五月台駅

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五月台駅(さつきだいえき)とは、神奈川県川崎市麻生区に存在する荒涼とした小田急電鉄の駅。近年、過疎化が異常なまでに進行し荒れ果てている。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線、地上駅で橋上駅舎。多摩線の他の大多数の駅と構造的には何ら変わりはない。 2006年春から「器物損害、具体的にはホームや駅舎への落書きや、蛍光灯、自動改札、駅名表示板などの破壊が相次いだ」という理由で改修工事を行っており、約2年後に完成した。

やって来る人たちが怖いので(かと言って一日中居なくても怒鳴られるので)早朝、及び日中は駅員不在となっている。

一応この駅の屋根にも太陽光発電のパネルが設置されている。

のりば
1 多摩線 小田急多摩センター駅唐木田駅方面
2 多摩線 新百合ヶ丘駅新宿駅方面

駅周辺[編集]

一見すると普通の住宅街であるが、惑わされてはならない。じつはこの駅の周辺には、駅前に存在する数軒の住宅と、マンションの他には住居といえるものが全く存在しないのである。その他は畑、駐車場、公園、分譲地などで、バブル期に建てられた廃屋なども数多く目にすることが出来る。また、商店といえるものは駅前にポツンと一軒佇むスーパーのみで、商店街などはもちろん存在しない。

歴史[編集]

この駅の歴史は主に4つの時期に分類できる。

第一期[編集]

1974年6月1日、開業。各駅停車の停車駅に指定される。当時はまだ完全な無人駅であった。 駅が開業したことで駅周辺の人口は緩やかに上昇し始める。

第二期[編集]

住宅一戸建てを購入することが国民的な夢であったバブル期、いわゆる「住宅すごろく」の材料として日本各地に新築された戸建て、マンションたち。しかしバブル経済が夢のごとく崩壊すると、「ローン返済不可能」と見積もった人々は資産を手放し、手放された資産は荒れ果てるばかり。人口激減に丘の頂上に存在するという立地条件の悪さが拍車をかけ利用者は激減。

第三期[編集]

治安は次第に悪化し、痴漢強盗ひったくりなどの犯罪が増加。さらに人口が減少、空き地が目立ち始める(このことは一度マスコミにも取り上げられた)。また新百合ヶ丘のシンユリーゼ、チンピラ、ウィキペディアンがボツボツと出現しはじめたのもこの頃。警察はこの時点で既に五月台駅周辺の治安維持を怠っていた模様。

第四期[編集]

21世紀に突入すると、都内の検閲により削除組(注・有名なヤクザ)がこの地に目をつけ、空き地となっていた幾つかの区画を購入、拠点の一つとした。これにより治安は劇的に悪化。車に乗れないチンピラたちが駅舎への落書き、破壊、駅員への暴行などを繰り返した。小田急電鉄は緊急措置として駅員を一定時間帯隣駅に退散させるなどするも、駅舎への破壊行為は激しさを増すばかり。改築工事を行うも、破壊行為が止むはずもなく現在に至っている。

将来の五月台駅[編集]

現在、小田急電鉄は五月台駅への暗殺部隊投入(はるひ野駅ハルヒオタ駆除の際に使用した部隊。本来は土地買収時に使う)を検討しているらしいが、数軒の住居がまだ駅前に存在する上、隣駅が重要な線路分岐駅であり人が集まるという要因から部隊の投入を躊躇しているものと見られている。

駅名の由来[編集]

この駅の駅名はいかにもドラマCMでありがちな名前であるが、実際のところこの駅名は開業以来一度も変更していない。1974年からこの名なのだ。恐らく付近の地名である「五力田」を爽やかなイメージのある「五月台」に変造したものではないかと見られている。しかし、開業当時はオイルショック、現在でもチンピラが駅舎を破壊しまくっているということからして考えるとただの皮肉にしか受け取れない。

隣の駅[編集]

小田急電鉄
多摩線
特急ロマンスカー・多摩急行・急行
通過
区間準急・各駅停車
新百合ヶ丘駅 - 五月台駅 - 栗平駅

関連項目[編集]