ロズウェル事件

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ロズウェル事件(-じけん)とは、1947年にアメリカのニューメキシコ州ロズウェルで起こった未確認飛行物体の墜落騒動に端を発する一連の事件、事象の総称である。この事件は真実と虚構、何者かの意思によって起こった出来事と全くの偶然に起こった出来事、情報操作と集団心理、商業主義によって捻じ曲げられた事実が多くの人々の虚言によって彩られている。その全貌と全ての真実を知る術はもはや存在しない。

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この記事「ロズウェル事件」は何故か「ロズウェルUFO墜落事件」とネタや題材がダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。

ロズウェル事件[編集]

狭義のロズウェル事件[編集]

1947年ロズウェル近郊の牧場で未確認飛行物体の破片と思われる物体が軍によって回収され、それが公の場で「空飛ぶ円盤(Flying disk)」として発表された事件を指す。発表はその数時間後に気象観測気球であると撤回され、以後30年間人々の記憶から忘れ去られる。

6月末日 ロズウェル陸軍航空基地のレーダーに異常な動きを行う飛行物体が捕捉される。その飛行物体は、時速1600kmを超える速度で移動し、出現と消滅を繰り返していたという。この飛行物体はこの後、数日にわたり基地周辺を飛行している。
7月4日 多数の目撃者により、雷雲の中で燃えるような光と轟音を放つ飛行物体を見たという情報がロズウェル陸軍航空基地に入った。時を同じくしてレーダーに捕捉されていた飛行物体の消息が途絶える。
7月5日 飛行物体が飛び去った方角にあるフォスター牧場において、牧場の管理人マック・ブレーゼルによって放牧地に散乱した多数の金属片が発見され、回収される。その金属片は紙のように薄く、シワも傷もつかず火であぶっても変質しないという性質を持っていた。
7月7日 管理人マック・ブレーゼルがその金属片を持って地元の保安事務所に届け出を行う。そして、その尋常ならざる特性を持つ金属に、軍事機密の物である可能性を懸念した保安官らによってロズウェル陸軍航空基地に通報される。
同日 ロズウェル陸軍航空基地に駐留している日本への原爆投下作戦を執行した第509重爆撃大隊に所属するウィリアム・ブランチャード大佐の指示のもと、情報部少佐ジェシー・マーセル、情報部隊CICの将校シェリダン・キャビットを中心とした調査団が牧場に派遣され、丸一日の調査の末、金属片を一つ残らず回収する。その後、軍によって牧場は完全に封鎖された。
7月8日 ロズウェル陸軍航空基地において異例の発表が行われる。

サンアウグスティン事件[編集]

サンアウグスティン平原において、先のロズウェル事件と同一の時系列で、飛行物体の本体とそれに搭乗していた生物の死体が回収される事件を指す。 この事件は狭義のロズウェル事件から30年を経た1978年、UFO研究家スタントン・フリードマンの講演の中で、墜落現場を発見した土木技師の知人の証言により明らかにされる、その証言は人々の記憶から忘れ去られていたロズウェル事件を再び蘇らせることになる。

7月4日 飛行物体が轟音とともに飛び去った方角、フォスター牧場のさらに先にあるサンアウグスティン平原において、燃えるような光を発する物体が墜落する現場を土木技師バーニー・バーネットに目撃される。
7月5日 明け方になり現場に向かった土木技師と付近を調査していた考古学調査団によって、墜落して一部が地面にめり込んだ「空飛ぶ円盤」と、それに搭乗していたと思われる4体の生物の死体が発見される。円盤は直径約10m余り、外装は光沢のある金属質でできており、機体の一部が吹き飛んで中部の様子が確認できる状態であった。また、同時に発見された生物は、体長約1m余り、体に比べ発達した頭部に大きな目、体毛のない銀色の皮膚を持つ、「グレイ」と呼ばれる生物である。ほどなくして、ロズウェルの調査チームと同一といわれる軍の一行が現場に駆けつけ、現場にいた全員に厳重な事情聴取と緘口が行われた。発見者の一行は現場から退去させられ、その後を知ることはできていない。

事件の発表[編集]

