判例主義

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判例主義(はんれいしゅぎ)とは思考能力が著しく低下、もしくは思考停止に陥っている者たちが信仰する宗教の様なもの。前例主義とも。本記事では判例主義として記載する。権力者達ほど信者(判例主義者)である傾向が見られる。

概要[編集]

判例主義の世界は多神世界であり、世界中に判例と言う名の神が存在しており、判例主義者達に崇拝されている。判例主義者達にとって神である判例が全てであり正しいもの、絶対の真実である。判例が「カラス白い」と言えばカラスは白いものであるとし、白くないカラスはカラスではないとする程である。

経典[編集]

  • 判例が全てであり判例は正しい

判例は真実であり、判例の通りやれば間違い無いという教え。

  • 新しい判例を受け入れよ

神である判例は絶えずこの世に光臨され続けている。新しい判例の教えを受け入れること。(但し既にこの世に定着している判例に反さない範囲で)

  • 悪しき判例を認めるな

前述の通り判例は絶えずこの世に光臨されているが、この世に定着されている判例の教えに反するものは悪しき判例とみなされる。間違った知識を他の人類に与えない・広めない為にも悪しき判例が現れた場合は全力で封印し、予兆が見えた場合は早期に刈り取る必要がある。

判例主義者達の経典に基づいた活動[編集]

判例主義の経典は「判断におけるアドバイス」の様なものである為、実際に判断を下す者、権力者達ほど判例主義者となる傾向が見られる。その判例主義者達は自身の判断に誤りがあった場合、責任を取らされる立場でもある為、自身の拠り所、何かすがるものや責任転嫁できるものが必要である為この宗教に入信するものと思われる。以下は判断を下せる立場にある信者達が、判断を下す際に取るケースの一覧である。

  • 新しい案・事例に対して
    • ○○という判例からその案は認められない。
    • 以前似たようなケースが見られたが却下されている。悪しき判例を生まない為にも今回も却下が妥当である。
  • 自分にとって都合のいいことだが他者にとっては都合の悪いこと
    • ○○という前例がある為今回も認められる。
    • みんなやっていることだ。もちろん自分も許される。(※但しこの判例は悪しき判例(後述参照)となる可能性を孕んでいる。)


日本における悪しき判例[編集]

経典にもあるように、悪しき判例は他の宗教で言うところの悪魔といった立ち位置にいる。悪しき判例は人類に誤った知識をばら撒き、堕落させようと活動する。今までに発生した悪しき判例で、今も尚封印されていない悪しき判例は、

  • スピード違反の理論…「スピード違反で捕まった場合は、自分より速度を出している車が存在する、そいつらが見逃されているのだから自分も無罪だと主張せよ。」
  • あかしんごうみんなでわたればこわくない…「世の中は多数決によって決る。1台の車と複数の歩行者、正しいのは数だ。例え死ぬことがあっても孤独ではない。」

が確認されているが、他にも多くの悪しき判例が活動していると見られる。

関連項目[編集]