全日本プロレス

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全日本プロレス(ぜんにほん - )とは、見世物小屋から発展したアマレスルールに則った相撲部屋である。何度かの紆余曲折を経ており、体制が度々変化している。

歴史[編集]

馬場体制下[編集]

力道山の創設した相撲部屋に所属していたビッグフット(後のジャイアント馬場)が親方株なしで見世物小屋として独立したのが始まり。しかし馬場の意志と言うよりは、当時馬場と同棲し色仕掛けで手玉に取っていた恋人(後に夫人となるがプロレスのド素人なので実名は伏せる)の指図によるものである。

当初はビッグフットにアメリカのアマレス出身者が挑むという興業内容であったが、後にジャンボ鶴田が入団しメキシコからミル・マスカラスの参戦したあたりから、どうやらプロレスというものに酷似してきていると判明、そっち方面へシフトした。すると馬場の元同僚であるアントニオ猪木の方の団体と度々比較されるようになり、猪木の団体と協力し選手の引き抜き合戦をショー展開するようになる。ただし、元は相撲部屋であるため、猪木の団体とは異なり関節技というものは邪道であるとして長い間、全日では禁忌とされた。同じく、猪木の団体がやり始めたドーム大会も、全日は見世物小屋の発展系であり、「大会場での興業はもはや小屋では無い」として絶対に行わなかった。挙句に、勝手に邪道呼ばわりした上に言うに事欠いて自分たちのスタイルこそ王道と称するようになった。もちろん全て馬場夫人(プロレスのド素人なので実名は(ry)の指図によるものである。ちなみに、坂口征二はド素人のクセに口出しするこの夫人が大っ嫌いだったので全日に行かなかったのだという(マジ)。

三沢光晴川田利明が入団すると、相手を米俵に見立てて投げ飛ばす投擲競技を取り入れるようになる。この冷静に考えれば非常に危険な行為にキチガイ全日ファンは狂喜乱舞した。

馬場が亡くなると、三沢が社長に就任する。三沢はプロレス界の衰退を見越していたものか、ドーム大会を行うことを含めた団体のショー化を行う方針を推し進めるが、裏の社長である馬場の未亡人プロレスのド素人(ry)は、自らが構築した方針が壊されてたまるかと三沢を社長から解任する。これに憤った9割の選手および役員は三沢を旗頭に独立、唯一無二のガチ団体プロレスリング・ノアを興した。

武藤体制下[編集]

全日に残ったのは選手・役員含めたったの6名という、馬場未亡人の人望の無さを世間に露呈する結果となった。やむなく新日に泣き付くと武藤敬司が興業に参加するようになる。ちょうど新日の社長となった藤波辰巳コンニャク経営術により先行きに不安を感じていた所であったので、武藤は渡りに船とばかり小島聡ケンドー・カシンを伴い全日に移籍、それどころか馬場の未亡人の懐に入りこんで全日の社長にまで就任するのだった。

武藤はWWEを解雇されたレスラーを呼ぶなどし当初の見世物小屋の伝統を維持しつつも、独自の世界観を展開していった(ドーム大会も「レッスル1」という全日とは別形態という建前で興業)が、格闘技ブームに圧されたり、ロッカールームでの不祥事などにより資金繰りが悪化する。そこでスピードパートナーズ白石伸生に全ての株を譲渡したのだがこれが運の尽き、白石は何を思ったか自らもプロレスラーになれたとでも勘違いしたか、WWE殿堂者でもあるドナルド・トランプの先をゆくかのように新日はおろか武藤にまでケンカを売り始める。呆れた武藤は選手と職員を大量に引き攣れ独立、新団体WRESTLE-1を興すという馬場時代終焉時の二の舞のような展開を生んだ。

秋山体制下[編集]

スピードパートナーズ内部でも白石の乱心が問題となり、白石に冷静さを取り戻させるためには全日の株を手放すより無いとして、全権をノアを退団した秋山準が設立した法人に委ねる。伝統は守られることとなったが、外国人レスラーは伝手がないために呼べず、そちらの伝統は潰えてしまっている。

奇人、若しくはレスラー[編集]

馬場社長時代[編集]

