レーカン!

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「レーカン!」の項目を執筆しています。

レーカン!とは、月刊まんがタイムジャンボに2010年2月より連載されている4コマ漫画である。作者は瀬田ヒナコ。2015年5月現在、アンソロジーを含めて7冊の単行本が刊行されている。あわせて、2015年4月よりぴえろプラスによるアニメTBS系列の各テレビ局にて放送されている。

しかし、この記事では物語の説明をしつつ世の中のアニメ制作者およびプランナー(企画・立案者)に対して、もうちょっと作品の脇の状況を把握しておけという話をするものであり、なおかつ、4コマ雑誌のHPについても語るものである。涙ながらに。

概要[編集]

2009年12月、まんがタイム系列4コマ雑誌の中で、新人育成に特化したまんがタイムジャンボに2つの新連載が始まる。1つは、ベテラン重野なおき氏による女子高生&動物のほんわか漫画じょしもん。そして、もう1つが女子高生&霊によるほんわか漫画がレーカン!となる。この作品は、発表当初より新人らしからぬ4コマ技法の数々と絵の上手さで読者の注目を集めており、さらに、レーカン!では当時としては画期的な連載方法を選択。なんと、1ヶ月に2本(8ページ×2本)の作品を掲載することで、通常は1年半かかる単行本の刊行を半分に済ませると同時に、2000年代後半より掲載作品の劣化が著しかったジャンボの誌面の向上に大きく貢献。その結果、一挙両得の効果を得たジャンボ編集部のチャレンジ精神と、必要とされた質と量に答え続けた作者という2つの意味で、この作品は4コマファンから驚きの目で見られることとなる。そして、当然ながら、かわいいじょしこーせーが主人公でなおかつ面白いこの作品は、いつかアニメ化されるに違いないといわれていた中で、2014年8月、ついにアニメ化が決定。

しかし、そこからこの作品に待っていたのが、どうしようもない悲劇だったところが恐ろしい。

あらすじ[編集]

この物語は、霊感の強い女子高生、天海響(あまみひびき)とその周辺の人々が織り成すハートフルコメディ、の体裁をとっているものの、その実態は一にも二にも、作者である瀬田ヒナコさんの成長がメインの物語である。なんせ、作者自身、まんがタイムジャンボに移籍する前に4コマ漫画を連載していたものの、いかんせん、少年画報社から出版する漫画雑誌、ねこぱんちにて連載していた4コマ漫画「芦屋さんの猫。」が少々アレ。決してヘタではない、むしろ新人離れした構図、動きなどに非凡な才能を見せながら、猫が硬い。150キロのストレートを投げられるのに、ストライクゾーンを理解していない状況で、とにもかくにも、猫を柔らかく表現できないという弱点をついに克服できない状態のままジャンボにてこの作品を描き始めたという経緯が存在。

なお、作者の猫の描写については、レーカンにもその片鱗というか弱点が現れており、硬球というかバレーボールというか、ある意味、猫らしい動きは描写できても、猫らしい毛並みや猫らしい柔らかい関節といった描写が出来ずないもどかしい描写が続くことになり、せっかく新進気鋭の4コマ作家初の連載という利点を生かせないまま、ねこぱんちにおける連載は他誌における仕事量の増加とともに終了。なお、2015年になってようやく柔らかい猫の描写ができるようになった時点で、この問題は実に根深い。

しかし、課題を克服することで作品を面白くする=作者の成長を読むことこそが4コマ漫画のもう1つのあらすじであるため、課題のある作品ほど後の面白さが保証されるのが4コマ業界というものである。

猫漫画のくびき[編集]

あわせて、作者が苦しむ猫の描写こそが、この作品が化けた原因に直結する。それは、作者がねこぱんちで磨いたテクニックをそのまま、ではなくちょいとひねった形でレーカンに落とし込んだことが勝因である。特に、猫漫画における重要な描写、猫の反応の仕方をそのまま人の反応に取り入れた結果、レーカン!という作品が強烈に光り始める。というのも、当時のまんがタイムジャンボには後述するまんがタイムきららの呪縛の影響により、キレーなキャラクターだらけ病という編集者の陥りやすいドツボに頭から突っ込んでおり、その結果、笑いを引き出す反応の描写が画一化。雑誌全体できらら系の笑いが蔓延した結果、同じ描写に同じネタ、同じ空気が足を引っ張り合って、作品の魅力を奪うどころの騒ぎではない、似たようなキャラ、似たような構図、似たようなネタという悪循環に陥っていた中、きらら系ではないネタの構成の作品を投げ込んだんだから、そらあ目立つわな。

そんなわけで、きらら系の萌えの跋扈する中で、猫漫画の常識をもって切り込んだレーカンは、まず登場人物のしぐさの描写で他の漫画を圧倒。そして、これまた猫漫画のテクニックである猫目線による描写すなわち、視点の切り替えもしくはコマ内でのカメラワークでさらに上を行き、何よりも、猫漫画におけるを取り込んだ結果、2コマのネタを4コマに、そして8コマにすることで、他の作品とは決定的な違いであるテンポの形成に成功。面白くないネタや捨ゴマを差し挟むことで、80点のネタを70点にしてもなお、他の作品とかぶらないことは重要である。

とりあえず、編集部、Goodjob。

あわせて、同時期にまんがタイム系列の雑誌まんがホームにて宮成樂さんによる天国のススメ!という、霊感4コマの最高峰ともいえる作品が始まっており、別雑誌において同じ題材の作品を掲載することで、足を引っ張らない形で競い合わせることができたことがとてつもなく大きい。

それがどれぐらい大事な話であったかは、当時のまんがタイムジャンボおよびまんがタイム系列の雑誌が特殊な環境にあったところから説明しないといけない。

萌え漫画のくびき[編集]

