上飯田連絡船
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
上飯田連絡船(かみいいだれんらくせん)は、長野県飯田市、諏訪市と、名古屋市営地下鉄の平安通を結ぶ鉄道連絡船の航路である。
目次 |
[編集] 概要
金鯱(きんし)丸、味噌喝(みそかつ)丸、外郎(ういろう)丸、杁中山(いりなかまうんてん)丸など60隻の4000トンクラスの鉄道連絡船がほぼ10分ヘッドで運行され、陸の孤島といわれた小牧~桃花台からの旅客や貨物を平安通へ輸送している。一部航路は天竜峡、佐久間、豊橋を経由して名古屋港にまで運行される。
飯田以北での運航は、冬季には洩矢丸、八坂丸、南極号など氷を砕く程度の能力を持った船に限定される。ノルウェーなど北欧諸国では鉄道連絡船として砕氷船を運航しているが、日本での例としては1945年以降唯一である(太平洋戦争前は、稚泊連絡船などで砕氷船の運航がみられた)。末端部分は⑨氷の妖精や、ホッキョクグマが住む僻地のため、重機関銃やスペルカードなどで武装しており、諏訪湖上に飛び交う弾幕は冬の風物詩として有名である。
[編集] 航路
木曽川、天竜川を経由して飯田、諏訪地方と平安通をおよそ10時間かけて結んでいる。
中央新幹線の開通により存在意義を失うかに見えたが、中央新幹線は1・2等しかなくアルプス中央~名古屋間片道5万円にもなる高運賃のため、いまだに航路の利用客が絶えず、飯田線、伊中線と共に盛況である。
[編集] 沿革
- 1920年9月23日
- 名岐鉄道により小牧線が開通した。当時は小牧から岩倉への路線が本線であった。
- 1964年4月25日
- 小牧~岩倉駅間の岩倉支線廃止。
- 1971年2月1日
- 上飯田、平安通間を含む名古屋市電御何井線廃止。
- 以来、小牧は陸の孤島となる。
- 1971年12月20日
- 名古屋市営地下鉄名城線市役所~大曽根駅間開業。
- 商店街の反対により上飯田との鉄道連絡が行われなかったとする鉄道忌避伝説がある。
- 2000年9月11日 - 12日
- 東海豪雨により平安通駅が水没、味鋺以南も多大な被害を受けた。
- 陸上交通は全て遮断され、飯田・小牧方面は陸の孤島から真の孤島となった。
- 2003年3月27日
- 航路開設。
- 2005年4月1日
- 小牧方面からの通勤客の便をはかるべく、ホバークラフト導入。
- 上飯田~飯田間延伸。
- 2007年4月1日
- トランパス対応となった。
- 2025年4月1日