使える無能

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使える無能(つかえるむのう)とは、世界中のどこでも多くの経営者や独裁者、さらには古代の国家が求めてやまない人材であり、歴史的に見て、多くの国家や企業をダメにしていった悪夢の存在でもある。

概要[編集]

2001年から2006年まで続いた小泉純一郎内閣において、当時、猖獗を極めていた日本経済を立て直す様々な政策が行われ、その中で契約社員と呼ばれる新しい業務形態が出来上がり、隆盛していったことは一つの大きな特徴である。それは、江戸時代から連綿と続く人材派遣業への規制を大幅に緩和することにより成立したもので、終身雇用という日本における会社の制度を大きく変えたことが、以降の10年間で使える無能を増加させていくきっかけとなる。なお、この政策は基本的には人材の移動を活発化させることで、当時、どん底だった日本企業の人件費をを少しでも緩和させ、企業を延命させることが目的であったのだけれども、もう一つの目的として、人材派遣業という主にヤクザが取り仕切っていた企業に日の目を当て、ヤクザのやってきたシノギをそのまま経済活動として社会に組み込むことも目的とされ、その結果として、ヤクザな考えが世の中に広まるのも道理である。

なお、似たような考えは世界中どこにでも存在し、江戸時代どころか古代より連綿と続く考えでもある。基本的に使える無能を消費することで、世の中は回るようにできており、むしろ有能な人間は使える無能を使う能力が求められている。

矛盾[編集]

ここで一つ、重要な問題がある。それは、基本的に無能とは使えない存在であり、なぜそういった存在に「使える」などという言葉がくっつくのか。しかし、くっつくのである。なぜなら、無能とはすなわち、能力がないことに他ならず、世の中には、能力が必要で無い存在が必要なのだから。無論、場合によっては能力がある人間がその対象になることも多々あるのだけれど、それをやってしまうと、もったいないオバケが出てくることもある上、その後に大きな禍根を残す場合がほとんどで、そういったことをかんがみれば、やはり世の中には使える無能が必要になる。

ちなみに、有能な人材を消費するケースのほとんどが使う側が無能だった場合である。

使用方法[編集]

以下に、世界中で行われた使える無能の利用方法を記載する。

アステカ文明[編集]

生贄


何か説明がいるだろうか?なお、この段階でほぼオチがついているため、以下の項目はほぼ惰性である。

古代社会[編集]

今時階級闘争など流行らない考え方かもしれんが、古来より、残念ながら人間社会にはどうしても格差が存在し、あきれ果てることにどこの社会であっても階級制度という嘆かわしい代物が存在した。その場合、往々にして「戦士」という階級がある。中には国民が全てこれというどうしようもない破綻国家もあったが、往々にして「戦士」は何も生産しない消費階級のくせに、生産階級より必ず上にいる。インドクシャトリア日本中国武士西洋貴族などがいい例である。(やがて彼らは公安だけではなく行政を牛耳ることになるが、ここではカットする)

だがそうした「戦士」達だけを使って戦争を行うことは少々難しい。なぜなら戦士階級は税金をふんだくるだけふんだくって、自分たちでは何も作らないため、彼らを育てる国家は彼らしか置いておかなかったらたちどころに破綻してしまうからである。故に戦士は一部に絞り、残る大多数は農工商に回す必要がある。つまり、前線で闘う兵士は限度がある。

しかし人間の歴史っつーもんはほっといても侵略(及びそれに対する防衛)を始めちまうもんで、当然戦士たちがドンパチやるだけでは収まらなくなる。故に徴兵制というものができる。これにより、平時は農民として暮らしている市民に無理矢理武器を持たせ「敵が来るぞー!!!」と驚かせることで敵兵に突っ込ませて防衛の足掛かりにするわけである。勿論、敵も同じことをやる。こうして戦争の規模は雪だるま式に巨大化していく。