2000年代のまんがタイムジャンボには、1つの不文律というか、ある意味、呪われた使命を背負っており、それが多くの4コマ作品の寿命を縮めていったことは確かである。それは、芳文社には女子高生とその仲間達によるキャッキャウフフ、いわゆる萌えに特化した、特化しすぎた、問答無用のまんがタイムきららという巨大コンテンツが存在しており、2000年代半ば頃より、まんがタイムジャンボはそこからあぶれた人々を掬い取る、吸収する役割を担っていた。担おうとしていた。そのため、萌えに特化した雑誌から、ある程度萌え要素を含んだ同じ会社の雑誌へと移動を試みる人々のため、作品に萌え分を絶対必ず何としてでも取り入れないといけないといった雑誌の構成を心がけた結果、ほとんど全作品主人公が女性となり、男性との絡みが激減。その上、萌え要素がいらない似合わない絵柄の作品にまでメイドがぶっ込まれ、ある意味、雑誌全体が萌えで窒息死しそうな状況になっていた。

まぁ、そらそうだ。萌えの第一人者たちはきらら系列で普通に連載してる以上、その網に掛からなかった作家陣をジャンボで育成しようったって、萌えに特化した読者はきららから出てこないだけの話である。逆に、ジャンボで育った読者がきらら系列に流れていくだけの話である。

そのため、長年の読者からまずいやばいジャンボの育成機能が働いてない、いつまでも大乃元初奈さんのおねがい朝倉さんに頼りっぱなしだと死ぬるといった非常事態宣言がなされた中、ようやく、朝倉さんに代わる雑誌の柱たりうる重野なおき氏のじょしもんが連載を開始。萌え特化の中に別色の作品が投下されると同時に、絵柄は萌えなくても、女子高生同士でワイワイやりつつ脇役を活かすテンプレートを生み出すことで、その後のジャンボの諸作品は大きくその内容を変えていくことになる。そして、ようやくにジャンボ編集部が萌え特化型の誌面を終わらせる道筋が整えられる。

実際、2010年当時のまんがタイムジャンボ誌上には、大成功したきらら系作品と既存の4コマ作品との融合に関する模索が繰り返され、レーカン以前に女性が主人公となる類似作品が山となっており、女子高生や女性社員、女子従業員といった作品が目白押しで、編集部の脳みそが腐ってるんじゃないかレベルでイメージのかぶったキャッキャウフフだらけとなっていた中、満を持して萌えの海の中でおぼれかけた雑誌の中に投下された浮き輪が、重野なおき氏のじょしもんとなる。尚且つ、萌えを期待されたにも関わらず、ねこぱんち及びじょしもんから盛大に4コマ漫画の基本を吸収しまくったこの作品が、浮き輪につながれた命綱となっていく。

無論、この2つの作品にもキャッキャウフフ成分は存在していたものの、肝心要のネタの質、それ以上に他作品との違いが維持されていたことが大きい。特にレーカンは前述のテクニック他、表現の引き出しの数、何よりも作者の成長が目に見えて違っていたため、じょしもんとレーカンの2強は早々にまんがタイムジャンボ内の類似作品群を駆逐。正確にいうと、ようやくネタの質&作者のレベルが向上しないと誌面で生き残れないという、4コマ雑誌として大変正しい空気がまんがタイムジャンボ内でも漂うこととなる。なお、それまでのきゃっきゃうふふふふふふふについては、繰り返すけれど、あまりのネタかぶり、あまりのきゃきゃうふふかぶりに編集部と編集者の正気を疑うレベルだったことは確かである。

なんせ、ちょっとオバカでかわいい女の子の作品が出ては消え、出ては消えていくたびに、優秀な女性社員を描いた朝倉さんが映える映える。そういった作品が雑誌内にそれしかなかったら、そうなる。けれども、その代償として4コマ雑誌内に作者の成長が見受けられなくなったとしたら、大問題である。特に、新人育成で覇を唱えたまんがタイムジャンボでそんな話になったのだから、大問題である。

空気の入れ替え[編集]

そんな一強多弱のジャンボ誌面を塗り替えたのが、じょしもんとレーカンであるのだけれど、そのままその2作品におんぶにだっこでは、新人引き肉機としての同じ道のりが待っているだけである。けれど、そこはそれ。万事ソツがないことで知られる重野氏である。自分の作品の終わり方、後への引き継ぎ方もまた見事であり、なんとふっつーに、2014年6月に、じょしもんをつつがなく終了させるんだからおっそろしい。

無論、ちゃんとした理由もそこにあり、もはや4コマ雑誌の枠組みを越えて、青年誌やウェブ漫画でも4コマを掲載する重野氏の仕事量を思えば、大団円を迎えられるうちに作品を閉じるのは英断であると同時に、ちゃんと雑誌内のトップの座を引き継げる体制が整えられていたことが大きい大きい。そのころにはすでにレーカンがじょしもんの後を引き継げる作品になっていたため、雑誌の顔がいきなり消えてもさほど問題はない状況になっていた。あわせて、じょしもんの3年半でジャンボ編集部はレーカンをメインでやっていける体勢と、そのほかの成長が手に取るように分かる作家陣を確保することに成功。どうにかこうにか、きららからこぼれた読者を狙うだけではない、自前で読者を呼び込める体勢が整えられており、ようやくというか、ついにというか、男性が主人公の作品が出てくるようになる。ようやく。ほんとに。まったく。

素晴らしきHP[編集]

そんな経緯の中でついにようやくまんがタイムジャンボのトップの座に立ったレーカン!を襲った悪夢について。しかも、アニメ化という、ある意味漫画家としてたどり着ける最終地点にうがたれた落とし穴について。それは、もうちょっと周辺の環境に目を光らせてくれよプランナーという、HPの悲劇である。

