井出有治

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井出 有治(いで ゆうじ、1975年1月21日 - )は、運に振り回されてばっかりの可愛そうな元F1ミサイルである。Made In Japanである。

ちょっとラッキーだったころのIDE[編集]

レーサーとしてはかなり遅い15歳のときにレーシングカートをはじめる。しかし、運よく国内のF3にステップアップし、運よく国内最高峰のミサイル選手権「フォーミュラーニッポン」に参戦。尚も、運よくシーズン2位を獲得し、運よくF1への挑戦権を獲得した。運よく。

一気に運が下落したIDE[編集]

が……、スーパーアグリF1から参戦が決まった途端、彼の運気はなぜか急下落。運悪くテストも満足に受けられず、何の知識も無いままシーズンを開幕させてしまう。そして運悪く(予想通りといえば予想通り)あっさりリタイア。

第2戦目も、運悪くメカニックトラブルでリタイア。

第3戦目のオーストラリアGPでは、予選では(半ば開き直り、パフォーマンスとしてやったようだが、実際には不評だった)意味不明なドリフトをしたり、道の真ん中でたむろったりしていた。このころライコネン症候群と判明。

第4戦目には、遂に運悪く最悪の事態が発生。決勝レーススタート直後に運悪く別のマシンを追撃してしまい、運悪く帰らぬミサイルにさせてしまった。

結局その事が原因で危険な事をするのが大大大好きなFIAに「危険だから」という理由で運悪くF1から追い出されてしまう。(一部のモータースポーツファンの間では、この出来事を「IDEが発動した」と称し、伝説として語り継がれている)

日本に戻っても運の悪いIDE[編集]

結局運悪く日本に戻ったIDEだが、それでもなおライコネン症候群は治らなかった。

日本に戻ってからは「Super GT」(スーパー・グランド・セフト・オートシリーズ)に日産から参戦する。が……、鈴鹿サーキットを意味も無く1000キロ回るレースに参戦した際、運悪く変な形の車にぶつかってしまい、運悪くドライブするペナルティーを食らったが、運悪く旗を見落としてしまい運悪く失格になってしまう。が、運悪くその旗すら見落とし、実況で某レース解説者に「もしヤツが旗を見落としているのなら、あいつはやっぱり正真正銘の馬鹿だ」と文句を言われたという。(余談だがこのレースの後、記者に向かって「俺は正真正銘の馬鹿ですが、何か?」と発言し、周りからドン引きされたという)

また、何をどう思ったのか自己紹介のところに、もし生まれ変わったら加藤鷹みたいになりたいと発言した事もある。

未だにライコネン症候群が治らないどころか、運にどんどん見放されていくIDE君。キミは一体どうしたいんだ??