利用者:BCD/ネット十戒

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光愛情乳酸菌が必要です。
ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。
対話 拒否 そこから何かを読み取る気のない人と会話をしても虚しくなるだけなので、もう喋るのはやめます。喋っても損なだけな様ですから。ノートに何か書いてあっても、もう返事はしません。申し訳ありません。さようなら。

個人的に気をつけないといけないと思っていることを簡単に。重要度順ではない。まあ「学校で絶対に教えるわけがないネット教育」とか言うべきか。


ところが、逆の視点から見れば、アンサイ等の執筆に関しては大事なことだらけなんだよなこれが。

1.不満な人しか発言していない[編集]

現状に満足している人が「満足してます!」なんて発言が何年もネットで暮らしてほとんど見当たらないことをわかっていれば当然理解できるはず。リア充だったり、現状になんら文句がない人は、わざわざネットに居座る事なんてする暇などなく、リアルである意味「ネットとは無縁の生活」を送っており、そういう人が大多数である。


結局、発言したいことがあるから発言しているわけだが、それが正しいかはまったく関係ない。そんな発言をみて、「ああ、これはダメなんだ」と思ってはいけない。その発言とは逆の意見がでていないだけで、実はそっちが多数派だ、ということが多いことを認識しないと、現実を誤って認識してしまう。だいたい、ネットの意見だけを全部信用すると「この世の中のありとあらゆるもの全部は、本当にどうしようもないないダメなものだ」という結論になってしまう。こうなると「馬鹿は死ななきゃなおらない」となってしまう。


かといって、「最高です!」とか「すばらしいです!」とか、詳細なコメントもなくただ絶賛しているコメントも上述の通りろくな意図がないので信用は厳禁。Google Playとかのコメントを見ればわかるが、大抵「コメント特典のボーナスが欲しい」とか「いちいちコメント要求がうるさいので」とか、ろくでもない理由であることは想像つくでしょ?

視点を変えれば…[編集]

実は、不満とか物事に対するツッコミはアンサイの記事の格好の材料でもある。物事に対する率直な感想をそのまま記事に昇華させれば十分にいい記事になる。でも、ただ不満をただ書き散らすのは問題外であることは後述。

2.ネット情報は宝の山、ただし毒物・汚染物質の山脈の中にある[編集]

さんざん言っているが、それでもネットは「知の集合体」である。嘘情報も嘘情報として認識していれば、ある意味使い道はある。また、本当に役に立つ情報も多いわけで、信憑性に注意しながら使えば、ネットほどこんなに便利なものはない。いくら問題が頻発していても、ネット活動が縮小しないのは、なんだかんだ言って、いい情報も大量にあるからだと思う。


ただ、現状ではそれ以上に「痴の集合体」であるため、あまり深入りすると馬鹿連中の仲間入りをしてしまう。入り込むにはそこの連中の品性とか脳筋レベルとかそういうのを見極めて、問題なければ入り込んでもいいが、大抵は必要な情報さえ見つかれば、さっさと退却した方が無難。いい例が2ちゃんねるで、必要な情報を探すのに、大量の品性のないグズ発言を見るという苦行が待っている。素人にとっては千日回峰行並の苦行にあえて挑戦する必要も無いし、よほど高い品性と意識(もちろん意識高い系ということではない)がないと耐えられないやらやめたほうがいい。大事なのは「そういうところ」ということをきちんと把握した上で利用すること。

視点を変えれば…[編集]

ウィキペディアならウィキペディア、2ちゃんねるなら2ちゃんねる、アンサイならアンサイが「そういうところ」である所以である基本的なスタイルがそれぞれにあるわけで、それを守らずに投稿・記事執筆をしてはいけない、ということ。

「型があるから『型破り』、型がないのは『形無し』という。」
スタイル について、中村勘三郎 (18代目)が「こども電話相談室」で聞いた話

3.ネット社会も「社会」だ[編集]

そもそも「ネットは自分の部屋で一人で過ごしているのと違う」ということ。ROMみたいに、外から見ているだけならば一人なのだが、中に入れば必ず他人がいるわけで、つまりその時点で「コミュニティ」の住人になる。


そういう場所では、「礼節をわきまえる」「他人にも敬意を払い、尊重する」「ある程度空気を読む」等、リアル社会では当然として行うべきものを、ネット社会では守らなくてはいけない。「その発言、リアル社会で面と向かって言えるのかい?」ということである。やっかいなのは、「社会での生き方」が理解できない(理解する気も無い)である意味追い出された連中が、その原因も分からずに同じ事をネットでやっているのだから困る。


なお、「尊敬・謙譲・丁寧」の心は日本人として必須。日本人の美徳だからこそ、日本語で「尊敬語・謙譲語・丁寧語」というのが長年掛けてできあがっているわけで。

視点を変えれば…[編集]