一般的に、4コマ雑誌を出版する会社のHPというものにはいくつかの難があるのが相場となっている。各種検索エンジンにて雑誌名もしくは作品名を検索することで、それらのHPに接続し、最も早く作品の情報に触れようとするのが2000年代以降の読者の常識となっている中、なぜだか、情報を提供する立場にありながら、情報のスピードと質に難がある、ありすぎて泣きたくなって、頭がクラクラするレベルなのが一般的な4コマ雑誌のHPである。これは、どうしても紙媒体を通しての情報発信に心を傾けがちになるため、と言いたいのだけれども、単にずぼらなせいか、もしくはHPの制作を外部に丸投げしているせいである。そのため、ミスが延々と後に残り続ける。本当に、延々と残り続ける。

そして、このレーカン!という作品にも残念ながら諦めるほかないというか、アニメ化が決定してからは随時、芳文社によるHPの悪夢が続くこととなり、さらに、それが2015年6月の時点で、現在進行形で繰り広げられることとなる。

いきなりのミス[編集]

とりあえず、簡潔に説明すると2014年8月にレーカン!のアニメ化が決定した後、芳文社では2013年にアニメ化された恋愛ラボ宮原るりさん作)を主体としたHPの変更に着手。即座に大失敗。なんと、ページの冒頭に設置したバナーのアドレスをミスした結果、アニメの情報を求める人々を404へと導く出版社にあるまじき失態を見せてしまう。さらに、そのミスを1ヶ月以上に渡って放置。結果、アンサイクロペディアで心行くまでネタにした後でようやく改善される。けれども、この段階でもまだ4コマ業界あるある程度の笑い話である。この段階ですら。

実際、その後はホームページのミスも解消して、レーカンのバナーも正しく設定しなおして、後はアニメ化に向けて粛々と進むのみだと思っていたらばしかし、いつまで経っても変わらないHP地獄が始まる。いや、うん、バナーのキャラクターを夏仕様にしてるんだから、季節ごとにもうちょっと変更したほうがええんちゃうか、という些細な不安を覚える中、静々とアニメの制作は進行していき、PVまで制作された時点で、どう考えてもHPの表記と合わないんだけどいいのかそれで、という突っ込みを我慢せざるをえなくなる。それでも尚、変更しないのが芳文社のまんがタイム関連のHPである。

2015年4月のきせき[編集]

そんな楽しい話が最終的にネタに昇華したのは2015年4月2日。レーカンのアニメがスタートしてもなお、アニメ化決定!のバナーがHPのトップを飾る時点で、相当まずいどころの騒ぎではない。その上、芳文社をあげて、それこそまんがタイムの各系列雑誌を交えて盛り上げた結果、2015年5月に軽くアンソロジー本を出すまでにバックアップし続けた中でさえ、誰も何も言わないまま、芳文社のまんがタイム関連のHPにおけるバナーの表記が一切変わらないまま、延々とHPが更新され続けるのだから恐ろしい。

いろんな意味で悲しくなる。

だって、普通、待ちに待ったテレビアニメの第一話が放送されたんなら、HPのほうもアニメ化決定だの、情報を続々解禁だのといった表記を変えると思うじゃん、普通。けれど、本当に、悲しいけれど、そっくりそのままだろうなという気もしていたけどさ。何故だかと言われても困るけれど。でも、まんがタイム系列のHPの歴史が、そういう仕組みであってそのままの可能性が高い思っていた以上、そのままであってもおかしくはなかった。で、見事に当たったよこん畜生。

もちろん、芳文社内部の人事異動の影響もあるだろうから、4月のHPの更新スケジュールがちょっとぐらい狂っても仕方が無い、そんなこともあるだろうと次の更新を待つものの、結局、HP自体4月30日まで更新されない時点でちょっと問題である。そして、5月12日に更新されてもまだ変わらない。さらに5月20日の更新の時点で、すでにアニメは全13話のうち半分を消化しており、このままバナーの表記を無視して最後まで突っ走る可能性ばかり高くなる。

けれど、残念なことに芳文社のHPとはそんなものである。4コマファンにとっての常識である。だとしても、悲しいかな、芳文社のHPが更新されなければされないほど、アニメのほうの関係者の、事前の根回しおよび手回しのレベルが分かってしまう。

うぉいくぉらプランナー。企画制作責任者ああああ。とりあえず、アニメ化する作品が掲載されている雑誌のHPを変更したんなら、もうちょっと、その後についても考えておくべきである。このHPの放置の結果、何が分かるかというと、作者および編集部、そして関係者との細部にわたる話合いが細部にまで及んでいないという点である。そのため、ちょっとだけ、アニメ化に関わる人々の質を把握でき、その上で彼らが何を見ているか、何を見ていないかもまた分かってしまうのもまた、悲しい話である。お願いですから、作品にはちゃんと監査を入れてください。入ってるんなら、ちゃんと仕事をさせてください。何より、関係者全体の意識をちゃんと統一してください。マジで。

2015年5月の落としどころ[編集]

とりあえず、2015年5月20日の段階で、何が分かるかというと、思った以上に作品に関わる人間が少ないことは確定である。4コマ雑誌のHPの不備を関係者にそれとなく伝えるだけで十分に対応は可能なはずである。だからこそ、作品名はともかく「まんがタイムジャンボ」で検索した結果、どういう話になるか予測していないし試してもいないことも推察できる。アニメ化のみで、自分の足元を見ていないことがわかってしまう。無論、4コマ雑誌という存在自体、1980年代に元大学生で漫画から卒業できなかったおっさん連中の切り開いたニッチ産業であり、2000年代の隆盛も、出版業界では日陰の隙間から芽吹いた一時のアダ花に過ぎない。だとするならば、芳文社のほうがHPの更新を失念するのは想定内である。けれども、アニメ化に関わった連中が1ヶ月半も作品に関するHPの不備を見逃すというのは余りいい話ではなく、気づかない時点でアウト、不備をわざと見逃していてもアウト、ついでに不備を指摘しても即座に対応できない体制という時点で3アウトである。結局、1クールのアニメのうち半分ほど情報更新しない作品と思われた時点で、ある意味、別の意味で体をはったギャグみたいなもんである。

