うどんげ

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うどんげ(優曇華)とは、堪忍袋である。

概要[編集]

三千年に一度だけ開くと言われている花で、その名前の通り「仏の慈愛(優)」が「曇る」時、すなわち(衆生の煩悩に対して)仏の忍耐が限界に達すると、蕾の中に封印されている金輪王が暴れだす(これが「金輪際」の語源である)ことで開花するのである。仏の怒りによって封印より解き放たれた金輪王はこの世のすべてを破壊し、生けとし生きるすべての存在を殲滅した上で、新しい世界が創造されると言われているが、それを確認できる史料は現存していない。

分布[編集]

東海百万里の果てに存在すると言われている蓬莱島にのみ生息していると徐福始皇帝に進言した記録が『史記』異伝十七巻(雑録)に残っているが、探しに出かけた徐福本人が帰って来ないため、そのままなかったことになっている。他に記録もないため、うどんげ自体は蓬莱島(存在するか否かは別として)のどこかに生息しているという事になっている。って言うかうどんげ自体がそもそも架空の存在なのではないか、という問いについては誰も気にしないのであった。

とりあえず[編集]

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比較的手近に生えていたフサナリイチジク(Ficus racemosa)の花がそれらしい雰囲気なので、これを「うどんげ」として定着させようという運動が一部であったものの、やはり蓬莱島で同じものが生えているかどうか確認が出来ないため、その話はお流れになった。また、芭蕉の花が「うどんげ」ではないのか、という提唱がどこかでなされたが、やはり「芭蕉の花は芭蕉の花であって、うどんげではない」として無視されてしまったのであった。しょうがないので、クサカゲロウ(Chrysopidae)がところかまわず生みつける塊が何となく「うどんげの実」っぽく見えるから、という理由で「もうこれがうどんげでもいいのでは?」などと言い出した。曰く「うどんげは仏の花であり、天上に咲いた花から実だけが地上にこぼれ落ちてくるのだ」と詭弁を展開したものの、やはりそれは「クサカゲロウの卵はクサカゲロウの卵であって(以下略」と一蹴されてしまったのであった。

ところで[編集]

うどんげ(想像)。その紅さと言い、弾けるような花弁の形状と言い、仏の怒りを如実に表している。

うどんげ、うどんげと探し求めているが、果たしてうどんげがどのような形状なのか、つまりどんな外観の花なのか、それについて記している資料が一つもないことに気づかされた。仏教の経典である『金光明経』や『法華経』をひっくり返して、穴があくほど凝視しても、そこにある記述は「希有、希有、仏出於世、如優曇華時一現耳(意訳:すっげー、すっげーレアだよ。仏が降臨する時に咲く憂鬱な花だよ)」としか書かれていないのである。これだけを手がかりにうどんげを本気で探そうという物好きがいるなら、ぜひお目にかかりたいものである。

仏の顔[編集]

先述の故事から、もはや我慢が限界に達したために相手を許せなくなることをかつて「仏の顔も三千年」と言ったのであるが、実際には人間が三千年も寛容の精神を保つことはもちろん、そもそも生きていられない現実から「仏の顔も三度まで」と大幅に短縮したのであった。

関連項目[編集]