伊佐坂難物

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伊佐坂 難物(いささか なんぶつ)は、昭和・平成を代表する文豪で、何度かノーベル文学賞候補にも挙がっている小説家。しかし日本を代表する庶民磯野家の絶大な知名度の陰に隠れ、彼の本当の業績を知るものは、あさひが丘駅周辺の住民には絶無の模様。いささか難物である。中の人は「ZEEBRA」。ちなみに、息子伊佐坂甚六NEET

来歴[編集]

芥川賞への反感[編集]

大学在学中から文学の道を志し、その文学への耽溺振りにより落第と留年を繰り返し、結局放校扱いされている。ちなみに秘密文書「サザエさんの学歴」によると早稲田大学第一文学部中退が最終学歴のようである。

その後、何年にも及ぶNEETヒモ当たり屋やサオ師、フリーターや準禁治産者など、辛酸を舐めるような苦労を重ね、1959年処女作『奥までねぶって』で鮮烈なデビューを飾る。この作品は一見ありがちな有閑マダム不倫を扱いながら、フランス仕込みのヌーヴォー・ロマンの影響を随所に感じさせ、読後に清涼感をもたらす特異な作風で一躍評判となった。

『奥までねぶって』に続いて漁村の明るく健康的な性愛を描いた『イサキ』は三島由紀夫をして、「オレの『潮騒』など都会人の思い込んだ虚構の漁村の戯れに過ぎなかった」と言わしめた。

ところがその一方で東京大学出身の宇野鴻一郎の『鯨神』とのテーマやモチーフの類似から、パクリないしは剽窃との嫌疑が高まり、伊佐坂・宇野両人の対立は激化。伊佐坂が戯れに書いた評論で「あたし、鯨を見て濡れちゃったんです」なんてことを書いたものだから、険悪な関係は修復されぬまま両作品ともが1961年の芥川賞にノミネートされてしまったのである。

人を揶揄することでは人後に落ちない伊佐坂は、さらによせばいいのに『鯨神(げいしん)』のパロディで新宿二丁目を海に譬えた文壇の暴露小説『ゲイ』を発表し、併せて「宇野のもらうような賞なんか要るか」と怒鳴って、ノミネートの権利を放擲してしまったのである。かくしてその年の芥川賞は宇野鴻一郎の『鯨神』に決定したのである。

文壇から遠く離れて[編集]

かくして文壇から遠ざかった伊佐坂であるが、純文学の限界を見極めたこともあって、古今東西の禁断のエロ文学の紹介をするようになった。伊佐坂の書斎には世界各地から好色文学やピンク小説がかき集められ、その量たるやヴァチカンの「禁書目録」にも匹敵すると称された。サド侯爵の『悪徳の栄え』、バタイユの『眼球譚』、作者不詳『四畳半襖の下貼り』といった著作の紹介や、読書グループの計画、出版社への斡旋に関して伊佐坂ほど通じている人物はいなかった。

後に伊佐坂の担当となった出版社の波野ノリスケは、「難物先生の御宅は凄いです。アポなしで行くと玄関にまでエロ雑誌が散乱していて。しかもスウェーデンでしか見られないようなきわどい奴ですよ。それに壁中に貼られたエロ写真で壁がピンク色に見えるほどだったんですよ、よく甚六くんやウキエさんは警察の厄介になるようなグレた子供にならなかったですね」と語っている。かくしてエロ研究家としての伊佐坂の名は斯界でも評判のものとなり、「エロを研究したくば伊佐坂家へ行け」とまで語られるようになったのである。

また一部に難物を『家畜人ヤプー』の真の作者を推定する考えもあるが、難物夫人お軽にその件を問い質したところ、「宅の主人はあんなにマゾヒストじゃありませんことよ」とにべもない返事をされてしまった。

ちなみに伊佐坂の永遠のライバルと目されている宇野鴻一郎も芥川賞はとったものの、「あたし、あそこがじゅんってなっちゃって」というような一人称によるポルノ小説を開拓していくことになるのである。期せずして芥川賞を競った両作家がエロの道に違った風ではあれ、入り込んでいくところが、人生の不思議なところである。

「すべて隣人は敵なるもの」[編集]

1980年代に入って、しばらく手をつけなかった小説の執筆に復帰。この時期書かれた『秘められた貝』『難破船の喘ぎ』『若芽摘み』といった作品は、エロさが比較的抑えられており、純文学とポルノ小説のボーダーラインを超える試みであったといえよう。しかし一度飛び出ただけあって文壇の評価は、難解かつ高尚な内容であるにも関わらず、芳しいとはいえなかった。

そしてこれら一連の作品に続いてその集大成となったのが、1999年に出された『淫乱熟女昼下がりの悶え』である。この作品は暴露的な手法を取り入れることで、再びセンセーションを巻き起こした。変なパーマをしたそそっかしい女が、鬼のような形相で、お魚くわえたドラ猫を見つけるや、裸足ならぬ全裸で追いかけていく、というカフカの悪夢にも似た描写に、モデルなどいないと考えられていた。

しかし21世紀になってから、週刊誌に匿名で出された手記「すべて隣人は敵なるもの」(これは文体の特徴から難物のものと想定されるが)で、これまでの作品のモデルとなった「某一家」のことがつぶさに書かれている。

曰く、「某家がうるさかったり、やかましかったりすることに腹を立てることはもはやないが、プライバシーがないこと、土足でうちに上がること、手癖悪く何か盗むこと、双眼鏡でのぞくこと、ゴミの日を間違えたゴミをうちのゴミ箱に入れること、我が家の犬に八つ当たりすること、これなどはやめていただきたい」と延々とグチが続く。

そして辛辣なコメントで締めくくっている。「気安く「先生、先生」と呼びかけられ、メシおごれ、茶飲ませろなど・・・日々怒りはくすぶるばかりである。彼らは私の小説がどんなに官能的で退廃的で耽美的で、しかも子供や孫に読み聞かせられないようなエロまみれであることを知らず、又知ることもなく死んでいくのだ。それまでの間、私はよき隣人とみなされ続け、彼らにいい様にされ貪り尽くされると思うと、身震いし、この世の造物主を呪わずにはいられない。何が「今日もいい天気」だ」。

関連項目[編集]