偉大なアンサイクロペディアンの一覧

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偉大なアンサイクロペディアンの一覧(英:The list of great Uncyclopedians、あるいはThe Great What's Me?)は、ユーモアのセンスと風刺の視点を持ち合わせていた、多くの先人たちのリストである。現在156人がリストに数え上げられており、以下ではその一部を紹介する。

概要[編集]

このリストは、他称アンサイクロペディアンの生涯とその功績、及び好きな仔猫などを後世に伝えていくために設けられたものである。 リストアップされた(通称マーキング)人物はその時に存命していない人物が中心であるが、まれに生きて殿堂入りを果たした名誉なアンサイクロペディアンもいる。

歴史[編集]

このリストは1887年、雑誌『The Uncyclopedian's World』(月刊アンサイクロペディアの前身)の編集者だったオスカー・ワイルドが作ったとされている。 当時のアンサイクロペディアは紙の百科事典で、定期刊行の雑誌に毎月専属のライターや知識人、一般の読者からの記事を掲載することで記事数を増やしていた。 そんなある日、編集者[1]だったオスカーは雑誌に載せる記事の不足に悩んでいた。毎月、有名人の記事を執筆していたとあるコラムニストが、子供のころから患っていた双極性障害アンサイクロブレイク、つまり退職してしまったのだ。当時、大英帝国ヴィクトリア女王が在位50周年を迎えていて、ほとんどの執筆者がその話題に執着していたため、誰も代わりに書いてくれなかった

ページに余白を作ってはならないと、オスカーは上層部の資料[2]に載っていた過去の執筆者や寄稿した人々を紹介することで余白を埋めた。これが以外にも読者に好評だったため、オスカーは正式にリスト制作に入り、1895年に自身の性癖が招いた卑猥行為を咎められて投獄されるまでリストの制作を続けた。

その後はアンサイクロメディア財団の有志が委員会を設置してリスト制作を引き継ぎ、現在もグアンタナモ強制収容所ヨハネスブルグ市立図書館九州帝国大学医学部精神病科本館でリストの管理と編纂が続けられている。

一覧[編集]