ジャイアント馬場
本名 ショウヘイヘーイ。野球場のピッチャーマウンドで見付かったビッグフット。元は屈強な男たちが固い肌色の棒を手で握りしめ力強く速く振り、白いものを柵より遠くに飛ばして点を入れるスポーツをやらされていたともされるが、ともあれ風呂場にいた所を捕獲される。そのまま赤パンの巨人として力道山部屋へ入るも、ウォール地区の壁を破壊して逃亡すると独立を果たす。
走って来た相手を自らの足の裏を壁に変えて迎撃するのが得意技。その動きはゆっくりに見えるが、これは上空では猛スピードで流れている雲が地上ではゆっくり流れて見えるのと同じ効果であり、馬場が大きすぎるためにそう見えるのである。首の後ろならぬ肝臓を病に破壊されて死亡。
グレート小鹿
本名 小鹿信也。日本プロレス崩壊後に全日に移籍したレスラー。移籍頃は小鹿というより弁護士紀藤正樹にヒゲを生やした感じに近しい。引退後にほぼほぼケンドー・ナガサキの支援のために大日本プロレスを興す。nWoが世を席巻すると現役復帰し、出身地北海道の秩序を守るべくhWoを結成したが、エクストリームな流れに呑まれ、大日はほぼデスマッチ団体と化した。以降はリングに上がる機会が減ったが、関本大介の成長により大日に筋肉部門が確立し始めると再びリングに上がり始め、75歳を過ぎても現役続行中。
ラッシャー木村
本名 木村政雄。元は国際プロレス残党の頭で、もはやヤクザ以外の何物でも無かったが、馬場に敗れてより更生してその舎弟となる。全盛期を過ぎると馬場や百田らとHOMEMADE家族を結成し、ほのぼの路線に転向、歳を重ねるうちに素敵な好々爺となった。馬場の未亡人の三沢に対する仕打ちに耐えかねノア旗揚げに参加するが、間も無くして病で引退、腎不全に伴う肺炎により天に召された。
百田光雄
本名 同じ。ソニーが出資した南朝鮮製作の力道山映画の内容を信じていると驚くだろうが、れっきとした力道山の次男。日本プロレスの役員に父の団体を私物化されたのに憤り全日に移籍すると、6時半に若手を通せんぼするキャラとなる。馬場が死去すると、老害化した馬場の未亡人を見限ってノア旗揚げに参加、しかし三沢の死去後に今度はノアの一部の役員がノアを私物化していたのに憤り退社。65歳を過ぎた今もフリーとして何となく現役続行中。
ザ・グレート・カブキ
本名 高千穂夜神楽。日本プロレス崩壊後に入団したが、基本はアメリカでヌンチャクを振り回す霧吹きであり続けた。全日を退団すると不肖の息子グレート・ムタと血塗れの親子ゲンカが勃発、その後に和解し、タッグを組んでから引退した。しかし、今も時折血の気が騒いではリングに上がっている。
ミスター・サクラダ
本名 桜田一男。後のケンドー・ナガサキ。日本プロレス崩壊後に全日に移籍したが、基本的には海外を主戦場にしたヒールレスラー。帰国後に新団体NOWを興したが、メンツがみな中堅レスラーだったため人気が出ず、すぐさま崩壊した。そこをグレート小鹿に救われ大日本プロレスで活躍、そんな中、総合格闘技ブームが起こる。当時、ガチ勝負なら外国人はミング(キング・ハク、現:タマ・トンガの父)、日本人はケンドー・ナガサキが最強と言われており、ケンカ屋とまで呼ばれて自信満々で総合の試合に臨むも、あっさり敗北する。このときナガサキは47歳、「最強だってのは何歳頃の話だよ」とプロレスファンの総ツッコミを浴びた。その後はフリーとなり、同時にちゃんこ屋を経営した。
ジャンボ鶴田
本名 鶴田友美。ノアだけがガチになる切欠を作ったとも言える日本のプロレス界最強の男。見るからに優し気な風貌であるが、テリー伊藤曰く、人を殺せるらしい。肝炎に伴う肝硬変の手術中に急逝。存命していればジョン・シナ棚橋弘至などは鶴田の前では永遠にグリーンボーイ扱いとなり、グレイシー柔術などはブラジルの片隅の一道場で終わっていたことだろう・・・くらいのことを鶴田ファンは思っていそうである。
天龍源一郎
