国王☆おっぱいハート

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国王☆おっぱいハート、正式にはリチャード1世乳心王(Richard I the Oppaiheart、1157年9月8日 - 1199年4月6日)は聖おっぱい騎士団の第5代総帥にして、イギリスの国王(在位:1189年-1199年)。誕生した時に産声の代わりに「おっぱいがいっぱい」と叫んだため『乳心王(ちちしんおう)』という尊称が付けられる。英語では『おっぱいハート』といい、当時の英国宮廷内では『国王☆おっぱいハート』と呼ばれていた。『リチャード乳心王』の名称は後世の歴史家がつけた別称という説が高い。趣味は搾乳。嗜好は巨乳

 聖おっぱい騎士団を率いて聖母マリアのおっぱいである聖乳房の探求に出かける。一般の十字軍と混同されることもあるが、歴史上はこれをおっぱい十字軍と呼んで区別する。ここでの功績により国王☆おっぱいハートはその勇猛さと一番搾りの巧みさを称えられることになる。

聖乳房伝説と国王☆おっぱいハート[編集]

 国王☆おっぱいハートがおっぱい十字軍に出かけた理由には諸説あるが、有力な説は片一方の聖乳房の探求である。ちなみに聖乳房とは偽の聖杯とは対極的な真の聖杯のことである。かつて国王☆おっぱいハートの家庭教師であった司祭バルキティウスはその著書『聖乳房の書』でこう述べた。「イエス・キリストが好んだ食料は一つだけである。それは種無しパンである。イエス・キリストが好んだ飲料は二つだけである。一つは聖杯の中の葡萄酒、もう一つは聖母マリアの乳房より湧き出る母乳である。」(「聖乳房の書」3:14)。すなわち 最後の晩餐でイエス・キリストが言ったように種無しパンはイエスのであり、葡萄酒はイエスのである。そして十字架に架けられたイエス・キリストが流した血を受け止めた聖杯は、実は偽の聖杯であった。なぜならそこにイエスの肉はなかったからだ。そして真実の聖杯とは幼きイエス・キリストを育んだ聖母マリアの乳房、聖乳房である。この聖乳房こそが多くのキリスト教徒が求めてきた真実の聖杯である。なぜならば母乳こそ、血と肉の交じりたる食料にして飲料であり、赤子の力の源だからだ。教会による母乳の再認識によって、種無しパン(聖皿)、葡萄酒(聖杯)、母乳(聖乳房)による三位一体が完成するはずである。

 しかし、その聖乳房のうち左乳は聖マリアの死後、その女体から切断されて秘密教団によって世界のどこかに保管されていてることは分かっているが、右乳はどこにあるか分かっていない。左乳の保管と右乳の探求を任務としているこの秘密教団の名こそが聖おっぱい騎士団である。そしてその騎士団の、地上における投影こそが国王☆おっぱいハートなのだ。従順な国王☆おっぱいハートは家庭教師の教えをよく覚えていた。

おっぱい十字軍[編集]

 国王☆おっぱいハートが右乳の探索のためにどこに行ったのかは分かっていない。だが推測として保管されていた左乳は貧乳であり、右乳は巨乳と噂されていたことから主要な巨乳産出国であるアメリカ合衆国を訪れたことは間違いない。その証拠にその国には国王☆おっぱいハートの巨乳狩り伝説が数多く遺されている。しかし結局は探求中のエルサレムで病没したことだけは分かっている。最期の言葉は産声と同じく「おっぱいがいっぱい」だったという。国王☆おっぱいハートは男性であったけれど、死体を調べると乳房が膨らんでいた。そして死後膠着した両手の形は理想的な上向きお椀型だったという。合掌。

関連項目[編集]