京王動物園線
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
京王動物園線(けいおうどうぶつえんせん)とは、いつ廃線になろうが不思議ではない程廃れてしまった、高幡不動駅から多摩動物公園駅までを結ぶ途中駅なしの京王電鉄のスーパーローカル線である。全線が東京都日野市内を走行する。
目次 |
[編集] 路線データ
- 路線距離:2.0km
- 軌間:1372mm
- 駅数:2駅(起終点駅含む。途中駅なし)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:全線(直流1500V)
- 閉塞方式:自動閉塞式
- 保安装置:京王形ATS(デジタルATCに更新予定…て、続けるの?)
[編集] 在りし日の栄光
1960年に敷設された、多摩動物公園専用路線である(近くにある中央大学、明星大学は、半分どうでもいいサブ的役割だった)。
1964年4月29日、桜が散り新緑の芽があちこちで芽吹く中開業した。なぜ春に開業したのかというと、もちろんこどもの日狙いである。その狙い通り、毎年ゴールデンウィークになるとエクストリーム・満員電車が行われることとなった(乗車率240%を記録した、と明記した記録があった模様だが鉄道教の活動により紛失した)。それ以外にも遠足シーズンになると乗車率はうなぎのぼりし、夢で目を輝かせ動物について語る幼稚園児、無邪気に友達と会話する小学生たち、決意も新たに新しい学び舎へと向かう中央大学・明星大学の学生など、実に平和な光景を車内で見ることが出来た。この平和は恒久的、普遍的に変化することは無いと思われていた…。
[編集] 動物園線の没落
が、「原始あるものには必ず終末がある」という誰かの言葉通り、太平の繁栄はそう長く続く事は無かった。2000年、多摩都市モノレール「多摩動物公園駅」開通。京王電鉄が異変に気付くころ、既に実情は挽回不能なレベルにまで達していた。
なんと、一日平均の利用者が2万人も減少したのだ。
その原因は、多摩センター駅まで京王線が接続されていなかったこと。それまで、多摩センターから多摩動物公園へ行くには、一度都心に近い調布駅まで上りで赴き、そこで高幡不動駅までの下りの電車に乗り込み、更にその高幡不動駅で乗り換えなければならなかった。が、多摩都市モノレールの開通により、多摩センター方面の利用者は多摩センター駅から一本、直通で到着できる様になったのだ。これにより4分の1にまで利用者は激減した。
「これはヤバイ。なんとかしろ」と京王の上層部は焦った。だが既に述べた通り挽回不能。すったもんだの末に弾きだされた結論は「多摩都市モノレールより安い運賃にする」、「京王れーるランドを増強する」、この程度であった。しかしこれで利用者たちがなびく筈も無く、以後今日まで動物園線は凄惨を極めている。
[編集] 動物園線の唄
その没落と荒廃ぶりから、世間ではこの様な唄が作られた。
6000系の笛の声 諸行無常の響きあり
駅前桜の花の色 盛者必衰の理を表す
乗降客も久しからず ただ終電の夜の夢のごとし。
ケチる者もついには滅びぬ
ひとえに点検前の不備に同じ
[編集] 運行形態
- 平日:1時間につき各駅停車3本、1日1回限定新宿までの直通急行が1本。
- 休日:1日に3往復の各駅停車。1日1回限定新宿までの直通急行が1本。
一体どこのローカル線かと思われるほど悲惨なダイヤである。休日に至っては1日4本である。
[編集] 駅一覧
以上。
[編集] 関連事項
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