余部鉄橋

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余部鉄橋(あまるべてっきょう)とは、西日本旅客鉄道が保有するサーカスの舞台用具の一種である。

概要[編集]

余部鉄橋を渡る列車。こんな場所を列車が走るなんて…。

一般的に橋というのは川や谷といった、どうしても普通には線路が敷けないような場所に作るものである。しかし、この橋は違う。どう考えても橋をかけるべきではないような、民家の上に堂々と端がかかっているのだ。このような場所に橋をかけるなど、狂気の沙汰としか思えない場所に、である。

こんな場所に橋をかけたのは、世界的にも珍しい、鉄道車両を使ったサーカスを行うためである。国鉄は、ここに橋をかけたらきっと景色が良いに違いないと考え、ついでにサーカスもやれば一石二鳥、と考えたのである。当初は綱を使った綱渡りを検討していたものの、流石に一両40トン以上もある車両が綱の上を渡るのは無理だと判断したのだろう。というかどう考えても無理ゲーである。このあたりは、国鉄にも少しは常識があったのかもしれない。

そんなわけで、こんな場所にアホみたいにデカい鉄橋をかけることとなり、完成したのがこの余部鉄橋である。高さ40メートルというあまりのデカさにゴジラもびっくりである。なお、この鉄橋の上には山陰本線が通っていることから、道中にここから転落死する可能性もあり、非常に危険な難所となっている。

当然、鉄道車両をサーカスに使うという世界的にも珍しいものなので鉄道教信者の聖地である。また、鉄橋ということは主成分がということであり、ここから出される鉄分を求めて日本中から鉄分に飢えた鉄道教信者が年中訪れる。特に列車通過時にはレールと車輪の摩擦によって鉄分が更に舞い散るため、鉄分過剰による中毒症状を起こす人が耐えない。中毒症状を起こした信者の中には、精神に異常をきたして民家の庭に侵入したり、墓石をなぎ倒すなどの行為を行う者もいるという。

なお、鉄橋の色はなので一般的な鉄橋に比べて長さ、高さ等が通常の三倍である。

サーカスの様子[編集]

約40メートル上空に存在する餘部駅への道筋を示す標識。付近に階段や梯子は無い。

毎日、ほぼ決まった時間に行われる。特に朝夕に多いが、兵庫県とはいえ北の端っこの方なのであまり多くは無い。特に昼をすぎた午後は、昼飯を食ってみんな寝ているために殆ど行われないため、時間を確認していくのが望ましいだろう。

さて鉄橋の上を車両が渡るという非常にデンジャラスなものであるが、この車両には誰でも乗ることができる。普通のサーカスでいうならば、日本の縄の上に車を乗っけて、そこに一般客を乗せるようなものである。もちろん命綱無し。

特に強風の日は車体が大きく揺れるなどスリリングな体験をできるため人気が高い。

一見とても危険なように見えるが、国鉄とJR西の物凄い努力により毎日問題なく行われている。ただし最寄り駅の餘部駅から乗ろうとしてはいけない。よく考えればわかることだが、高さが40メートルあるということはすぐ近くにある餘部駅も標高が40メートルあるということだ。ということはそこから乗ろうとなると橋脚をよじ登らなくてはならず、万が一足を踏み外してしまうと命を落とすかもしれない。

使われる車両[編集]

キハ40系
殆どこの車両で行われる。大抵は1両か2両で、とても重いため多少風が強くてもどうにでもなることが使用されている理由である。
また、いくら世界的にも珍妙な列車の綱渡りといえでも平日昼に利用する人は少ないため、短い編成は便利だと思われる。
さらに車両がメタボで無駄にがっしりしているので、不測の事態にも(多少は)備えることができる。
キハ181系
一日に2〜3本がこの車両で行われる。車両が4両と長く、座席も(それなりに)いいので、より快適に綱渡りを楽しむことができる。もちろん旧型でメタボ車体も重たいので安定したパフォーマンスを披露する。2011年に全車両運用離脱。
その他
イベント等、JR西のきまぐれで様々な車両が使われる。キハ5812系がよく使われるようである。なおキハ58に関しては旧型で安定しているものの、12系などの客車は旧型ながら車体が軽いため不安定で、過去には鉄橋から真っ逆さまに転落して木端微塵になる事故(ただしパフォーマンスという説あり)が起こっている。

転落事故[編集]

転落直前に撮影された車窓の様子(遺族会提供)。

1986年12月28日午後1時過ぎ、東京では殺伐としたコミケが行われていたころ、余部鉄橋ではイベント後の車両が回送列車として通過中であった。列車は「みやび」といい、現存するなら現在ではトワイライトエクスプレスとしてステータスシンボルとなっていたかもしれない車両であった[1]。その時、日本海からもの凄い風が吹き、機関車以外の客車7両が吹き飛ばされ、鉄橋の下にあった工場を押しつぶす事故が発生した。

後の調査で関係者が車両を風で吹き飛ばすというアドリブを行っていたことが判明した。回送列車なので車内に人はいない上に機関車はとても重いので吹き飛ばないだろうと推測し、見事に客車を吹き飛ばしたまではよかったが、車掌の存在を忘れていたのと真下の工場のことを忘れていたために大惨事となった。すでに日本国有鉄道はお取り潰しが決定していたが、本件によりエクストリーム・謝罪で見事準優勝となった。

更に客車内には従業員が一人いたが、不死身の体で40メートル落っこちた末に生還するという快挙を成し遂げた。

それにも関わらず、JR束は同じ車番で1999年に「浪漫」なロマンよりもトバク性の高いジョイフルトレインを魔改造してしまった。これはノストラダムスの予言にもある。こちらは無事に事故なく役割を終え長野で葬式鉄が見守った。

架け替え[編集]

信者からは、架け替えを惜しむ声も上がっている。

1912年に完成以降、毎日欠かさずサーカスを行ってきたが、酷使が祟って腐りかけ、精神的にキているため鉄分の替わりに劣化した錆をぶちまけたり、色が褪せるなどの問題が出ていた。そのため通常の三倍ではなく普通の橋に架け替える工事をすることが決定された。

架け替える新たな橋はコンクリでできた純白の美しい無機質なものになる予定であり、頑丈で綱渡りといえるかは鉄道教信者から疑問の声が上がっている。そのため今後は鉄道教の聖地ではなくただの橋となり、この鉄橋もなかったことになることだろう。

関連項目[編集]

Wikipedia
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