ルクラ

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ルクラ(Lukla・ネパール語:लुक्ला बनाइँदै)とはネパール国北東部にある山村で、エクストリームスポーツ聖地として世界的に知られている。

概要[編集]

百科事典を気取るもオタク向け情報しかない某サイトでも詳しい記述はないが、標高2,860メートル、人口は200人程度の小さな山村である。

世界的に有名なエクストリームスポーツである、ヒマラヤ登山の拠点として登山者が集まるが、1964年に後述のルクラ空港が開業するまでは、麓と連絡する国道さえないため、シェルパに荷物を持たせるものの、自分も約3千メートルも山道を登らなければならず、本番を前にして既にエクストリームスポーツとなってしまっていた。

このように、空港開港までは物流手段が人力しかなく、従って輸送できる物品も限られ、特に子供たちは教科書や学用品さえ手に入らず、小学校さえない有様だったという。

当然、空港が開港して久しい現在でさえ、ルクラには自動車自転車がなく[1]、ルクラ村民をカトマンズに招待すると、航空機は毎日見ているくせに、自動車を見るやいなや「カトマンズでは鉄のイノシシが街を走り回っている」と言い出すという。

エクストリーム・ルクラ空港[編集]

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そんなルクラであったが、1964年にルクラ空港が開港してから、状況は一変した。 これまで人力しか無かった物流手段に空輸が加わり、様々な物品が持ち込まれるようになった。教科書や学用品も簡単に手に入るようになり、程なく小学校も設置された[2]

一方、登山者たちは空港ができたお陰でもはや本番前にエクストリームスポーツをしないで済むと喜んだ[3]。また、これまでのようなエクストリームスポーツ級の登山だけでなく、一般人でも気軽にトレッキングが可能になったと思われたのだが、その空港こそが新たなエクストリームスポーツを生んでしまった。それが、世界的にも有名なエクストリーム・ルクラ空港である。

ルクラ空港は標高2,800メートル以上の高地にあり、非常に狭い。従って滑走路も480メートルしかなく、当然超小型機しか発着できない。離陸時にオーバーランしたら600メートル下の谷底に真っ逆さまに墜落するし、着陸時でも滑走路の向こうの壁に激突するだろう。「離陸に失敗しました、テヘ♡」なんて言っていられないのである。加えて、高地のため空気が薄く、プロペラ機のエンジン出力が落ちてしまう。このため尚更離陸が困難になってしまうのである[4]

しかも、山に囲まれているため、乱気流は発生するわ、天候はコロコロ変わるわ、山の中にあるので見つけにくいわで、ベテランのパイロットでさえ初飛行には教官が付いていないと着陸許可が降りないほどである。

当然乗客も生きた心地がしないどころか、死を覚悟する者まで現れるのは言うまでもない。空港の滑走路が見えるやいなや、冗談でなく数珠を手に握りしめて自らの無事を祈る乗客も珍しくない。このような理由から、無事にルクラ空港に着陸できたら拍手でパイロットたちの労をねぎらうのがお約束である。

実際、ルクラ空港周辺での航空機事故の頻度は異常に多く、年に1機は離陸できずに谷底に落ちたり、着陸時に滑走路を見失って山に激突したりしている。また、何故かルクラに向かう機が出発地近辺で墜落することも多いという。

余談[編集]

ルクラの人口とかルクラ空港の開港年を調べるのにどれだけ時間がかかったことか…。百科事典でしょ、ウィ○ペディアさん?

脚注[編集]

  1. ^ ルクラ空港は超小型機しか発着できないため、自動車や自転車の空輸は不可能である。
  2. ^ ちなみに当地には中学校はないが、小学校を出ると進学のため麓に降りるという話は聞かないので、恐らくネパールでは義務教育は小学校までなのだろう。
  3. ^ 実際、ルクラ空港を建設した登山者・エドモンド・ヒラリーは、「自分みたいに余計なエクストリームスポーツをやらずにヒマラヤ登山してもらいたい」という願いを込めて建設に尽力したという。
  4. ^ 実際、ルクラ空港の離陸場面の動画を見ると、どの機もギリギリの所で離陸しているのが分かる。

関連項目[編集]

Wikipedia
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