アリストパネス(ギリシャ語版、紀元前446~紀元前385)
古代ギリシャ文学おそらく人類史上、最初の風刺作家。ソクラテスをコケにした作風が特徴。
デキムス・ユニウス・ユウェナリス(ラテン語版、60~130)
アンサイクロペディア元老院の父。『秀逸なる編集は秀逸なる発想に宿る』という名言を残す。
ミッシェル・ド・ノストラダムス(フランス語版、1503~1999)
Portal:魔術とCategory:占星術の発展に多大な功績。その後の多くのアンサイクロペディアンが耽読している、ミシェル・ノストラダムス師の予言集を著した。
ジョー・ミラー(英語版、生没年不明)
月刊アンサイクロペディア創刊期の偉人。しゃれの父。
ジョナサン・スウィフト(アイルランド語版、1667~1745)
架空の国家記事作成の草分け。カニバリズム的で強烈な風刺も。
柄井川柳(日本語版、1718~1790)
日本語版草創期の詩人。UnPoemで短詩ジャンルを確立。
大田南畝(日本語版、1749~1823)
柄井を継ぎ、一般記事からUnBooksまで幅広く活躍。
十返舎一九(日本語版、1765~1831)
アンサイクロペディアへの投稿のみで生計を立てた最初の執筆者。『東海道中膝栗毛』で名高い。
ヘンリー・メイヒュー(英語版、1812~1887)
マーク・レモンと共にアンサイクロペディア公認の風刺漫画雑誌『パンチ』を創刊。
マーク・トウェイン(英語版、1835~1910)
アンクォートに数々の名言を残した毒舌家。トム・ソーヤーをだしにイングランドを痛烈に風刺。
アンブローズ・ビアス(英語版、1842~1913)
ニガヨモギと酸で記事を書いたと言われた文筆会の解剖学者。"聖典"とも呼ばれる、悪魔の辞典を執筆。
オスカー・ワイルド(アイルランド語版、1854~1900)
アンサイクロペディア中興の祖。同性愛の肯定を説く。
ジョルジュ・ビゴー(フランス語版、1860~1927)
画像投稿に功績。眼鏡+出っ歯の典型的日本人像を考案。
エリック・サティ(フランス語版、1866~1925)
UnTunes草創期の偉人。伝統的な作曲技法を全て無視した音楽界の革命児。
宮武外骨(日本語版、1867~1955)
日本語版有数の自己言及的記事執筆者。独自の検閲表記を発明し、ヂイペンイメの原案を作成。
南方熊楠(日本語版、1867~1941)
「歩くアンサイクロペディア」の異名をとる。数々の奇行で有名。
サキ(英語版、1870~1916)
O・ヘンリーと並ぶ短編の名手。独特のブラックユーモアである種の人間の機微を捉える。
魯迅(中国語版、1881~1936)
狂人描写の天才。中国社会の負の部分のみを描ききる。
ジェイムズ・ジョイス(アイルランド語版、1882~1941)
『ユリシーズ』、『フィネガンズ・ウェイク』は、もやは伝説。
マルセル・デュシャン(フランス語版・英語版、1887~1968)
展覧会に便器を陳列しモナリザに髭を描き入れた異端児。
夢野久作(日本語版、1889~1936)
怪奇的な狂人描写と数々の擬音語・カタカナ遣いを発明。
チャーリー・チャップリン(英語版、1889~1977)
ヒトラーを痛烈に批判し、戦後は赤狩りにも遭った喜劇王。
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(オーストリア語版、1889~1951)
『論理哲学論考』が誉れ高い。ラッセルの居室での奇行も伝説。
カレル・チャペック(チェコ語版、1890~1938)
人造人間の想像主。多彩な風刺とユーモアを医者らに語らせる。
ハロルド・ロイド(英語版、1893~1971)
丸眼鏡を世界的に普及させた喜劇王。
バスター・キートン(英語版、1895~1966)
首の骨を折っても無表情を貫いた喜劇王。
サルバドール・ダリ(フランス語版、1904~1989)
天才と自称した画家。投稿した絵が毎回秀逸な絵画に選ばれた。
ジョン・ケージ(英語版、1912~1992)
サティの再来とも言われた異端児。『0分00秒』や『4分33秒』で名高い。
フレッド・ホイル(英語版、1915~2001)
無から元素が生まれると主張する科学者。私生活も筋金入りの変人。
マルクス兄弟(英語版)
チコ・ハーポ・グルーチョ・ガンモ・ゼッポの五つのアカウントで活躍した喜劇王。
マーク・エイブラハムズ(英語版、生没年不明)
風変わりな、あるいは馬鹿な研究を行うマッドサイエンティストを大々的に表彰するイグノーベル賞を設立。
ジャンニ・ロダーリ(イタリア語版、1920~1980)
子供向けの記事に秀作を残した。ピアノで闘うカウボーイなど奇抜な発想に定評がある。
ジョセフ・ヘラー(英語版、1923~1999)
風刺のお手本とも言える『キャッチ=22』など、様々な流行記事を立てた天才。
筒井康隆(日本語版、1934~ )
パロディとナンセンスを得意とするSF作家。73歳でライトノベルを書く奇人。
マイケル・ムーア(英語版、1954~ )
同一作品でゴールデンラズベリー賞4部門受賞。なぜか全米ライフル協会会員。
アラン・ソーカル(英語版、1955~ )
出鱈目の哲学論文を意図的にでっちあげて有名になった物理学者。
ジョナサン・ホアン(英語版、生没年不明)
我がアンサイクロペディアを電子辞書化した偉人。同功績で、ノーベル裏文学賞も受賞。


なお、ジミー・ウェールズもアンサイクロペディアに多くのネタと風刺対象を提供したとしてノミネートされたが、アンサイクロペディアンではないとのことでリストアップを逃している。

脚注[編集]

関連項目[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「偉大なアンサイクロペディアンの一覧」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
Quqpacmanlogo3.png
後世の物好きのために偉大なアンサイクロペディアンたちが放った発言は、有志たちによって「Unquotable/アンサイクロペディア」へ収録されています。


外部リンク[編集]