与謝野馨

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「辛気臭い」
~ 与謝野馨 について、中川(女)
増税主義者ですね」
~ 与謝野馨 について、竹中平蔵
「落選していなければ自分ではなく与謝野さんが総理になっていた」
~ 与謝野馨 について、小泉純一郎
「何が与謝野だ!与太郎じゃねえのか!」
~ 与謝野馨 について、又吉イエス

与謝野 馨(よさの かおる、1938年8月22日 - )は、歌人与謝野鉄幹晶子夫妻の孫であり、文部大臣、通商産業大臣、内閣官房長官、経済財政担当相、財務大臣、自民党政調会長などの重要ポストを歴任した政治家である。

目次

[編集] 概要

与謝野先生は政界きっての政策通、経済通である。中曽根康弘や讀賣新聞社の渡邊恒雄らにその能力を見出され政界入り。麻生内閣では複数の大臣を兼任して日本経済の司令塔を司る重鎮であった。

オオスズメバチ。1匹に刺されただけでも死に至ることがある。(画像と本文は関係ありません)

[編集] 堂々たる政治

2008年9月米国投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻を受けて、与謝野先生はその影響を「蜂が刺した程度」と評した。リーマン・ブラザーズの破綻前におおむね12,000円であった日経平均株価は、与謝野先生が「底打ち宣言」をした2009年6月には10,200円前後まで回復しており、まさに「蜂が刺した程度」であった。 年率換算で前年比マイナス16%と戦後最悪の減少幅を記録した1─3月期GDPについて、与謝野先生は「過去の話で大げさに騒ぐ必要ない」と述べている。これは、マスコミが危機を煽ったり、小人(しょうじん)が狼狽して持ち株を投売りしたり、悪いトレーダーたちがGMクライスラーシティバンクバンク・オブ・アメリカなど個別企業の問題を誇大に喧伝して空売りを仕掛けた結果の一時的な現象であると考えられ、やはり、騒ぐ必要など無かったのである。

2009年4月にメキシコで発生し世界的な広がりをみせた新型インフルエンザへの対策として目立ちたがり屋の舛添要一厚生労働大臣は連日記者会見を開き、マスコミと一緒になって大騒ぎをしていたが、与謝野先生は「専門家の見方では季節性のもの」との認識を示し、「経済への影響は少ない」と述べた。これにより、新型インフルエンザの秋冬の大流行や、強毒性への変異を懸念する声もなくなった。

このようにいかなる大事件、大事故、大災害にも動じることがない与謝野先生を、頻繁に言動がブレる麻生太郎首相に代わる総理・総裁に推す声が高かった。福田康夫前首相も、同じく、いかなる大事件、大事故、大災害にも動じることがなかったが、福田氏は状況分析能力にやや難があり、先ず「注視します」と述べるのが常であった。素早く的確に状況判断を行い、国民に向けてメッセージを送ることができる与謝野先生が自由民主党だけでなく、日本の救世主となることは間違いないとされている。

与謝野先生が『日本株の売り方の味方』であると誹謗中傷するアスキーアート。不心得な一部投資家がインターネットの巨大掲示板に貼っている。

[編集] 財政再建

与謝野先生は財政再建を最優先の課題とし、たびたび消費税増税にも言及することから、「増税主義者」、「財務官僚の操り人形」といったレッテルを貼られ、庶民からも貧乏神扱いされ忌み嫌われているが、これはたいへんな誤解である。与謝野先生は、公務員によるPCの自作と、オープンソースを推進してMicrosoftやIBMやAdobeなどへの支払いを削減することによって財政再建を実現する考えである。しかし、現時点では、フロッピーによるIT(イット)革命に固執する麻生太郎首相が、PC自作化やオープンソース推進に理解を示さなかっため、次善の策としての消費税増税を主張するしかなかったのである。

[編集] 選挙

選挙運動をしなくても楽勝だった青島幸男にソックリなわりに、与謝野先生は選挙に弱い。落選を3回経験している。これは、与謝野先生のような徳の高い方なら自分が投票にいかなくても余裕で当選するはず・・・と考え、投票にいかない人が多いためであろう。2009年総選挙は、総理・総裁の座を目前にして落選することが許されない選挙となったため、私設秘書が手の甲で痴漢行為を働いて逮捕される、邪教が設立した政党の東京1区出馬予定者が与謝野先生を貧乏神呼ばわりし「余命半年」を宣告する、商品先物取引会社「オリエント貿易」(現エイチ・エス・フューチャーズ)に迂回献金をさせた事実を自ら捏造してマスコミや検察にリークする、果ては出陣式で貧血を装いよろけてしゃがみこみ、ダルマの目入れでダルマの鼻の穴を塗るというドリフターズかビートたけしか中川昭一のようなパフォーマンスまで行い、危機感を煽って有権者を投票所に足を運ばせようと涙ぐましい努力をしたが、小選挙区では落選してしまった。

[編集] 備考

与謝野先生の弟はその著書『ラテン語と日本語の語源的関係』によってと学会より「トンデモ本」の認定を受けた(実話)。しかも、同書の中で「自分達兄弟は外交官であった父親に連れられて海外で生活をしていたため、子供の頃は漢字が余り読めなかった」と告白されたために、与謝野先生も昔は麻生総理と同様に漢字が読めなかったという事実が暴露されてしまった。

[編集] 関連項目