久喜市
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
久喜市(くきし)は、埼玉県の北部に位置する田舎町である。田舎であるのに市民たちは都会だと言い張るのが 久喜市民の特徴でもある。近隣の市町とは意味なく仲が悪くこの辺地域の癌として君臨する。 特に幸手市、蓮田市とは仲が悪く意味のない口撃を繰り返す。某国家のようなイメージをもたれている。 人口が毎月数十人から3桁単位で減っており、駅前の廃墟ビルの暗さが久喜市の人口の右肩下がりを物語っている。
なおここでは久喜伝説と久喜市を、ぶっちゃけ面倒くさいのではごったにして説明する。
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[編集] 久喜伝説の概要
伝説によれば、東北本線(宇都宮線)と東武伊勢崎線が合流する要所に位置し、それゆえ人口は7万を上回る程度でありながらもこの地域のドンと自称する事が多いとされる都市である。最近の合併では「さくらのみや」のなまえで、「さくら」の「く」しか入っていないため、わがままを言って合併を拒んだという伝説が流布されている。
平成の大合併こと市町村合併問題においてもこの架空の都市の伝承の存在によって周囲は振り回され、この市の言い分が原因となって計画が潰れたと言い伝えられている。川口・越谷・久喜と「埼玉の3K」と呼ばれ、周りからちょっと比較的優位なだけで威張りすぎるので嫌われているともされる。なお、久喜の実在を否定する者は川口・越谷で「埼玉の2K」とする。
[編集] 久喜は実在するか?
伝承される「久喜」という都市が本当に実在するかは、禁則事項ですの状態にあるとされ、迂闊に語った結果、いずこかへと連れ去られ、その後誰も見た者が無いという者は、周辺地域では別段珍しくもない。特に隣接する幸手市の人口減の原因の大半はこれであるとされる。
文明開化の明治期以降、「久喜伝説」を疑問視する者が増え始め、現在では「久喜」という都市は存在しないという学説がやや主流になっており、いわゆる理想郷伝説から名を取って「日本のシャンバラ伝説」などと言う者もいる。
実際、春日部から加須(あるいはその逆方向)に自動車で向かう場合、久喜経由のルートが最短であるとされるのに、カーナビの指示に従って走ったところ、春日部~幸手~鷲宮~加須(あるいはその逆(ry)と、なぜか久喜を通る事無く加須へ辿り着いてしまったなど、存在する筈の久喜を通らなかったという話は枚挙に暇が無い。幸手~騎西間(あるいは(ry)の移動でも、「鷲宮は通ったが久喜は通らなかった」などの証言が聞かれる。
また、この久喜という都市が本当に実在するかについては他にも禁則事項ですの様な事情がある為、現在でも疑問視する声が少なくない。周りの自治体があまりにひどすぎるため、その惨状の中に暮らす住民たちが見ている幻想の都市であり実在しないという主張も絶えない。だが、その幻想の中とされる久喜市ですら、現在では駅前に廃墟ビルを抱えて商店街はシャッター街化と過疎・高齢化は容赦なく進んでいるという。とどのつまり、たとえ久喜市が本当に実在したとしても、財政的には埼玉ではようやっと中位の自治体、東京都内から見れば所詮は関東域内でも辺境の内の田舎都市にしか過ぎず、およそ周辺の都市を笑っていられる状態ではないが、久喜伝説の存在を信じている者たちは、その足元を直視できない奴に限って理想郷と祀り上げるべく活発な発言をしているので始末に終えない。
[編集] 久喜伝説の変遷
久喜市伝説については『ムー増刊・常世は実在した!~久喜伝説検証~』に詳しい記述が存在する。
[編集] 江戸時代以前
歴史的には古河公方の影響が色濃く、古河を中心とした地域の拠点のひとつとして関宿や幸手同様に発展したとされる。
江戸時代、ここには久喜藩という藩が置かれたことがあるという。
久喜実在説を唱える者たちは、当時より久喜は日光街道の外れにして下総や常陸など各地へ向かう道の起点だったりするなど、交通の要所で産業が大いに栄えた北関東でも最大級の理想郷で、黄金伝説で知られるエルドラドをも超越した理想都市であったと主張している。
[編集] 鉄道拠点として
明治時代になり、当初は殖産興業のため浦和から幸手・熊谷・佐野を経て宇都宮へ向かう予定であった東京から陸奥への鉄道(今の東北本線)計画が、距離重視で大宮より久喜・小山を経て宇都宮に至る計画に変更された。久喜実在を唱える者たちによれば、この際、久喜があるとされる場所を東海道本線全通よりも先に鉄道が通り、駅が開設されているという。
更に明治後期には東武鉄道が、伊勢崎や桐生・足利など東北本線からハブられた養蚕地帯と東京(浅草・北千住)を結ぶために開業したとされ、この時に久喜は両線の交わる箇所となったと主張する者がいる。
[編集] 周辺からの妬み
当然、実在しているのすら怪しいのに、伝承の中で発展しまくる理想郷・久喜の存在を面白く思わない人々も存在していた。
彼らは大正になって東武鉄道が東京と日光を結ぶ計画を立てた際、当初は杉戸(現:東武動物公園)から久喜を経て佐野まで延びていた既存路線(今の伊勢崎線と佐野線)を延伸する予定だったのに、杉戸から分岐して久喜の繁栄の裏で衰退した幸手・栗橋を通るよう(距離の短縮を名目に)圧力をかけるなど(そのため日光線は久喜をスルーした)、久喜伝説の大きすぎる影響力を殺ぐべく躍起になったという。しかし周辺自治体同士でも互いに足を引っ張り合い、また、久喜の実在が怪しい事もあり、この地域のいがみ合いは実に小さなスケールで盛り上がらずに続いている。