7月8日 ロズウェル陸軍航空基地において、ブランチャード大佐の指示を受けた報道官ウォルター・ハウト中尉により異例の発表が行われる。発表の主旨は「墜落した空飛ぶ円盤を現場の牧場主が保管し、その連絡を受けた陸軍が円盤を回収した後、その調査を行い上位司令部に移管された」というものであった。その発表は大手マスコミがこぞって取り上げ、瞬く間に全米や海外にまで広がった。
7月9日 ロジャー・レイミー准将により、回収された金属片は気象観測気球の物であったとして前回の発表を撤回し、その観測気球のものであるという破片を公開した。発表を担当した報道官は誤報に対する責任を負わされ処分を受けている。しかし、その報道官ウォルター・ハウト中尉の証言によると回収された金属片と公開された観測気球のものとされる破片は全くの別物であったという。

3人のUFO研究家と12人の権威[編集]

3人UFO研究家[編集]

サンアウグスティン事件の証言の後、30年間忘れ去られていたロズウェル事件の「新事実」が次々と明らかになる。これらの新事実のほとんどにはサンアウグスティン事件を発表したスタントン・フリードマン、「空飛ぶ円盤」を回収したジェシー・マーセルを探し出し、その証言を元にした書籍「The Roswell Incident」の著者ウィリアム・ムーアとチャールズ・バーリッツの3人のUFO研究家がかかわっている。特に現在UFOや異性人に関する話題にアメリカ政府の陰謀が付きまとうのはこの3人の「成果」によるものである。

しかし、「The Roswell Incident」の6割以上はロズウェル事件とは関係の無い話なので注意すべきである。また、スタントン・フリードマン実質的な調査の殆どを行ったにも関わらず「The Roswell Incident」の中で名前を触れられることも無かった。チャールズ・バーリッツは調査に関係しておらず、ただのバミューダ本の名声を利用した名義貸し疑惑も根強い。つまり、この本はウィリアム・ムーアによるスタントン・フリードマンの調査の横取り本であるともいえる。スタントン・フリードマンは酷く傷つき、ムーアと離反する。これが後の混乱に繋がるとは、そのとき誰も予想だにしなかった…。

12人の権威[編集]

1987年、ウィリアム・ムーアの知人であり、地方議員をしているTVプロデューサーのジェイミーシャンデラの元に未現像の35mmフィルムが匿名で送られ、ウィリアム・ムーアに渡される。その内容は、当時の次期大統領であるドワイト・アイゼンハワーあてに書かれた極秘文書、俗にいう「MJ-12文書」であった。

それは1958年11月18日にロスコー・ヒレンキッターが発行した「Operation MJ-12」の銘が打たれ、トップシークレットのスタンプが押された文書で、MJ-12の概要と異星人に関する情報、ロズウェルで起きた事件の報告、添付資料で構成されていた。

文書によるとMJ-12は大統領のみが権限と責任を有する極秘研究・調査作戦であり、そのための「12人の権威(Majestic-12)」で構成された委員会で、欠員が生じるとすぐさま後任が任命され、大統領の交代とともに権限が移譲されるという永続性を持つ作戦委員会である。当時の委員会のメンバーは以下の12人で構成され、フォレスタル国防長官の死後、ウォルター・スミス将軍が1950年8月1日付で後任として任命されたと文書に記載されている。

  • ロスコー・ヒレンケッター提督
  • ヴァネバー・ブッシュ博士
  • ジェイムズ・フォレスタル国防長官
  • ネイサン・トワイニング将軍
  • ホイト・ヴァンデンバーグ将軍
  • デトレフ・ブロンク博士
  • ジェローム・ハンセイカー博士
  • シドニー・サワーズ氏
  • ゴードン・グレイ氏
  • ドナルド・メンゼル博士
  • ロバート・モンタギュー将軍
  • ロイド・バークナー博士

この文書は、1987年5月29日、ウィリアム・ムーア、チャールズ・バーリッツとフィルムの受取人ジェイミー・シャンデラによって公開された。イギリスのUFO研究家ロバート・ウッドが同じものを持っており発表するつもりだと言ったために、この時期になったのであった。政府文書のはずなのに、MJ12文書の版権をムーアが持っていたというのは、なかなか興味深い。