もっとも、芳文社のライバルである竹書房の4コマ関連のHPも、少々アレであるため、少なくとも4コマ関連のHPとしては気にすることはない。竹書房の4コマ専門ページから、2014年10月に最終号を迎えた雑誌「まんがくらぶオリジナル」の項目がいつまでも無くならない以上、4コマ雑誌のHPとはそういうものだと思うしかない。

ただし、アニメ関連のHPとしては大問題どころの騒ぎではない。

2015年6月のうぉいくぉら編集部[編集]

2015年6月。基本的に人手が足りないと噂されていて、それがほぼ事実であるまんがタイム編集部がやってくれる。正確にいうと、まんがタイムコミックスの編集部がやらかしてくれる。それも、アニメ化に伴いテコ入れしている作品でやってのけてくれるってんだからもう。というわけで、6月5日に発売されたレーカンのファンブック、すなわちこれまでにまんがタイムジャンボや他誌で掲載された表紙絵、カット、作者である瀬田ヒナコさんの短編などをとりまとめた「レーカン!第零巻」に思いっきり、編集ミスが発覚。それも、巻中にあるレーカンクイズの答えの掲載が抜けているという、普通に読めば誰でも気づくミスが出てくる時点でまずい。しかも、ミスはミスで仕方ないのだけれど、さすがに、それが第1問目の答えを掲載し忘れるってのはさすがにどうかと思う。

あわせて、今回のミスの大きな原因は2015年5月のコミックス発刊状況にあり、この月は通常であれば、毎月5冊の単行本を発売する芳文社で、珍しく1ヶ月に7冊の単行本を発刊した結果、前々から人手不足と呼ばれていたぎょーかいのさいおーてに、人手不足の波が押し寄せた。ただそれだけの話である。とりあえず、チェック体制の人員の不足が、往々にして人気の頂点でやらかしを発生させるのが世の中というものである。

ちなみに、芳文社では過去に、誤植に関するお詫びの文を誤植したという伝説が存在しており、誤植の存在するページ数を間違えてHPに記載したこともあるため、特に問題はない。

そして、なぜファンブックの最終校正作業ともろかぶりする5月の単行本の出版が通常よりも2冊も多い状況になったかというと、レーカン!のアニメ化に伴うテコ入れで、他の4コマ作家によるレーカン!の短編を掲載するアンソロジー本を出すこととなったのに加え、この月は芳文社における大正義、植田まさし氏によるおとぼけ課長の最新刊である第27巻の発売されることにもなっていた。その結果、通常の1.5倍という作業量に加え、ファンブックスというただでさえ通常の4コマ単行本とは異なる形式の単行本の編集作業も加わった結果、見事に。

いや、まぁ、原因は多忙によるものであるけれども、編集部が悪いことには変わりはないんだけれどもさ。

なお、レーカンクイズの答えのページにはレーカン偏差値という、答えの数に合わせてどんなキャラクターに当てはまるかという、いつものよくある編集部としても簡単に埋めることのできる鉄板かつ安易なページが存在するのだけれども、そこで、よりによって、「正解の数を数え忘れた方」という項目がある時点で、ある意味、体を張ったギャグというかなんというか。

ちなみに、HPのバナーはアニメの最終回が放映された後も「アニメ化決定!」のまま変わっていない。ある意味、様式美である。

4コマのアニメ化すなわち[編集]

なお、この作品のアニメ化には、もう1つ大きな見過ごすことの出来ないご難すなわち不運な話が存在しており、それがまぁ、ものの見事に2015年6月現在でもまんがタイムのHP上で確認できる。それは、アニメ化の情報を伝えるバナーのところを見れば一目瞭然であるのだけれど、主人公である天海響の顔が原作と違うレベルではない、違いすぎるという相当に重要かつ見過ごすことの出来ない話である。とりあえず、多くのまんがタイムジャンボの読者が、アニメ化に喜んだ直後のアニメ版の主人公の立ち姿に、・・・誰やねん、だの、これでアニメ化かぁ・・・と思ったことは秘密である。もっとも、その後はいろんな箇所が微調整され、原作に近い顔になっていくものの、いかんせん、アニメ絵の最初の顔が、顔のつくりから髪の色を含めて、そっくりそのまま西尾維新原作のアニメ化物語やん、てゆうか、ぱっと見、霊物語とだまして売ることも可能やん、という話があり、そんな笑い話を後世に伝えるバナーが、いつまでもどこまでも残るからこそのまんがタイムWeb。

まぁ、見てて面白いけれども。

あわせて、主人公以外の造形、他のキャラクターのモデリングはほぼ原作どおりで、ある意味、原作を読めば読むほど、アニメの絵コンテを読んでいる気にすらなるのがこの作品の大きな特徴でもある。もっとも、まんがタイムジャンボの表紙を長年飾ってきた作品であるため、一枚絵の質の高さはアニメよりも上、はるかに上で、一枚絵の破壊力という意味ではアニメはまだまだ原作に届いていない。また、主人公の髪の毛の色が黒髪からアニメ色、すなわち紫色に変更されたため、原作に見る髪は口ほどに物を言う光景が少なくなっており、また、漫画のほうでは当たり前であった頭身の変更すなわちデフォルメ化がアニメでは行われないため、なんでアニメよりも原作のほうがキャラが動いてんねん、という話もアニメ化の際にぼそぼそと。

もっとも、そういったキャラの動きには先例があって、実はレーカン!のアニメには実にまったくその先例を則った様々な特徴があり、まず、キャラのデフォルメを拒否した結果、まるでサザエさんのように全員同じ頭身のままだったり、サザエさんのように1つのネタの周辺に細切れにした別のネタをかぶせていく手法をとったり、サザエさんのように主人公以外にも積極的に光を当てて、サザエさんのようにまったりとしたペースを心がけていった結果、他のアニメとはまったく違うリズムを刻んでいることは秘密である。

