内川聖一

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内川 聖一(うちかわ せいいち、1982年8月4日 - )は、福岡ソフトバンクホークスにいる横浜を出て喜んでいるひょっとこである。

人物[編集]

横浜を出る喜びを全身であらわす内川君

クリクリしたお目々に長い顎という、小動物のような微妙にキモい、もとい愛らしい顏が特徴。

横浜ベイスターズに入団、若い頃からソコソコ打ってはいたものの、当時は典型的な「内野ならどこでも守れるだけ」の選手であった。

内野をたらい回しにされながら下位打線を打っていたが、匙を投げられ2007年にレフトにコンバートされると覚醒。右打者では史上最高となる打率.378を記録し、wbcでは日本を救う凄まじいファインプレーを披露、ファーストやレフトなら適当に守れることが判明しレギュラーに定着。

その後も野球のような何かをしているチームで孤軍奮闘していたが、ついに怒り心頭に達し(後述)2010年シーズン終了後、FA宣言し野球チームに移籍。

移籍した福岡ソフトバンクホークスでは移籍初年度に両リーグ首位打者の偉業を達成しMVPに輝き、その後も3度の優勝・日本一に貢献。ソフトバンクの4番打者として横浜を出る喜びにひたっている。


移籍前後の発言[編集]

当時のベイスターズのクソっぷりに業を煮やし、移籍の際には暴言を吐きまくった。

  • 「僕自身横浜を出ていく喜びもあった」
  • 「ずっと最下位のチームにいて指導者になっていいのか」
  • 「ここにいたら自分がダメになると思った」
  • 「横浜の時は借金から始まっていた」
  • 「いなくなって初めてその存在の大切さみたいなものに気付くんじゃないですか」
  • 「セでは味わえなかったドーンときてガシャーンとやられる感覚」
  • 「去年まで負けても自分のせいではないと思うこともあった」
  • 「昨年までは優勝にかかわることがなかったので、今年初めて交流戦にMVPがあることを知った」
  • 「今まではやろうと思っても、まあいいかと流していた」
  • 「横浜では誰を信用して良いか分からなかった」
  • 「横浜だと勝っても借金が多くて喜べなかった」
  • 「SBからの連絡でスタートラインに立てた、ソフトバンクに来て良かったと心から思った」
  • 「チームが勝ったうえで悩めるのは幸せな事だと思う 感謝だね」
  • 「何も緊張感のないところで戦うよりも、こういうところでプレーすることにやりがいを感じる」
  • 「昨年までマジックを減らすという経験がなかった」

もっとも当時は暗黒真っ最中であり、ファンも「これくらい言ってもらわないと球団も目が覚めない」などといった、むしろ内川に同調する意見が多かったのも事実である。比較的遅咲きの選手ということで年俸も1億7000万(当時)とバカ高かったわけではないにもかかわらず、引き止めにも消極的。いかに当時の親会社が腐っていたかが窺えよう。2012年シーズンからは親会社も変わり、2016年は11年ぶりのAクラス、初のCS進出と徐々に改善されつつはあるが・・・。

余談・某大手掲示板にて[編集]

こちらとは無関係なので簡潔に記すが、なぜか某大手掲示板で一方的に恨みを買っており、聖一に引っ掛けて畜一などと呼ばれている。とはいえ前述のように、当時の横浜は暗黒真っ只中。内川発言に溜飲を下げたファンが圧倒的多数派であった。ならば巨人ファンあたりから恨みを買いそうなものであるが、当時はガッツさんラミちゃんがいたので獲得には動いておらず、それもない。

・・・いかがわしい新聞にやたらと持ち上げられることもあり、野球を知らない住民までもが神と崇める「ある人物」がベイスターズで臨時打撃コーチを引き受けた経験があり、杉村さんや高木のとっつぁんといったネ申打撃コーチの影が薄かったことも手伝ってか、タブロイド紙や週刊誌恒例の「育ての親のいる球団に行く」などといった報道を本気にして裏切りと受け取ってしまった人が多かったようだ(接点があったとしても当時の内川では5分かそこらだと思うが)。

同時期、ある週刊誌は「がカープファンと噂されていることもあり内川カープ入り、広島東洋カープが球団史上初めてFA獲得へ動く」などと、どこからツッコんだら良いのかわからない記事を書いていた(むろん大きな動きがあるわけがなく、アッサリとソフトバンクに入団した)。その程度の話と思うと完全に内川のいい迷惑であるが、人間、好きな人のこととなると熱くなってしまうものなのだろうか。

内川コピペ[編集]

本拠地、横浜スタジアムで迎えた中日

先発三浦が大量失点、打線も勢いを見せず惨敗だった

スタジアムに響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年は100敗だな」の声

無言で帰り始める選手達の中、昨年の首位打者内川は独りベンチで泣いていた

WBCで手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト・・・

それを今の横浜で得ることは殆ど不可能と言ってよかった

どうすりゃいいんだ・・・」内川は悔し涙を流し続けた

どれくらい経ったろうか、内川ははっと目覚めた

どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚が現実に引き戻した

「やれやれ、帰ってトレーニングをしなくちゃな」内川は苦笑しながら呟いた

立ち上がって伸びをした時、内川はふと気付いた

「あれ・・・?お客さんがいる・・・?」

ベンチから飛び出した内川が目にしたのは、外野席まで埋めつくさんばかりの観客だった

千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのようにベイスターズの応援歌が響いていた

どういうことか分からずに呆然とする内川の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた

「セイイチ、守備練習だ、早く行くぞ」声の方に振り返った内川は目を疑った

「す・・・鈴木さん?」  「なんだアゴ、居眠りでもしてたのか?」

「こ・・・駒田コーチ?」  「なんだ内川、かってに駒田さんを引退させやがって」

「石井さん・・・」  内川は半分パニックになりながらスコアボードを見上げた

1番:石井琢 2番:波留 3番:鈴木尚 4番:ローズ 5番:駒田 6番:内川 7番:進藤 8番:谷繁 9番:斎藤隆

暫時、唖然としていた内川だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった

「勝てる・・・勝てるんだ!」

中根からグラブを受け取り、グラウンドへ全力疾走する内川、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった・・・

翌日、ベンチで冷たくなっている内川が発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った

関連項目[編集]