本名 嶋田源一郎。力士出身でスーパースターとなった2例目、力士の性格にたがうがいい。鶴田のライバルとして全日に革命を起こしたが、それ以上の革命を馬場が拒んだためメガネスーパーに転職する。しかしプロレス事業部の解散により退社しWARを起業。やがてフリーとなって新日や武藤体制の全日、ノアなどを荒らし捲る。50歳頃よりフランケン・シュタイナーやスパイダー・ジャーマンを使用し始め、53歳にして新たな投げ技まで開発するほど旺盛であり、現役を引退したのは65歳になってからである。以後は妻と娘を養うために天然ボイスロイドとしてタレント活動中。
永源遙
本名 同じ。日本プロレスから新日、ジャパンプロレスを経て全日に腰を据えた。政治家興行主に顔が効くため馬場に重宝される。全盛期を過ぎると馬場や木村・百田らの敵役となり、試合の度に観客へ自らの唾液を粗品として進呈した。ノア旗揚げに参加し役員となったが、多方面に顔が効くため、中には真っ黒なものもあったことで一般社員に降格。数年後、都内のサウナに入っていたところを検閲により削除
ハル薗田
本名薗田一治。海外修行中にマジック・ドラゴンという、パッと見は龍っぽくないが、良く見れば龍の模様が入ってるというヤンキーの学ランの裏地みたいなマスクを被ったマスクマンになったが、マスク剥ぎマッチで敗れた後はジョバーおよびコーチとして活躍。しかし、新婚旅行中に飛行機事故に遭い逝去。掛けられていた生命保険の保険金は全額、馬場の懐に入ったとの噂があり、もしかしたら検閲により削除
大仁田厚
本名 同じ。元全日ジュニア選手。チャンプになるや実力差も弁えず新日のタイガーマスクを挑発していた。リング外に転がった際にヒザを破壊、引退したものの紆余曲折の末にFMWを旗揚げしデスマッチレスラーとなって涙のカリスマ(「が出るほどプロレスはド下手だがパフォーマンスだけはカリスマ級」の意)と呼ばれる。しばらく後に再び引退したが、「プロレスラーに引退はないんじゃー!」とか言い出して復帰、長州力にケンカを売った後、小泉純一郎の子供として政治家になるも、またまたプロレスに復帰、その後も2度・・・いや3度だったっけか・・・ともかく度々引退しては復帰するという…もはや恒例行事である。また、所詮は自分さえ目立てばいいだけのヤツだと看破され、いまや嘗てのファンにも見放されている。
馬場の生前、その養子になるという話があったらしいが、もし実現していたらと思うとゾッとする。
渕正信
本名 同じ。通常のボディカラーはであるが、ダメージを受けると色の鬼と化す。ジャイアント馬場に憧れて全日に入団。ジミ目な印象だが老獪な実力者で、メインもジョバーもそつなくこなす仕事人。中堅レスラーとして、ホームドラマではラッシャー木村に早く結婚するようせっつかれる息子役を演じる。三沢らが退団した際も、武藤らが退団した際も全日に居残り、全日の火を消さず守り続ける功労者。もしかしたら、まだ馬場が生きて戻ってくると信じて待っているのかも知れない。中堅フチ功として、いずれ渋谷に銅像が立つのも時間の問題であろう。
ターザン後藤
本名 後藤 政二。元九重部屋の力士。全日デビューから間も無く海外修行に出たが、その事実を馬場が忘れて放ったらかしにされたらしい。帰国後、大仁田のFMWに入団、ミスター・ポーゴと共に大仁田と半ば殺し合いを演じた。そのため後藤がUFCに参戦を表明した際は、UFCがビビって参戦をお断りしたほど。その一方で長州力には気に入られてラブコールを受けたが、後藤にそっちの趣味が無かったため一度も交わっていない。FMWとは謎の険悪な関係となり退団、未だに大仁田とも関係は途絶している…まぁ賢明である。
その後、スーパーFMWを旗揚げ、その試合後に入ったラーメン屋の娘にヤクザと間違われて「ワンタン抜きワンタンスープ」を出されたが、デスマッチで培ったマゾッ気が功を奏して通い続けた末にその娘と結婚、プロレスの傍らラーメン屋修行を行っている。
本名 高木 功。元高田川部屋の力士。本名でデビューから間も無く、天龍についてメガネスーパーに転職するも無断欠勤で解雇される。天龍に拾われてWARで、ジャニーズ事務所に先立ち「」を名乗った。WAR崩壊後に武藤体制の全日に再入団するが精彩を欠き始める。しかし、平田淳二によりモーニング娘。のパワーを注入され覆面レスラー「ラブ・マシン・ストーム」へと変貌し、明るい未来に就職が叶った――と思ったのも束の間、大麻所持で捕まり解雇された。保釈後、大分県産コンニャクの団体で復帰。
越中詩郎