特にWeb上では、久喜伝説と久喜の実在を盲信し、久喜至上主義思想を持つ問題人物の妄言が、影響力の大きい特定アニメファン(ヲタク)を中心に非難されることが多く、「久喜市民」という単語は某掲示板では冷笑の対象となってしまっている。
[編集] 財源を巡る抗争
平成になって市町村合併の話が出ると、久喜伝説と「久喜市」の実在を唱える者たちは周辺地域にとって台風の目、あるいは頭痛の種となった。理想郷伝説の常で、中途半端なものではあったにせよ、一種の財宝伝説がつきまとい、周辺最強とされてしまった「久喜市」の財力を頼りにしようとした者が続出したからである。
周辺町村は自分の所の財政がまずいため、財力があるとされる「久喜市」からインフラ整備などの金をむしろうと、工作活動を開始した。なおこれを先導したのは、古来より伝承で久喜に隣接すると言い伝えられるばかりになおさら「埼玉最少人口の市」という汚名をかぶり、更にバブル崩壊後に人口が減少しつつあった幸手市であったという。幸手は日光街道の宿場町であったが、久喜伝説を信じてしまった明治の鉄道技術者や政治家たちが鉄道ルートの選定に大きな影響を与えた結果、明治期に鉄道が通らず、衰退した経緯があり、それ以来、実在するかも怪しい久喜に対して恨みすら有してもいた。だが、背に腹は変えられぬ。町の再建の為には、「久喜市」が実在するならばそこにある筈の膨大な財力を頼りにするしかなかった。
幸手市は2000年代になり、「久喜市」が存在するという前提の下、鷲宮神社の門前町であった鷲宮町を巻き込んで「久喜・幸手・鷲宮」三市町合併計画を立案する。だが、実在しない都市が相手ではやはり合併のしようもなく、当然の結果として頓挫してしまった。なお、「久喜市」の実在を唱える者の中には、久喜もさすがに馬鹿ではなく、自分の財源を奪おうという幸手等の魂胆を見抜くにいたり、「合併後の市名を(幸手の桜で有名な)権現堂堤と鷲宮神社に因んだ『桜宮市』にするとは、久喜を無視した行為であり、久喜を侮辱している」という旨い口実をつけ、責任を上手に幸手に押しつけて合併話を帳消しにできたと自慢している者がいる。
これにより幸手の目論見は潰えたものの、現在、栗橋・鷲宮・菖蒲の県東北の弱者3町が合併に際し再度久喜伝説を利用して市勢の拡大を計ろうとしている。理想郷伝説のイメージを利用して新市名は久喜市となる予定であり、これで久喜市という都市はようやっと名実共に実在することとなるが、久喜伝説で唱えられている「久喜市」とはあくまで別物と考えるべきものである。
なお、久喜伝説の実在を主張する者たちの多くは、「久喜市」は弱小3町を取り込み、幸手市をハブにして、独自で埼玉北東部の市町村再編に取り掛かろうとしているが、幸手市はその話に密かに潜り込もうと計略を立てていると唱えており、この様な「伝説都市久喜」実在論者たちの多くが幸手市を警戒している。ただし、結局のところ、東京都民によるイメージによれば、久喜にしても幸手にしても、汽車が停まる駅前を牛や農耕馬が闊歩し、駅前通りという名前の畦道を外れればすぐ肥溜めに落っこちる、信号も無ければ電気も無いという辺境の田舎であり、所詮はこんな田舎者同士の痴話喧嘩、あるいは同族嫌悪に過ぎない。特に久喜信者のそれはまったくもって井の中の蛙、目クソ鼻クソを嘲うの状況であるわけだが、だが憐れにもこの事に彼らは全く気づいていない。
なお、幸手市は当分の間独立行政を維持する模様で、その後実施された市長選でも久喜との合併は非現実的とされ争点にさえならなかった。だが、将来的にどうなるのかは国の政策も含めて実に流動的と言わざるを得ず、明治以来の因縁関係にある「まぼろしの都市・久喜と、その久喜の隣にあるとされる幸手」という構図がどのような結末を迎えるか、生暖かい注目を浴びている。
ただ、この久喜伝説を巡る様々ないがみ合いはあまりにも低次元である上、結局のところ久喜の実在が怪しいという事もあり、周辺3町の中には合併論議に際して「いかがわしい伝説にこだわり過ぎる久喜信者と幸手の両方を外せ」という声が出た所もある。
[編集] 市の名物
※なお、これは多くの「久喜伝説」の中で語られているものに基づく。文献としては上述の『ムー増刊』に詳しい。
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[編集] 市の名所
※なお、これは多くの「久喜伝説」の中で語ら(ry。
- 鷲宮神社
- 「鷲宮神社は実は鷲宮町ではなく久喜市にあるというデマが流されている」との事であるが、実は久喜市にも鷲宮神社は存在する。いわゆる末社という奴である。
このため、地元商店街が「カンガルーのいないオーストリア」を真似て、「かがみんは住んでません」と言うロゴをつけた「柊鏡の顔に×印を描いたTシャツ」を商品化する事を検討していたが、当然と言うか版権問題に引っかかりあえなく頓挫した。
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