さらに、その大元に、ねこぱんちがあることはさらに秘密である。あわせて、主人公の周囲の霊の置き方およびネタの拾い方が、まんま、重野なおき氏のじょしもんにおける動物のソレとそっくりなのもやはり秘密である。

アニメ終了[編集]

2015年6月26日、無事、アニメ化されたレーカン!は最終回を迎え、無名だけれども良質の作品ということで、とりあえずは無体なアニメファンたちの暴虐をやり過ごすことに成功。可もなく不可もなく穴も無い作品という形で、深夜アニメというただでさえ低予算で制約の多いアニメ激戦区で、3ヶ月という短いようで長い戦いを無事生き残る。あわせて、こういった作品に自動的に発生し、ヒットすればするほど増殖し続けるアンチの存在がなぜ手控えられたかというと、まんがタイムジャンボという、元からアニメファンからはノーマークの雑誌からの初めてとなるアニメ化作品だった上、原作が最初からアニメ絵であり、アニメの動きに則したキャラの動きが徹底された作品であったことが大きい。実際、最も初期に叩く存在が出てくる原作ファンからの評価も上々な上、熱狂的原作ファンがそのままアニメのアンチへ移行するような話もなく、4コマファンとアニメファンが共存して作品を楽しむ。これは、一部のライトノベル業界関係者が血の涙を流していい平和な光景である。

何より、周辺の環境が余りにも、余りにもスキが多すぎて、完璧な作品ほど叩きたくなる一部の重篤なファンの形をした何かから総スルーされたことが大きい。実際、最高の物語、作画、楽曲、声優などを取り揃えた100点の作品の穴を指摘するのは、面白くて面白くて仕方ない話である。けれども、70点の作品を叩いたところで得られるものは特に無いわけで、そういった作品がアンチを育てないことも、発足したばかりのアニメ会社であるぴえろプラスにとっては僥倖だった。

あわせて、最終回を迎えても尚、掲載誌のHPの表記がアニメ化決定!のままという作品の評価を80点以上にすることは不可能である。もちろん、予測していたことではあるのだけれども。

ホームページ変更[編集]

2015年7月17日、ついにようやく芳文社におけるまんがタイム系列の4コマ雑誌のHPのトップ画像が変更され、1年にわたってアニメ化決定、情報続々解禁のまま変更されなかったレーカン!から、今度は小森さんは断れない!クール教信者作)のアニメ化決定!情報続々解禁という、どう見ても同じ穴のなんとか、もしくは柳の下のなんとやらが今から見えるようなページとなる。

もちろん、バナーのURLが間違っていたり、1年以上も同じバナーのままだったりという大ネタは繰り返す可能性は少ない、はずなので、多分、きっと、今度こそはアニメ化の関係者がまんがタイムのほうのHPにも目を光らせてくれる、と信じたい。

なお、奥歯にものが挟まったような言葉ではなく率直に語るならば、多分このまま。ある意味、4コマ業界の宿痾(しゅくあ)みたいなもんである。果たして、人手不足が解消されるのが早いか、それとも増やした人件費で経営が圧迫されるのが早いか。それは誰にも分からない。

登場人物・の前に[編集]

この物語は2000年代より連綿と続く萌え4コマの伝統に則り、女子高生がキャッキャウフフするシステムが整えられているものの、そこに一般的な漫画で多用されるデコイもしくはチャフが投入されているのが大きな特徴である。そのため萌え漫画のようでありながら普通に登場人物に男性が投入され、あまつさえ、女性陣に絡む。ついでに、アンソロジーでも単行本における書下ろしでも、もし登場人物が男性だったら、というIF世界を描写しまくっていることからも分かるとおり、明らかにきらら系とは異なる路線であることを明示している。

これは、一般的には仲間内でワイワイやっている光景であるものの、世の中には、もといきららからジャンボへ来る人々の中には、女性陣のみの作品を至高とする思考の人々が多くいて、そしてレーカン!がアニメ化した際には男性の存在さえ許せない人すらいたことから考えれば、ある意味暴挙である。無論、そういった読者をきららから大勢引き受ける形でジャンボの誌面が創られていったことも事実であるけれど、そのせいで、誌面作りと読者獲得に見事失敗したことを考えれば、やはり、一部の読者および視聴者を切り捨てても、キャッキャウフフよりもネタを構築しやすいワイワイガヤガヤのほうが、作品を続けていくには重要な要素である。

とりあえず、レーカン!およびじょしもん以前、まんがタイムジャンボ内で、こりゃまたごく自然と男女の絡みも汚れ役を引き受ける存在も投入できない作品が急増した上で、全作品が似たような形式ばかりになり、3回だけ掲載した後さようなら。そんな、即座に切られる作品の多かった時期を思えば、普通に3年持つ作品や他誌にまで活動の幅を広げる作者を育てるジャンボのほうが、雰囲気としては上。確実に上。

これは、きららのテンプレートもといシステムを推し進めればごく当然の帰結である。悲しいかな、うなじくるぶし鎖骨のくぼみも描かないで、デフォルメの平べったさから抜け出せないまま萌えの中で燃え尽きていく。人と違う表現という小さな描写のテクニックが身に付かないまま消えていく。そのせいで、2000年代後半から2010年代にかけて、連載が始まった瞬間に余命1年から2年という数字が頭上に点滅する作品ばかりになったことは、悲しいかな、ジャンボの歴史におけるぬぐいがたい事実である。

寿命[編集]