詳細は新日本プロレス#越中詩郎を参照。

本名 同じ。本人いわく、デビュー当初からヒップアタックを使い続けており、いわゆる常習犯としている。この前科が功を奏して『サムライ・シロー』および特S級戦犯を名乗り、三沢光晴こと特攻隊長カミカゼ・ミサワとタッグを組み、太平洋戦争へ赴く。しかし戦争を終えると、馬場観音が天から三沢だけをお告げで呼び戻し、越中を戦場のビルマへ取り残してしまう。そこを天龍が通りかかり、越中を今や亡き大日本帝国へ復員させるために札束をポケットへネジ込む…ありがた過ぎる体験を味わった。

四天王時代[編集]

三沢光晴
本名 同じ。全日四天王の一人。映画スパルタンXの日本版テーマ曲を入場曲にしており、「スパルタンX」と聞くと映画ファンはジャッキー・チェンを、ゲーマーアイレムファミコンを、プロレスファンは三沢を思い出すと言われている。海外修行後に、馬場より虎仮面の刑に処されるも、天龍がメガネスーパーに去り危機感を募らせた後輩の川田により、仮面の呪縛から解放され投擲競技に興じはじめる。馬場の未亡人との確執により選手・役員を大量に引き連れてノアを旗揚げすると、第3のメジャー団体のエロ社長となる。しかし、長年の投擲競技による頭部ダメージの蓄積により試合中に死亡。
川田利明
本名 同じ。全日四天王の一人。三沢の高校時代の後輩でもあり、三沢に付き合わされてリング上で投擲競技に勤しむも、何故かノア旗揚げには誘われず、渕正信と二人きりにされる。デビュー戦以来、あの北村克哉ですら破れない205連敗を喫している記録で唯一に匹敵する。武藤政権下では、印象こそ薄いものの全日生え抜きながら関節技を使えるため順応できたが、逆に投擲競技に準応できる者がおらず、モチベーションが下がってか付かず離れず状態となる。今はラーメン居酒屋を経営(飽くまで居酒屋ラーメン屋というと本人がブチキレるので要注意(マジらしい))。
サムソン冬木
本名 冬木弘道。デビューからニセ長州力への変身を経て、川田利明と豹柄ペアルックを着てフットルースを結成し、大阪のおばちゃん役となる。しかし、天龍を追ってメガネスーパーに転職、益々おばちゃん化が増す一方で邪道外道とヒール軍団冬木軍を結成して各団体を暴れまくる。ノアにも上陸を果たし、これからと言うときにガンで身罷る。
小橋建太
本名 小橋健太。全日四天王の一人。京セラフィロソフィには詳しい一方、柔道アマレスなどのバックボーンが無く、努力と腕力だけで愚直に伸し上がってきたレスラー…だが、その両方共がケタ外れなため絶対王者と呼ばれるまでになる。関節技を仕掛けても見よう見真似であるため理論から外れた滅茶苦茶なものだったりするが、それすら腕力でカバーできてしまう色んな意味でプロレスバカ。相手を殺しかねない投げをうつがブチキレての事では無い。マジギレしたのは唯一スタン・ハンセンに対してのみであり、そのときは打撃での応戦であった。マジなときは投げをうたないというのを自ら発見した瞬間でもあった。
秋山準とチーム『バーニング』を結成するが、登録商標で色々と揉めながらも、小橋本人が後述する引退に加えてメンバー入れ替えが激しいながらも、意外に長く続いた。
三沢についてノア旗揚げに参加、2005年のドーム大会では、同じ練習バカである佐々木健介と意地を張り合い、計218発のチョップを打ち合うというプロレスバカの極みたる伝説を残す。ただ、愚直に体を酷使し過ぎたため引退を余儀なくされた。
田上明
本名 同じ。全日四天王の一人。元押尾川部屋出身の力士。体形はパッと見、馬場の生き写し。タイツの色や動きもそっくり。四天王時代は活火山だったがそれは一時であり、休火山になる場合の方が圧倒的に多く、三沢逝去後のノア社長になるや完全に死火山と化し、程無く引退。
北原光騎
本名 北原辰巳福岡市では有名なマジもんの元不良佐山聡の弟子を経て全日に入団したが、建前上は長州のジャパンプロレス所属とされた。同じ福岡県の不良だった佐々木健介と、アメリカにて海外修行という名のストリートファイト三昧に明け暮れる。しかし、その最中に長州力らが全日より去ると、建前上の所属だった筈なのに何故か行き場を失い、やむなく天龍のWARに合流、その参謀、兼通訳として活躍した。今は総合格闘技の道場主。
秋山準
本名 秋山 潤。全日四天王ではないが、それに匹敵する。龍造寺四天王などは5人揃って四天王なので、この際、加えてしまっても問題ないかも知れない。同期の大森隆男に先んじて投擲競技に馴染む。ノア旗揚げに参加後は、同じアマレス出身である永田さんと団体を越えてライバル関係を築く。小橋の引退と三沢の急死によるノア凋落に歯止めを掛けるべくスティーブ・オースチンゴールドバーグ武藤敬司を見習ってか丸坊主になるがその効果はハゲより薄く、ノアを退団しフリーとなると全日に出戻り。武藤退団後は同じスキンヘッド繋がりということで社長に就任した。
ハゲを改善するために飲みから研究し、名前から取って『みんなの水』を発売する。案外ピュア。飲めば髪が生えてきそうで、けどそんなことはなかった。やはり効果はハゲよりも薄い。

