトフライヤー号をライト兄弟に開発させ、これを世界初の有人飛行機と称して世界に発表した。

しかし、サミュエル・ラングレー教授がライト兄弟の監修の下にライトフライヤー号の技術を転用した第二の有人飛行機となるエアロドロームを開発したところ、これは飛行実験で全く飛ぶことがなかった。アメリカ政府はこれを根拠としてエアロドロームの原型となったライトフライヤー号の飛行成功すら否定した。後にラングレーが35箇所への改善を加えたエアロドロームは見事に有人飛行を成功させたため、「世界初の有人飛行に成功したのはライト兄弟ではなくラングレー教授である」という話が事実として広まることとなった。

これも合衆国の陰謀であった。合衆国は世界初の有人飛行機を開発したという実績をより軍事的なものとして誇示するため、政府が直接的に援助するスミソニアン協会に属するラングレーを世界初となる有人飛行機の開発者とすることにしたのである。世界初となる有人飛行機の発明は、民間人となるライト兄弟によるものであるという事実よりも、政府の直属となる機関によるものであるという事実のほうが合衆国が誇示できる権威として大きいものであったためである。合衆国はラングレーに、原因が特定できないくらいの緻密な工作によって「飛べないエアロドーム」を開発するよう命じた。飛べないエアロドームがライトフライヤー号の複製であり、このためにライトフライヤー号の飛行実験成功も何かの間違いであると決めさせたのである。

やがてエアロドロームは合衆国によってロンドンの科学博物館に展示された。この時、ライトフライヤー号を科学博物館に展示することは断固として拒否され、ライトフライヤー号はマサチューセッツ工科大学の倉庫に、闇の中でしょんぼりと佇むかのような形で保管されることになった。

しかし、合衆国が偽装を行ったという事実を既に見破っていたイギリス政府は、密かにロンドンの科学博物館を通してオーヴィルにライトフライヤー号の寄贈を願い出した。既に世間から空気とされていたライト兄弟のオーヴィルはこれを承認し、ライトフライヤー号をロンドンの科学博物館に展示させた。合衆国から世界初の有人飛行機として否定されたはずのライトフライヤー号が何故かロンドンの科学博物館に展示されていたという事実はアメリカの世論を大きく揺るがし、事態を重く見た合衆国はライトフライヤー号をアメリカへ戻すようオーヴィルに要請。これに対してオーヴィルが叩きつけた条件は、「ライト兄弟が世界初の有人飛行機を開発したとして事実を訂正すること」のみであった。合衆国はこれについて妥協点を見出すべく議論を重ねていったが、オーヴィルは全く譲ることがなかった。参ってしまったスミソニアン協会はついにオーヴィルの要求通りにライト兄弟が世界初の有人飛行機を開発したとして事実を訂正した。

合衆国は顔に泥を塗られ、古代中南米における文明の偉業も無視された歴史となったままとなり、結果的にライト兄弟が一人勝ちすることとなったのである。

大量殺戮兵器への転用[編集]

ライト兄弟が開発した飛行機技術は、やがて第三帝国ナチス・ドイツに目を付けられて大量殺戮兵器として進化した。紀元前において開発された有人飛行機が戦いに利用されたという記録はなく、紀元前における飛行機による戦闘がなかったと考えると、これこそ世界初となる戦闘飛行機の発明となる。

やがて飛行戦闘兵器は第二次世界大戦において実際に大量の人間を殺戮し、ライト兄弟は大量殺人兵器の原型を作った歴史の偉人となった。日本における芸人コンビである後のダウンタウンは、このインパクトに因んで「ライト兄弟」を当初のコンビ名として採用したとされており、戦闘機が第二次世界大戦で多くの人間をバサバサと殺していったことに因んで、主に浜田雅功が暴力によって多くの芸能人をバサバサと斬っていくこととなった。

注釈[編集]

紀元前に開発された有人飛行機のレプリカは現代では一般的にオーパーツとして称されるものだが、実際に有人飛行機として開発し飛行させることが可能であるという事実は既に実証されている。航空設計技師のアーサー・ヤングを始めとする様々な専門家はこれを飛行機として実用化することは可能であるとコメントしており、1969年に発表された後、1997年にはドイツのアルグンド・エーベンホーム博士とペーター・ベーティリング空軍士官が実際に飛行機として開発して実証に成功。古代南米の時点で既に人力飛行機が開発されていたということは事実として証明されたが、歴史を常識から覆してしまうような事実であったため広まることはなかった。

関連項目[編集]