キャラの顔だけで作品の魅力を維持するには、1つの重要な要素が必要である。つまり、二次創作の転用がしやすいキャラであったり、魅力であったり、もしくは、そういう人々を集める誌面だったりと、ある意味、内容よりもパリコレのような感覚で、作品よりもキャラを売るシステムができていれば、その寿命は長くなる傾向にある。しかし、そういう作品ではなくそういう誌面でもない中で、キャラの顔だけで作品を維持しようとすると、大抵は1年、人間関係の描写ができていてもちゃんとした役割を持たせたキャラを投入できたとしても2年から3年程度、単行本にして2冊程度が限界である。

それよりも、きゃっきゃうふふの設定がかぶる作品だらけの中で生き残るより、設定がかぶらない違う役割を担う作品を投下するか、別のリズムを持っている作者を投入したほうが、似たような作品だけの中で個性が埋没するよりも、生き延びやすくなる。他作品と違う色が出せる。そんな、ごく単純な話をジャンボが思い出したのが、4コマ初心者の屍が山と積み重なった後だったけれども、そんな反省を踏まえて、レーカン!にはきらら系とは違う形で作品内にデコイもとい男性キャラをしっかりと投入。汚れ役を作ったうえで、じょしもんのテンプレも上手に投入。作風の幅が果てしなく広がっていく。

このように、クソ単純なキャッキャウフフだけではない、他の作品の寿命を延ばすシステムを誌面に再構築していったおかげで、どれぐらいの作品が生き延びたことやら。

なお、もしも重野なおき氏のじょしもんが無かったら、レーカンもこの落とし穴にはまっていた可能性が存在している。実際、この物語の1回目となる読みきり作品には、男性と絡む場面がほとんどなく、そのままジャンボのシステムを踏襲していたら、そのままフェードアウトという話も十分ありえた。けれども、幸いなことにじょしもんがきららから持ち込まれたシステムを発展させ、女子高生たちだけでキャッキャウフフしてても、それ以外のキャラクターに焦点を当てることで、普通にネタを仕込める上、男性も汚れ役も悪役も脇役も絡めば絡むほど作品が面白くなることを証明。ついでに、きららシステムの悪弊であった背景極少の作品にキャラの顔が多用されすぎる作品、全てのコマを会話で埋めるといった作品とは徹底的に違うシステムの作品を投入しまくった結果、じょしもんもレーカンも、後姿や横顔、奥行きのある構図にモブといった、きらら系では見られない要素が詰め込まれた作品となっていく。そうすることで、同じ誌面におけるきらら系の作品もまた影響を受け、結果、作品の寿命を延ばしていく。

繰り返すけれど、2014年にじょしもんが惜しまれつつ終了した時点で、ようやくというかなんというか、まんがタイムジャンボ編集部はきらら系漫画と普通の4コマ作品が混在させることに成功。同じ設定・同じ作風という名の足の引っ張り合いをようやく回避する体勢を整える。

登場人物[編集]

この作品における重要な要素として、実は作品内でまったく語られていない常識がある。それは、普通であれば幽霊が見えたり、周辺でポルターガイスト現象やラップ音が多発すれば、誰だって引く。そのため、主人公の周辺にいる人々について、基本、霊について耐性があるか、もしくは主人公が絡むかの2通りの人々しかいなくなる上、そうなって当然である。そのため、なんで男性キャラがいるんだというアニメ化の際に見られた批難については、単純に、度重なるポルターガイストを経験してもなお、主人公の半径5m以内に進入できるから。という話である。