三沢社長時代[編集]

大森隆男
本名 同じ。まず顔が(川崎麻世+船越英一郎)×2で、豹柄とアメリカンプロレスが大好きなイケメンで、必殺技アックスボンバーもハルク・ホーガンの日本での決め技をパクり、三沢越えにのぼせる秋山を0分7秒で粉砕したりネイティブ・アメリカンの血を引いてるらしい高山善廣とノー・フィアーを組んだり、新日本プロレスへ出向き矢野通から金的を喰らって撃チンもした。三沢に付いてノア旗揚げに参加、秋山との二枚看板を期待されていたにもかかわらず、海外修行中に辞表を提出しWWEに挑戦、ノア所属レスラーたちを激怒させノアファンを呆れさせた。しかもWWE入りは失敗、行き場を失い長州力WJプロレスに入団した後にZERO1-MAXに移籍し、再び全日に復帰する。同じ豹柄タイツの征矢学と組んでGET WILDを結成し、チープなスリルに身を任せながら暗闇を走り抜けている。
太陽ケア
本名 マウナケア・モスマンハワイ出身。本名でジュニアヘビー級としてデビュー。全日所属選手でありながら、半ばハワイからの通いでリングに上がっていたため三沢に呆れられる。その三沢らが大挙退団すると全日に残留、新社長の武藤とは太平楽な性格同士で水が合ったのか、頭角を現し全日の各種タイトルを総ナメにした。しかしやっぱりハワイに居たいらしく、ハワイの大学に通い始め、現在はフリーとしてWRESTLE-1と全日にスポット参戦中。
KENTA(現・ヒデオ・イタミ)
本名 小林健太。本名が小橋と被るのでKENTAに改名。品種改良の末、全日系で初の蹴り技選手となったイケメン。だからかブサイクへの対応は辛辣である。ノア旗揚げに参加した後、自分のオリジナル技がWWEに所属する禁欲主義者の教祖先生にパクられたのに憤り自らもWWEの下部組織NXT入り、慌てた先生をUFCに追い遣ってその初試合で大恥を掻かせることに成功する。しかし入団翌年に肩を負傷、およそ一年振りに復帰したのも束の間、地方興行でアメフト出身の塩グリーンボーイがパワースラムに失敗し首を負傷させられ、復帰まで5ヶ月かかった。不本意ながらも度々の負傷にアメリカのファンも彼にケガ大王の異名を与えた(マジ)。
森嶋猛
愛称 モリシ。見た目と愛称からして力士出身者と思われがちだが、そうではないらしい。三沢に付いてノア旗揚げに参加。高身長でロングヘアーだけでは飽き足らず、徐々に体表をスライム化させわがままボディを体得、WWEのビンス・マクマホンからも「太った少女」の尊称を送られた。
しかし、食べる練習の方に勤しみ過ぎて糖尿病を患い、かつ、人気ありきの商売で次世代を任されるべき立場なのに、ルックスを全く気にしない上に糖尿病とか体が資本の商売にあって自己管理が出来てなさすぎだし、それを後輩レスラーが手本にするようなことになると会社的には困るので、厳罰の意味も込めて強制引退させられる。
力皇猛
本名 井上 猛。こちらこそが力士出身者。三沢に付いてノア旗揚げに参加、森嶋とは逆に腹を引き締める方向に肉体改造しマサ斎藤ボディを獲得、森嶋とTakeshis'を結成した。スタミナとヘルニアに問題があり引退、今はラーメン屋さんとして逆にお客へスタミナを付けさせている。

