レーゼシナリオ

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レーゼシナリオとは、シナリオ(映像劇の脚本)の形式で書かれた文学作品。小説に代わって文学の王座につくことが予想される。

広辞苑によると、小説は「近代に入って詩に代わって文学の王座についた」ジャンルである。文学の主要なジャンルは、多くの事典、辞典で、と小説と戯曲とされる。(これらに、随筆と評論を加える場合もあるが、省略される場合もあるので、この二つはやはり傍流的なジャンルだろう)。前近代には詩、近代には小説が文学の王座についたので、そろそろ戯曲を王座に就かせてやってもいいんじゃないか、ということで、戯曲が浮上してきたが、戯曲とは一般に舞台脚本形式の文芸のことであり、舞台演劇の愛好者より、映画館、テレビ、レンタルビデオなどで映像劇を見る人のほうが数が多いので、レーゼシナリオのほうがいい、ということになった。(戯曲の三日天下事件

オスカー・ワイルド様とレーゼシナリオ[編集]

リュミエール兄弟が映画を発明した1895年、ワイルド様は投獄された。そして出所後しばらくして亡くなった。映画との接点を持たぬままに天に召されたワイルド様は、レーゼシナリオを書くチャンスを得られなかった。

レーゼドラマとの違い[編集]

むかし昔の昭和時代(あるいは20世紀)、映像劇は舞台演劇に比べ、たいそう差別されておったとな。戯曲を書く人のことを劇作家と呼ぶが、劇映画の脚本しか書いてない人を劇作家と呼ぼうものなら、お叱りを受けることが多かったという。テレビドラマの脚本しか書いてない人は、脚本家を名乗ることさえも難しく、向田邦子さんなどは「放送作家」と呼ばれていた。だから、「たかが映像劇」の脚本形式で書かれた文芸のことを、舞台脚本形式の文芸を指す語である「レーゼドラマ」という名前で呼ぶのは不遜なような気がして、レーゼシナリオという語を造語して区別した。「レーゼ」はドイツ語起源、シナリオはイタリア語起源の英語であり、これらをミックスして造ったのが「レーゼシナリオ」である。

平成時代になって、人気テレビドラマ『北の国から』のシナリオが中学の国語教科書に載ったり、公立図書館の視聴覚資料室で映画作品のビデオソフトが貸し出されたりして、映像劇(および、そのシナリオ)を市民に触れさせるために税金が投入されるようになった。このように映像劇(および、そのシナリオ)の社会的地位が上がったが、「もう、そういう言葉を造っちゃったから、無に帰してしまうのも勿体無い」ということで、レーゼシナリオとレーゼドラマの区別は残った。

具体例[編集]

  • 『ダッチ・シュルツ 最期のことば』(バロウズ
  • 『ニグロフォビア』(ダリウス・ジェームズ)

レーゼシナリオ記念年=2005年[編集]

2005年、日本の国立大学の研究論文でレーゼシナリオについてのものが発表され、アメリカの州立大学でも"closet screenplay"(英語でいうレーゼシナリオ)についてのものが発表された。また、東京芸術大学大学院に映像学科が設立され、国立大で映画が教えられるようになって、映画が公的に認められた日本文化になった。2ちゃんねる文学板に初めてレーゼシナリオのスレッドが立ったのもこの年である。また、前年の2004年に、芥川賞をめぐって、小説の時代の終わりを象徴するような事件があった。

そのようなわけで、この年がレーゼシナリオ記念年に認定された。

レーゼシナリオの歴史[編集]

1900年(明治33年) オスカー・ワイルド様永眠。

1927年(昭和2年) 芥川龍之介が死の直前に「浅草公園」「誘惑」を書いた。芥川自身がこれらをレーゼシナリオと呼んだ、という史料は発見されていない。

1955年(昭和30年) 新藤兼人が「シナリオの話」(社会思想社・刊)という自著のなかで、レーゼシナリオという語を使った。しかし、「最近は、この言葉を使う人もいなくなりました」という文脈のなかでの使用なので、これ以前から、この語はあるということである。ちなみに、カタカナ語辞典によると、この語は昭和時代に作られたものである、とのことである。よって、この語が作られたのは1926年~1955年の間であり、しかも1955年にはすでに死語のようにみなす向きもあったということが分かる。

1968年(昭和43年) フランスの作家レーモン・クノーが”シナリオ形式の小説(roman)”『イカロスの飛行』を書く。

1970年(昭和45年) ウィリアム・バロウズが『ダッチ・シュルツ 最期のことば』を書く。

1989年(平成元年) 日本では、1月に異常にレンタルビデオ屋が繁盛して、ビデオ業界に潤沢な資本が蓄積された。

1992年(平成4年) ダリウス・ジェームズが『ニグロフォビア』を書く。ロバート・アントン・ウィルソンも"Reality Is What You Can Get Away With"(小説兼脚本)を書いた。

2004年(平成16年) 芥川賞に大異変。とある吟遊詩人が「芥川の死とともにレーゼシナリオが生まれたように、芥川賞の死とともにレーゼシナリオの時代がやってくる」と言った。

2005年(平成17年) レーゼシナリオ記念年

関連項目[編集]

  • 明智光秀……「三日天下」と言えばこの人
  • 鼻行類……文学界の鼻行類と呼ばれることがある。
  • バックシャン……レーゼシナリオと同様、英語とドイツ語の合成語。

非凡さに恵まれ隊[編集]

文学と映画の双方に興味があるくせにレーゼシナリオを書かない作家[編集]

あ行

か行

な行

文学と映画の双方に興味があるくせにレーゼシナリオを論じない批評家[編集]

は行

補記[編集]

エヴァンゲリオン』に「ゼーレのシナリオ」という言葉が出てくるらしいが、まったくの無関係。しかし、レーゼシナリオが「人類補完計画」の一環だとは言えよう。