天海響(あまみ ひびき)
この作品の主人公にして、まんがタイム系列で2番目の霊力を持つ少女。なお、1番である小学生似の男子高校生のほうは、普通に妖怪と交流して凶悪な笑いを届けているため、別路線であるハートフル路線を進むことは正しい判断である。
基本、内気であり転校してくるまでは友達もほとんどいなかった模様。・・・訂正、生きている友達はほとんどいなかった模様。
むしろ、避けられすぎていて心を閉ざす寸前で父親とともに引越しを決断。転校先でようやく耐性を持つ人々とめぐり合ったおかげで、それなりに楽しい高校生活を送ることになる。
ただし、4コマ漫画的に見ると、初登場の時点で動けず、反応せず、しゃべらずのある意味三重苦に近い主人公だったものの、その後、体質を上手く使った周囲への悪影響路線という中々難しい笑いを取れるキャラクターに成長していく。
このように、きらら路線を踏襲した、ボケない変顔しない性格が破綻してない美少女、なのに突っ込まれるというシステムを確立したことが、その後、まんがタイムジャンボを救うことになる。
なお、アニメ化の影響でどんどん顔が丸くなっていくのは仕方がないけれど、単行本1巻のアゴの形を見るとちょっとびっくりする。
井上成美(いのうえ なるみ)
海軍大将
とりあえず、作品における第二の主人公ともいえるキャラクターが、偶然にも第二次大戦における日本軍最後の海軍大将と同じ名前になってしまった時点で、うぉいくぉら編集部。けどまぁ、偶然だから仕方ない。
ちなみに、Googleで検索すると出てくる井上成美(いのうえしげよし)大将のウィキペディアの記事は、2015年5月現在、22万バイトもの巨大記事となっており、レーカン!の漫画、アニメ、ドラマCD等全てを費やしても遠く及ばない濃さだったりするけれども、こればかりは相手が悪い。
なお、漫画のキャラクターのほうの井上成美は、正統派を行くツンデレで、作品内で一番の怖がり屋というおいしいポジションが与えられており、あわせて、作者がねこぱんちで磨いた猫の反応を最も体現しているキャラクターである。
4コマ漫画で、見えない霊を怖がるキャラクターの反応で4コマ中3コマを埋めることができるのは、普通の4コマでは暴挙であるのだけれど、問答無用で猫の反応だけを描くだけで面白くなる猫漫画としては正しい。
その結果、この作品の半分は井上の変顔で出来ています。
もう半分は、ツンデレで出来ています。
あわせて、ほぼ第二主人公だけあって、とにもかくにも反応が多種多彩なキャラクターで、4コマ的三重苦に苦しむ主人公とは逆、4コマ的に見れば完全無欠の何でもできるキャラとなっている。基本的な立ち位置は突っ込みであるものの、ボケも変顔も過剰反応も可能な上、ハートフルなストーリーにも絡む絡む。
ただし、悲しいかな。主人公にカメラの焦点が当たっている限り、きゃっきゃうふふだけが出来ない。そんなフクザツな立ち位置のキャラでもある。
もっとも、酒癖が異様に悪く、たとえ甘酒でも少し口にしただけで、キャラが崩壊。きゃっきゃうふふするツンデレと化すと同時に、ツンデレのきゃっきゃうふふは別の意味で笑えることを教えてくれる。
笑えるというか、幽霊よりも怖いという意見も少々。
上原佳菜(うえはら かな)
作品におけるメイン突っ込み第一号。高校一年生とは思えない冷静さと、4コマを4コマたらしめるまとめを担う重要なキャラクター。
なお、4コマでいう笑いどころは、物語の初期では大抵2コマ目か3コマ目で井上が変顔、もしくはツンデレで消化したところを冷静に突っ込むスタイルだった。
その後、作者の成長とともにネタの構成も進化していき、ただの小ネタだった、彼女が心霊系のブログを運営しているという話が、自然と幽霊のボケにも冷静に突っ込むというシステムが確立した結果、きれいにじょしもんのテンプレを導入することに成功。
つまり、外部の動物を受け入れるパターンで笑いを取ったじょしもんの方式をそっくりそのまま霊に置き換えて、外部の霊を成仏させるパターンへと上手に移行。
分かりやすく言うと、作品が井上変顔路線から、ハートフル成仏路線へと移行するきっかけが、彼女の存在である。
ただし、読者および視聴者から、若くして人が死にすぎというごく当たり前の突っ込みが入ることにもなる。
あわせて、後述する灼髪の救世主の幼馴染であり、作品的にも欠かせない2人組であるのだけれど、どうしてもクールすぎて、ハートフル路線だと若干影が薄くなりがちでもある。
江角京子(えすみ きょうこ)
元ヤンキー(死語)にして作品におけるメイン突っ込み第二号。
あわせて、1年前まで「灼髪の救世主(しゃくはつのメシア)」という通り名で知られている中学生という時点で、ごめんなさい。本当にごめんなさい。
どう考えても、重度の中2病患者確定です。
もっとも、荒れた過去に終止符を打って、それなりの高校に進学。黒歴史とも手を切ったはずだったのに、まさかクラスメイトの中に、1年前手を焼かせた(自分で焼いた説もあり)警察官の弟がいるとは。
その結果、黙ってくれていた幼馴染はともかく、主人公の周辺の人々に黒歴史がばれてしまう。
幸い、クラスメイトにまでは伝播しなかったものの、井上が3コマかけてまで笑いをかみ殺そうとする時点で、本人の精神ダメージがひどいひどい。
なお、作品内の立ち位置で言うと、気のいいジャイアンポジションに上手に収まっており、作品内の暴力をほぼ一手に引き受けている。
あわせて、順調に新たな黒歴史も積み重ねており、飼い猫の名前がポリアンナの時点でそれはもうそれはもう。
小川真琴(おがわ まこと)
この作品で一番脇役らしい脇役をしているキャラクター。主人公のおかげで変顔を撒き散らす第二主人公と、そこを冷静に突っ込む上原、江角という作品の立ち位置の中で、必然的に要求されることになる、普通のキャラクターを見事に体現したキャラクター。
とりあえず、幽霊を普通に怖がるキャラクターが重要である。なぜなら、第二主人公の怖がり方が普通でない以上、普通の反応を示すキャラクターは本当に重要である。
しかし、ゾンビが大好きでゾンビマニアでゾンビストラップをじゃらじゃらさせている時点で、実はけっこーな耐性持ちだったりする。
あわせて、このキャラクターのポジションは、いわゆるドリフターズにおける高木ブーの立ち場であり、そして4コマとしてアニメとしても、とてつもなく重要なポジションであり、なおかつ、大変に難しいポジションである。
てゆうか、前述の4人が濃すぎるだけの話なわけだけど。
山田健太(やまだ けんた)
この作品におけるもっとも重要なデコイ(おとり)にしてチャフ(対ミサイル用かく乱兵器)、そしてサンドバックを担う重要なキャラクター。
分かりやすく言うと、アニメ化された際の批難の矛先を一手に引き受けることで、全自動表現叩き機から作品を守る存在である。
そのため、萌え一神教では許されざる、女子高生の集団に男が絡むシーンが続出。即座に批難の声が挙がることになるものの、そもそも、全てのギャグのオチを担うキャラクターをじょしこーせーにしてしまうと、必然的に作品から相当数の暴力とエロが封印されることを考えれば、男性キャラがいないほうがいい?何バカなこと抜かしとんねんの一言で済む。
その結果、無体な批判、言いがかり、さらには個人攻撃なども含めて、作品への半自動的な批難をほぼ回収。結果、作者の4コマの質が悪化だの、仕事量激減といった悲劇を回避することに成功。
繰り返す。この作品のおける最も重要なデコイ、チャフ、サンドバックである。
あわせて、ほとんどのクラスメイトが度重なる心霊現象で若干引いて主人公と接する中、最も早い段階で心霊耐性を発揮。主人公とゆかいな仲間たちの心の垣根を最初に取っ払うことで、この作品が読みきりから連載に昇格することになる。
けれども、基本は荷物もち。あわせて、彼に対して主人公を含め5人全員誰一人として、恋愛感情を持っていない。そして、本人も抱いてない。そして、クラスメイトも誰一人として、彼をうらやましいとは思っていない。
まぁ、普通の人間であれば、呪われそうだの、祟られそうだのと思うべな。けれど、幸いなことに、主人公のいたクラスには基本アホの子がいて、率先して霊現象が多発する主人公の半径5m以内に侵入する人間がいた。
彼だ。
なお、警察官の兄がいるのだけれど、じょしこーせー、しかも弟の同級生の元ヤンキーとメール交換する時点で、職権乱用というかなんというか。