武藤社長時代[編集]

武藤敬司

詳細は武藤敬司を参照。

小島聡

詳細は新日本プロレス#小島聡を参照。

ケンドー・カシン

詳細は新日本プロレス#ケンドー・カシンを参照。

カズ・ハヤシ
本名 林 和広。覆面レスラー獅龍として、日本初のルチャ団体ユニバーサル・レスリングでデビュー。覆面を取ったらイケメンだったので、頭部に不安を抱えていた武藤敬司が自分の後継者たるイケメンとして全日に呼び寄せる。以後は参謀として武藤のワガママに付き合い、WRESTLE-1の旗揚げにも参加。社長業に飽きた武藤の代わりに社長に就任した。
荒谷望誉
本名 ジョニー・ダン。元九重部屋の力士。天龍のWARを経て、武藤体制の全日に入団。減量と肉体改造の末にトップの一角に立つ・・・かと思われたが調子にムラが出て、徐々にほのぼのキャラになる。人柄を惜しまれつつ引退。
平井伸和
本名 同じ。SWSでデビューするも団体が崩壊し若手のままWARへ移籍、WARの若手として新日のヤングライオン杯に出場し、WAR崩壊でIWA JAPANに移籍した後、三沢体制下の全日に若手として入団。でも既にデビューから9年の30歳であったので屈辱だったのかすぐさま退団、武藤体制下となってから再入団するが、実力は若手のままだったため解雇されかかる。それをVOODOO-MURDERSのTARUの陳情で救われ、スーパー・ヘイトとなったが、若手程度の実力でありながら、VOODOO-MURDERS内で先輩面を著しくした上に(プロレス歴ではTARUより5年先輩だが、TARUの空手家歴を入れると格闘家という意味に於いていえばさほど差は無く、加えてTARUの方が5歳年上)、その一方で自分では何もしようとしないため、TARUも辛抱堪らず殴ってしまい硬膜下血腫となり選手生命を絶たれた――ばかりかその人となりまで露呈することになった。現在リハビリ中でリングに戻る気があるらしいが、上げてくれるリングがあるのだろうか、技術的にも人柄的にも・・・
NOSAWA論外
本名 を名乗るなんて論外だが野澤 一茂コブラ野良犬の兄弟が興したPWCでデビュー。NOSAWAのリングネームでMAZADAとのユニット東京愚連隊で武藤体制下の全日に参戦、当時ジュニア王者だったカズ・ハヤシに挑戦をアピールするも「お前は論外だ」と返されてから今のリングネームに改名した(マジな話)。以降はレギュラー参戦するもデキ婚という論外な形で結婚した元現役女子高生レスラー千春とこの頃に離婚、その憂さ晴らしかを飲み過ぎで試合会場に来ないという論外なことを引き起こして、全日を出禁になる。それから一年も経たず、酒に酔って乗っていたタクシーを運転手から奪って運転するというこれまた論外な事件を起こして、同時期に参戦していた新日からも出禁にされた。更に大麻密輸容疑という論外も論外な容疑で逮捕されたが、こちらは冤罪であった。まぁでも、人として色々と論外だ。
土方隆司
