三菱・ランサー

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三菱・ランサー(みつびし らんさー)とは、ランサーエボリューションやランサーカーゴのベースとなった三菱の普通のセダンであったが、現在の日本ではいらない子扱いされてしまい、とうとう最近になって国外追放されてしまった可哀想な子の事である。

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可哀想な概要[編集]

1973年2月にデビューして、その当初は三菱の主力車種でラリーにも出まくっていた。しかし、ランサーフィオーレとかいう奴に一度主力を奪われてしまい、そいつを食う形で駆動方式をFFにして何とか三菱のメインに返り咲いた。ランサーエボリューションがデビューしてラリーの方面ではエボにお任せしてこっちはただの販売の主力のファミリーセダンに専念しようとした矢先にリコール騒動勃発による三菱車の販売激減の影響でランサーの地位は地に落ち、2009年8月10日に日本の三菱のラインアップから「三菱・ランサー」の名前は消えてしまった。

影を薄くしていった歴史[編集]

初代(1973年-1979年)[編集]

1973年2月デビュー。駆動方式がFRだといえば厨房が飛びつくようだが、この当時はFRは当たり前だったので、このランサーも当たり前のようにFRを採用していたし、そもそもその当時の厨房は車の駆動方式はFRが当たり前だと思っていたので誰もそんなことを気にしてはいなかった。エンジンは排気量別に「ネプチューン」(海王星)、「サターン」(土星)の2種類で、「ネプチューン」は1,4リッターOHV、「サターン」は1,6リッターでヘッドはOHVとSOHCの2種類が存在していたが、その後に1,2リッター・1,4リッター共々「オリオンエンジン」に換装されてしまうがそんなことはどうでもいい。とにかくこのランサーはラリーではSOHCエンジンにもかかわらず、DOHCエンジンを載せていたカローラレビンを蹴散らしていたのだ。エンジンの名前がいずれも星の名前なのだが、今となってはほとんどの搭載車がになっているのでそれぞれの星に帰っていることであろう

2代目(1979年-1987年)[編集]

1979年3月初代から生まれ変わると同時に「ランサーEX」に改名する。「EX」は恐らく「エクストラ」の略であると思うが、確かにターボエンジン搭載車の所謂「ランタボ」は当時の走り屋にとっては「エクストラ」だったと思う。ヨーロッパ向けに170馬力を発揮して太陽でも始動するといわれている超絶2リッターターボエンジン「4G63」[1]搭載車が投入されるも、日本には135馬力の1,8リッターターボが投入された。これはお上が「アホな若者共が調子こかないようにするため」に2リッターターボの国内投入を妨害したためだが、お上の目論見をあざ笑うかのごとく、53人の猛者がわざわざヨーロッパから2リッターターボ搭載車を逆輸入して乗っていた。ラリーでも世界ラリー選手権1000湖ラリーで4WDの台頭している中で数少ないFRにもかかわらず3位を獲得している。しかし、FF化の波には抗えず、ランサーフィオーレに食われる形で1年間の空白期間を作ってしまった。

3代目(1988年-1991年)[編集]

ランサーが消えてから1年で復活した。5ドアハッチバックとなって。5ドアハッチバックは4ドアセダンより実用的でヨーロッパではバカ売れしており、日本にもその良さを伝えたかったようだが、日本人は「4ドアセダンじゃなきゃ乗用車じゃない」という愚かな偏見から抜け出せなかったため、日本がどうでも良くなってしまった。このせいで日本での影がどんどん薄くなってしまったのであろう。

4代目(1991年-1995年)[編集]

バブルまっただ中の1991年に世界最小排気量のV6エンジンを引っさげてデビューした。このV6エンジンはわずか1,6リットルでありながら、シリンダー数はハチロクとかに載っていた同じテンロクの4A-GEの1,5倍であったがそんなのはどうでもいい。何故なら、ランサーエボリューションが出たからである。

5代目(1995年-2000年)[編集]

1995年、モデルチェンジした。しかし、みんなランエボしか注目していなかったので、誰も気にしなかった。保険料が高すぎてランエボを買えない奴らがレプリカを作るのにはちょうどいいが。

6代目(2000年-2009年)[編集]

2000年にモデルチェンジして、セダンは「ランサーセディア」に改名した。しかし、そんなことしてもただでさえ薄かった影を更に薄くするだけであったし、なんの取り柄もなかった。

2003年2月、整形手術を受けた。しかし、誰が見ても失敗であった。何故なら、鼻が変形してしまっていたからである。この当時三菱に在籍していたデザイナーのオリビエ・ブーレイがこの車の顔のデザイン画を描いているときにくしゃみしてしまい、その拍子にグリル部分の線がぶれてしまうというマンガにありがちなミスで、あの大きな鼻を作ってしまったのだった。これが有名な「ブーレイ顔」である。その当時の三菱は欠陥が見つかっても報告をしてなかったので、その部分を訂正しないまま通してしまい、あの顔になってしまった。当然のことながら、そんな車をほしがる者はいなかったので、更に影を薄くしてしまった。

2004年、ネタに困ったメディアがネタ作りのために三菱のリコール隠し騒動を引き起こしたおかげで三菱のイメージが大幅ダウンしてしまう。そのとばっちりを食らったランサーは更に影を薄くしてしまった。

2007年ギャランフォルティスデビューで更に追い込まれる。

2009年8月10日、エボとバンを残して、その姿どころか影すら日本から消えてしまった……友愛されるのを恐れて、セダンだけ亡命してしまったのであろう。

7代目(2007年ー2018年)[編集]

2007年、ランサーの後継車「ギャランフォルティス」デビュー。海外で「ランサー」、日本では「ギャランフォルティス」の名前を使うことで復活した。しかし、エボリューションとバンだけが「ランサー」を名乗っていて、エボに至ってはギャランフォルティスがベースなのでややこしいことになっている。国内では2015年に発売終了、海外向けも2018年初頭に完売した。そしてこの代を最後に三菱はランサーの自社開発を取りやめると発表してしまった。

8代目(2017年ー)[編集]

2017年4月デビュー。台湾専売となり、開発も中国メーカーが行ったため事実上の中国車みたいなことになってしまった。しかし技術提供は一応三菱が行っている上に、デザインもまあまあ頑張ってる方なので、日本国内への導入が期待されているが、今の三菱の体力ではどうあがいても絶望である。ところが近々復活が噂されている新型ランエボは、この車でなくルノー・メガーヌベースとなる予定であり、もはやランサーのエボリューションモデルでも何でもなくなる事が懸念されている。

脚注[編集]

  1. ^ キャンタートラックからランサーエボリューションIXまで幅広く使われていた。

関連項目[編集]


4370 large.jpg この「三菱・ランサー」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)