その他のキャラクター[編集]

基本、この作品は主人公を中心とした群像劇に近い体裁をとっており、主人公以外のキャラクターにスポットライトを当てることでコマを稼ぎ、ネタを仕込み、そしてコマ内の構図を変化させていく。そのため、やろうと思えば果てしなく作品を広げることも可能であるのだけれども、それをやってしまった結果、少年ジャンプは廃れ、グラップラー刃牙は良質のギャグになったことを思えば、どこかしらで線引きをするのも正しい選択である。

エロ猫
人語を解する化け猫。
ただし、中身はオッサン以外の何者でもなく、その上で、果てしなくセクハラを好むオッサンという時点でもう。
なお、ねこぱんちで連載していた芦屋さんちの猫。における猫の動きとほぼ同じである。
つまり、全力でセクハラするオヤジのネコと、ふつーのネコの動きがほぼ同じという時点で、少年画報社は気づくべきだったと思わなくもない。
代返侍
主人公の背後霊の中で、もっともキャラが立っている存在。連載開始当初は、主人公の周囲で発生する霊障の1つでしかなかったものの、即座にレギュラーにパワーアップ。
てゆうか、作者が霊をいじることで作品を面白くすることに気づいた重要なキャラクターであり、レーカンが化けるきっかけとなる。
事実、最初は餓死した侍という設定だったものが、作者による魔改造の結果、どんどんとイロモノへと変化していくことになり、人間では無理な設定でもユーレイだったらカンケイないよね!というどこぞのラノベに見られるような表現の暴走が繰り返されることになる。
でも、まぁ、面白いからよし。
コギャル霊
レーカンハートフル路線の火付け役。
2011年の年末に4コマ作品でありながら多くの読者の涙を誘うという、ある意味、4コマ漫画界における奇跡のきっかけとなったキャラクター。
その結果、即座にレギュラー化して代返侍と一緒に主人公の周囲で漫才を繰り返すこととなる。
まぁ、その路線のせいで、作品について人が死にすぎというツッコミが入ることにもなる。
けれども、4コマの世界で泣きを武器にする作品がほぼ皆無である以上、特に問題はない。はず。

東日本大震災[編集]

2009年12月に始まったこの作品は、実は時勢というものと密接に関わっている。それは、連載中に東日本大震災が発生したことからも分かるように、あの日あのとき一瞬にして日本人の死生観に大きな変化が訪れた中、果たしてどういった形で心霊4コマを続けていけばいいのかという、かなり重い問題である。実際、震災によって2万人の人々の命が失われ、日本全体が喪失感に包まれた中、レーカン!もまた単行本1巻の発売がずれにずれるという悲劇を経験。2011年3月までに1巻分の原稿を確保したにも関わらず、発行したのが夏の時点で、編集部がどう思っていたかがよく分かる。

そして、基本、4コマ漫画家としてペーペーである作者もまた、を取り扱わざるをえない作品にどういった形で取り組み続けるか、もしくは編集部がどういった形で日本人の死生観の変化というどうしようもない問題に対応するか。一歩間違うと、とんでもない反発を招きかねない状況であったのだけれど、ジャンボ編集部の出した答えが、レーカンの路線を人の死を感じさせないポップな心霊4コマに変更すると同時に、連載を1ヶ月に8ページ×2本、さらにはそれまでじょしもんが担当していたまんがタイムジャンボの表紙を、レーカンに入れ替え始めるという、実に命知らずというかチャレンジャーというかなんというか、ある意味、信じられない話がそこにある。

さらに、震災を機に重野氏のじょしもんから様々な4コマの技法を取り入れ始める。それまで、まんがタイムきらら色が濃かったきゃっきゃうふふ路線から、主要キャラの設定の掘り下げをメインに主人公達が何かしらの騒動に巻き込まれる形でのネタのパターンを取りいれ、さらにはじょしもんでいう動物たちを霊に置き換えて、主人公に群がる霊たちのキャラ付けをより濃くする間に、震災から49日、75日、さらには100日、半年と、人の死をまったく表記させずに作者の成長に当てる。これは、そこから先に入れ食いが待っているからに他ならない。

そして、満を持して、2011年の末から本格的に心霊4コマに人の死を取り扱い始める。そしてさらに、それまでになかったハートフル路線を導入。アニメで視聴者の涙を誘ったガングロギャルの幽霊とその母親の話を皮切りに、震災で心に傷を負った人々が求める話、求めたくなる話を率先して提供。時勢を読むとは、そういうことである。

真摯に人の死と向き合いたい時期に、そういう作品を提供するんだから人気が爆発するのも当然である。

ちなみに、もう1つの霊感4コマ「天国のススメ!」についてはさらにとんでもない話が存在しており、なんと第一巻が発売されたのが、2012年の3月8日という時点で芳文社のチャレンジャー精神というか、時勢への偉大なる挑戦というか、とにもかくにも、震災から1周年直前に天国のススメかあ。という伝説が存在しており、だからこそ、笑えるんだこれが。人の死と笑いを結び付けてはいけない1年間をすぎた後、質のいい心霊ネタがどれぐらい笑えるかについては、想像にお任せする。

この時点で、芳文社は真っ先に日本人の死生観という壁を乗り越えたといえる。そして、レーカンもまた、入れ食いというか、琴線に触れて当然な状況の中で、1ヶ月に2本出しを継続。ついでに、レーカンが切り開いたハートフル路線には、天国のススメ!もしっかりと乗っており、芳文社の心霊4コマ路線不動の1位2位を堅持している。

関連項目[編集]