本名 八木隆幸格闘探偵団バトラーツ出身。武藤体制下の全日に入団。なんだか空回り気味なアピールを繰り返し続けていたが、マスクマンとなりサイゾーと名乗ると、更に空回りが加速し、見てる観客は更にワケがわからなくなる。その活躍しそうな、しなさそうなフワ~とした立ち位置のままVOODOO-MURDERS入りしてヒールとなるも空回りは変わらず全日を退団し、いつの間にやら人知れず埼玉県狭山市市議になっていた。
宮本和志
本名 同じ。三沢らが退団して間も無く入団した肉体派。武藤体制下で期待されていたが、馬場時代を忘れられない懐古主義スタッフに新団体キングスロードのエースに祭り上げられて退団。だが、そそのかしたスタッフは馬場との接点など無いただのファンでしかなかったためチンプンカンプンな「王道」で迷走を繰り返した。当然、団体はつぶれ嘲笑の的となる。しかし天龍の救いの手もあってか、その後はフリーになって鼻っ柱が折れ、ようやくレスラーとして正当に評価され始める。
河野真幸
本名 同じ。高身長にもかかわらず馬場田上のようなこともなく比較的機敏。武藤好きが嵩じて全日に入団、しかし負傷欠場中に年上だけど後輩の諏訪魔に差を付けられる。その差を埋めるべく海外での修行ではなく何故か総合格闘技修行を行い、そちらにハマることなくちゃんと武藤の元に戻って来た。武藤がWRESTLE-1を旗揚げすればそれに従う。その真っ直ぐな性格同様、直線的な動きで面白みに欠けていたが、自覚があったのかヒールターンした。
諏訪魔
本名 諏訪間 幸平クリナップクリンミセス出身。鶴田2世と呼ばれたが、勝手に鶴田の隠し子扱いされたのが不満で、悪魔に魂を売って「諏訪魔」に改名する。その後はベビーフェイスに戻ったが、魔族のクセが抜けず時折、加減を忘れて悪行を働く。武藤には従わず全日に残留。新日レスラーが軒並みWWE化していく中、全日所属なのに全盛期の新日スタイルを貫く異色の存在。
浜亮太
本名 濱 亮太。元八角部屋出身の力士。。28歳でプロレスラーに転向した。体重はリンゴ約6,700個分…つまりハローキティ約2,230体分である。デビュー戦の相手はで、後に組んで「SMOP」を結成、力士の頃にを名乗る姿勢も含めて、それとなくジャニーズ事務所にケンカを売る。また肉体改造を行わずに、ただブームに乗る形で超人兵士計画へ参加・実験台になり『キャプテン・オールジャパン』として生まれ変わるが、結果的に必殺技を『ジャック浜』や『浜ハンマー』と言う子供みたいになってしまう。デビュー最短で三冠王座を取得、武藤のWRESTLE-1旗揚げに従ったが、自分の体重を受け止められる相手がおらず大日本プロレスに移籍した。
征矢学
本名 ワイル・ド・太"郎?藤波辰巳無我ワールド・プロレスリングに入門、「藤波2世」と呼ばれ、吉江豊にも「無我の未来が見えた」と言われるも、当の本人が藤波のコンニャク経営術に未来を見出せず武藤体制の全日に移籍する。しかし低迷が続き、その最中に出逢った大森隆男スギちゃんに共鳴、突如としてワイルド化するとスギちゃんは放ったらかしで大森と「GET WILD」を結成した。その後、武藤のWRESTLE-1に移籍したため大森とは分かれたが、未だに冷たい夜空をステージにして車道で踊っている。
真田聖也