こうして前線に送られるのは、往々にして「戦士」ではなく彼らから税金を分捕られる下っ端の傭兵たちである(勿論、中にはそうした不平不満を武器に闘い戦士階級に上がるような奴もいる)。大抵「戦士」はいかに効率よく下っ端を動かすか、そういう「戦術」「戦略」を上手く練るようになり、なるべく自分は被害を受けないようにする。そして、最前線で使い潰し「オオー彼らは花と散り御国の礎となったのだぁー」とプロパガンダする。こうした「礎」となるのは無能な人々であり、有能な人材はなるべく徴用ではなく重用し、戦場という若者全自動処刑フィールドから守る必要性が出てくる。

こうした戦争の繰り返しで、自分だけがブクブク肥え太るような「使う無能」も増えていくこととなり、以下のような結果を招く。

近代国家[編集]

人類が発展していく中、どうしても有能な人材やもしくは権力者を守るために罪を擦り付ける存在、すなわち、消費してもまったく問題ない人材が必要になっていく。逆に、そういった人材の育成を怠った国家ほど、スキャンダルや戦場、もしくは民衆の心を維持する際に統制が取れなくなり、国家がガタガタになる原因になっていく場合が多い。で、そういう中で使える無能ではなく、失ってはいけない人材を失ったがために、様々な伝説や神話が現代への語り継がれることになる。

菅原道真などはその最たる象徴である。なお道真については、藤原忠平が、自分の失政の正当化と兄藤原時平のネガキャンを両立させるために怨霊化させた可能性が濃厚である。

現代日本[編集]

現代の日本における使える無能については、ほぼ奴隷もしくは生贄としての役割を担うことが多い。これはブラック企業という言葉が一般常識となる中で、日々積み重ねられた庶民の実感でもあるのだけれど、基本、経済活動というものがアメリカの奴隷貿易やイギリスの産業革命時から何も変わらない暗黒面を有していることから、それはそれで仕方ないという話もある。

無論、その影から奴隷解放闘争や、共産主義、社会主義といった思想が生まれ、経営者を地獄に突き落とす仕組みができていったのだけれど、そういった働く側の感情というか生活を上手にコントロール、もしくは無視して江戸時代の農民のように生かさず殺さずという状況を維持することで、大金が社会の上層部へ集まるのが資本主義というものである。良い悪いはともかく、そんなものである。無論、金が全ての世紀を作り出した後になって、国をひっくり返して虐殺しまくって、文明そのものを揺るがした過去の事例を積み重ねたおかげで、労働基準監督署と呼ばれる機関が整備されることになり、昔だったら労働争議確定というような無理やりな勤務体系は少なくなり、最低賃金が定められた結果、生きていけない給料といった話も、少なくなり、ある程度は、生きるだけ、生活するだけならばまったく問題はない世界が整えられていく。

もっとも、結婚子育てといった費用を捻出しないさせないおかげで、日本社会の未来が先細りになっていっている件については、とりあえず歴代の経団連のトップ・及び口先だけは達者な竹中平蔵ら「自称経済のプロ」がアホであることを証明している。

それとは逆[編集]

最後に、以上のような話がなぜ国を滅ぼし企業をダメにしていくかを補足する。

それは、使える無能を切って行くということはすなわち、そのままより多くの使えない有能もしくは使ってはいけない有能を抱え続けることにほかならず、そういった存在を排除できない組織ほど落とし穴にはまりやすいためである。そもそも、有能でなおかつ成果を出したとしても、そこから倫理モラル、さらには人間関係のもろもろといった話を無視すると、先に悲劇しか見えなくなるのが世の中というもので、仕事に必須ではないけれど、人として社会の一員として必須の要素を有していない人材は、所属する企業や国家を往々にして地獄へ落とすことになる。

これは、地震台風などと同じ話である。ようは、人災への対応という意味において。

日本の政治がダメになっていったのは、この1点に尽きる。無論、経済状況にしてもしかり。そういった組織の穴が、スキャンダルを発生させ、人間関係をむちゃくちゃにして、賄賂だのなんだのといった不正を呼び込んでくる。けれど、それは人材として有能である以上、組織としては仕方ない場合もある。そのため、有するなとは言わない。切れないのならそれも仕方ない。ならば、せめて備えなくてはいけない

こういう話が出た際に、大量の生贄を抱えている企業は強い。けれど、こういった話が出ない企業のほうが、業績はともかくもっと強い。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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