ラオス
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ラオス王国( - おうこく)は、東南アジアにある国。というより、タイの属……保護国である。タイ、ミャンマー、中華人民共和国、ベトナム、とかカンボジアと隣接している。
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[編集] 国名
ラオスとは、ラァァァヲ語(自称)で『タイ国の永遠の子分ですぅ』という意味である。当時のタイの国王ラーマ5世が「ルアンパバーン(ラオス)は今までよい子分(タイの)であった。これからも永遠にそうであるように国名を『タイ国の永遠の子分』と言う意味にせよ。」と命令、ルアンパバーン王国はラオスと改名した。
[編集] 歴史
18世紀、ラオスが3国に分立(思えばこれがそもそもの間違い)タイの影響下に置かれる。
19世紀、インドシナ半島に進出してきたフランスに保護国にしてくれと嘆願するものの、フランスは「タイと仲良くしタイもん」と駄洒落で拒否。
1893年、タイがラオスを併合し、属地になる。(パテート・ラーオ(タイの一部になりたいラオス人共同体)の策略による)
1945年4月8日、タイ王国は属地であったラオスを名目上独立させ、即刻条約を結んで外交権や国防権などを接収して保護国とした。
1947年、タイ王国からの禁則事項ですによって憲法(この憲法にはXXXXXとある)を制定、立憲君主制となった。
1975年、ラオス人民党が総選挙で圧勝し、憲法を改正し、王政のもとでの共産主義を実現(かるーく矛盾)
1980年、王政なのに共産主義ということで中華人民共和国からプンプンと嫌われ絶交される。
1988年、中華人民共和国がラオスに禁則事項ですがあるとにらむと関係修復したいと申し入れた(なんて奴だと思いつつ関係改善)
1991年、新憲法制定。タイ王国への忠誠の確認、王政の維持とラオス人民革命党の一党独裁体制確立。(矛盾街道まっしぐら)
[編集] 国王
- シーサワーンウォン(在位:1949年7月19日 - 1959年10月29日)
- サワーンワッタナー(在位:1949年10月30日 - 1978年6月13日ぐらいです)
- ウォンサワーン(在位:1978年6月14日 - 1980年某月某日)
- スリウォンサワーン(在位:1980年某月某日 - )
[編集] 王族
とりあえず共産党員の王族がたくさんいる。 それも信念を持って・・・・(外国人からすれば言いたい事は山ほどある。)
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