詳細は新日本プロレス#真田聖也を参照。

本名真田信繁。元々を新日本プロレスで内藤哲也や吉橋伸雄と一緒にプロテストを受けるが、真田君と吉橋君は落ちた。真田の末裔を称される…事もなく、地道に腕を上げて、マイケル・ジャクソン同じポーズを決める必殺技『This is it!』で敵を笑い死にさせる(笑)。
上記の内藤君がIWGPへ挑戦する際に、王者オカダ・カズチカ君を突如に襲撃し『ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン』で電撃加入する。その後を彼もオカダ君へ挑戦する他に、渡辺高章(EVIL)君とタッグを組み、優勝し・加えてベルトをもぎ取る進化を遂げる。
ジェイク・リー
本名リ・チェギョン北海道からやって来るシロクマ。ゼウスと同じ在日コリアンだが、長身で高学歴と、あまりに差がありすぎる。練習期間を7ヶ月で終えるほどに飲み込みが早く、加えて彼の首が伸びすぎる体格を活かして『ジャイアントキリン』と言うゆるキャラを作った。
その首を心と共に折ってしまい一度だけ引退するが、結局を総合格闘技へ一時的に転向し、再度ここへ戻ってくる。

秋山社長時代[編集]

宮原健斗
本名 同じ。元佐々木健介の弟子。粗暴で練習の厳しい健介に嫌気がさしVOO-DOO MURDERS入り、そのまま健介オフィスからも体よく離脱する。全日に入団すると、健介の元にいるより楽だったのか徐々に頭角を現し、歴代最年少で三冠王者となる。
ゼウス
本名 大林 賢将。ボディガーの相方。大阪の不良だったが思う処あってボディビルダーになる。だが、思う処あって大阪プロレスに入団、しかし思う処あってプロボクサーになる。ところが、思う処あって大阪プロレスに復帰。ただ、思う処あって全日本プロレスに移籍。
ボディガー
本名 倉川 昇。元ボディビルダー王者でゼウスの相方。同じボディビル仲間であったゼウスに誘われ大阪プロレスに上がる。ひと所に縛られるのがイヤなのか、縛ろうとしても筋肉が躍動してほどけるのか何処にも所属せず、全日にもフリーとして参戦中。
青木篤志
本名 同じ。陸上自衛隊レスリング部を出るエリート。B×Bハルクやマイバッハ谷口に引けを取らない傭兵だが、良く青木真也と間違えられる上に「空気を読める方」と漫才の相方をように言われるために、自分を『青木閃光』と雅号で名乗り各地を転戦した。
そんな彼だが、彼が秋山と共に小橋から受け継ぐ『バーニング』を巡って揉めた末に、検閲により削除になろうとして、表向きバイクで追突し死亡する形で粛清されました

主要外国人選手[編集]

フレッド・ブラッシー
本名 フレデリック・ケネス・ブラスマン。自らの歯をヤスリで削って尖らせる噛み付き魔で、レスラーに噛み付いては大流血させた。国会でも問題とされ日本中を騒然とさせたが、何気に奥さんは日本人WWE殿堂入り後、心不全・腎不全で死去。
ミル・マスカラス
本名 アステカイザーアステカ文明の遺跡より発掘された鳥人。人智を超えた存在なので、70歳を過ぎた今もなお現役。百面相ならぬ千面相が得意。入場曲が大ヒットし、後に釈由美子が「お逝きなさい」の名でカバー。メキシコでは大統領の次に偉い。
ドス・カラス
本名 コンドールマン。ドスの効いたカラスのことではない。マスカラスの実弟で鷲人間。こちらも65歳を過ぎた今も現役。メキシコでは大統領の次に偉い兄の、その次くらいに偉い…はず。息子はWWEに見出されWWEを恨む男アルベルト・デルリオ(現・アルベルト・エル・パトロン)。
ドリー・ファンクJr.
本名 ほぼほぼ同じ。アメリカのインディー系ヒールレスラーであるドリー・ファンクの息子。全日常連外国人レスラーの一人であり、弟のテリーと組んだ「ファンクス」で人気を博す。ブリーダーとしても有名で、日米に血統書付きレスラーを増産した。
テリー・ファンク
本名 テレンス・ファンク。ドリー・ファンクJr.の弟。兄と組んだ「ファンクス」で人気を博すも、イケメンゆえに兄以上の人気を博した。ちなみにキン肉マンと組んで「ザ・マシンガンズ」を結成した方は、ゆで先生が無許可で創造したパチもんである。一時引退していたが、どういう訳かエクストリーム系レスラーとして復活する。