商業主義による「ロズウェル事件」の拡大[編集]

MJ-12文書の公開は、ロズウェル事件を「空飛ぶ円盤の回収事件」から、現在語られるロズウェル事件やその他の異星人に関連する話に付きまとう「異星人と政府の陰謀による事件」に拡大する。

明らかになる嘘[編集]

その後、MJ-12を裏付ける証拠として、ワイゼンハワー大統領の補佐官ロバート・カトラーがMJ-12のメンバーであるネイサン・トワイニングに宛てた通知「カトラー文書」が発見されるが、この文書は完全に偽造されたものであることがすぐさま明らかになる。そして、MJ-12文書の公開から2年後の1989年、ウィリアム・ムーアは一連の事件の中で虚偽の情報を流していたことを告白した。MJ-12文書自体も偽造されたものであることが確認され、MJ-12の存在が全くのでたらめとして認知される。

現実に起こったお伽話[編集]

しかし、ウィリアム・ムーアらによって拡大されたロズウェル事件は、90年代には「現実に起こったお伽話」として人々に受け入れられ、すでにその真偽について意味を持たなくなっていた。事件の現場となったロズウェルではUFOを観光材料(≒町おこし)として利用し、UFO饅頭やUFO焼きそばなどが土産物屋で売られている。その後も多くのUFO研究科によってロズウェル事件や異星人に関する根拠のない情報が書籍やTVショウを通じて次々と明らかにされる。その特筆すべきものが1995年に公開された「異星人解剖フィルム」である。これは日本でも朝日新聞によって報道され話題となったが、2006年に「異星人の死体」の製作者が現れたことであえなく幕引きとなった。

ロズウェルリポート[編集]

90年代に入り、政府によって数回にわたりロズウェル事件の調査が行われ発表されている。その報告書は1994年に「The Roswell Repot」、1997年に「The Roswell Repot : Case Closed」として出版されている。

その概要は、当時回収した破片は気象観測気球のものではなく、旧ソ連の核実験を監視するために行われた「プロジェクトモーグル」に使用された観測気球である可能性が高く、当時最高機密であったため気象観測衛星であると偽りの発表を行ったと報告した、それは世に知られるロズウェル事件を真っ向から否定するものであった。また、その中で1950年代に航空機パイロットに模したダミー人形を上空から落下させる実験を行っていたことを明らかにし、発見された異星人はそれを見間違えた可能性を指摘している。

軍として一般人をただのイカサマ師だと指摘するのには問題があったために、「驚くべき正確な記述だ!」と言いながら、無理やり軍の輝かしい歴史にこじつけるという、ユーモアともブラックジョークともいえるような方策をとったことを理解してくれた人は少なかったようだ。「検証不可能な情報に基づいている部分も多く見られるため、その信憑性に関してはそれまでに発表されたUFOや異星人に関する情報と大差がない。」等といわれたら、空軍としても「ちょwwwおまwwww」と思ったのは想像に難くない。

ただし、GAO調査において当時の重要機密に関する保存版の資料が大量に失われていることが判明した。

数々の嘘と残された真実[編集]

ロズウェル事件ではUFO肯定派の中にも様々な派閥があり、お互いにお互いの嘘をデバンキングしている状態が起こった。なにせ、事件の起こった日付、墜落した円盤の台数、墜落した場所、発見された宇宙人の数といったような基本的な情報すら、UFO肯定派の間で一致しないほどだ。さらにそこに来て空軍のロズウェルリポートの発表により、さらに情報は多様化し、混乱は増したと言えるだろう。数多の政府文書も現れた。しかし、それらも見事なほどニセモノだと判明している。

ロズウェル事件は数々の嘘と検証不可能な情報によって彩られ「現実に起こったお伽話」として現在もなお物語は続いている。しかし、ロズウェル郊外のフォスター牧場で何らかの破片が回収されたこと、それが「空飛ぶ円盤」と発表されたこと、それだけは、この事件のまぎれもない真実である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


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本項は第一回執筆コンテストに出品されました。