ここまで書けば、ただの悪口に面白みもなんにもないことは明らかでしょ。悪く言うなら皮肉とか歪曲とかそういうスタイルがあるわけで、ただストレートに書いてもそれは自己満足以外の何ものでも無い。公衆の面前で他人を罵倒する人間がどういう人間か想像がつけばわかること。

4.品位のない文章を書く奴にろくな人間なし[編集]

「人ば指差して笑うその指の形ばようと見てみろ。2本はその人指しとるが、あとの3本は自分指して笑いよるとぞ。そげなことも分からんとか、この馬鹿チンが!」
嘲称 について、『母に捧げるバラード』


嘲称を使ったり、「www」とか、「ワロス」とかの半角カタカナとか、「disる」とかを使う人がいるが、こういう表現は大抵、馬鹿にして貶める以外の目的がない。人名とか嘲称をそのまま使わず別の言葉に置き換えるのはもっと悪質で、敬意も尊重もあったものではなく、人種差別とか部落差別とかと同レベルである。いじめをしてなんともないと思っている連中がやることであり、こんな人達の発言を聞いてはいけないし、同じレベルに落ちてもいけない。


これとは別にtwitterブログとかSNSで、阿呆な発言をする人がいるが、こいつらも同様。昔はネットで発言するのでさえ、HTML作成とか、投稿者名とかの項目入力とか、多少なりとも手間が掛かっていたため、その間に冷静になれる場合があった。今はなにも考えずに簡単に発言できてしまうため、脳汁垂れ流しの発言をしてしまうことが多発。さらには、そういう事件がいくつも知れ渡っているにもかかわらず、同じことをしてしまう人は別の意味でろくでもない人達であることは間違いない。

視点を変えれば…[編集]

「普通に書け」ということ。品位が悪い文章を書けば、それだけで悪印象を持たれてしまい、そうなったらどんなに面白いことを書いても「全部つまらない」と判断されて終わりである。

5.すべての情報には「裏」がある[編集]

簡単に言えば「すべての情報をそのまま信用するな。もちろんWikipediaも」。現実に起こったことや情報を100%正確に文字に起こしたものなどあるわけがない。どの情報も「書いた人」がいるわけで、その人のフィルターを通した情報しかネットにはない。ましてや、ネトウヨプロ市民が書いた情報など、壊れた頭を振り絞って都合にいい情報だけを取り出し、そこに嘘・妄想を取り込んだ情報など、信じるほうが馬鹿である。


大抵「都合のいい情報」しかないと思った方がよい。「都合の悪い情報」を出していたとしても、それはひん曲げた情報で、結局は「都合のいい情報」でしかない場合もあるので、情報にのめり込まないこと。それでも、裏に政府とか企業とか団体とか憑いている情報があるわけでたちが悪い。


ちなみに、データ系の情報だって色がある。数値のデータ自体は信用性は高いが、それをつかって評価をする場合は、注意を要する。プロスポーツの選手成績がいい例で、あれだって成績の一面しか見ていないわけで、いわゆる「数値に表れない貢献」などは当然ながらデータにできない。経済情報でも、世界経済を全てを網羅したデータ表などあるわけではなく、ある一面からの視点を表したデータの固まりであり、それらをみてもどうしても見えない面はある。


話も違うし個人的な見解だが、YouTubeでサムネがフォントで埋まっている動画はまちがいなく見る価値はないと思っている。明らかに人工的な動画であることが明確であり、裏がありまくり(プロパガンダとか金儲けとか)なのは間違いないから。


もっと個人的だが、本屋の最新刊売り場にある本には絶対に手を出してはいけない。あそこは「いい本、読んで欲しい本」ではなく、「ただただ売りたい本」であって、いい本である確率は非常に低い。タイトルをみて鼻で笑って通り過ぎ、5年以上ぐらい経過しても、古本屋のゴミではなく、本屋のメインに置いてある本を買えば良い(知識・データ系は除く)。新刊本を勢いで買っても馬鹿になるだけ。

視点を変えれば…[編集]

書き手とすれば、結論に導くために情報を意図的に選んでいるわけで、これはアンサイでも同様なんだこれが。まず「結論・オチ・記事主旨」等を確定させて、そこに導くための情報を選んで書くことが大事。アニメ・漫画系に腐るほどある「ただただ書き捲る」記事にろくなものがないのは、そういうこと。

6.情報の信用性は濃淡がある[編集]

「これが真実です!」とかいう情報は大抵信用度ゼロ、アンサイの情報のほうがまだまとも。思想系とか主張系の情報は上述のとおり、大抵ろくでもない情報を羅列して、自己満足な結論を組み立てて、それが真実のようにうそぶく。こんなものは信用してはいけないし、そもそも近づいてもいけない、バカが移る。


逆に、ネットとは相性のいい情報も当然ある。数学・プログラムとかの科学・情報・コンピューター系、囲碁将棋の棋譜とかスポーツの結果とかのデータ系である。誰がどうみたって1=2なのは明らかだし、プログラムは違っていればエラーになってしまうので嘘はつきにくいし、棋譜は誰でも再現できるように作られたものであるし、スポーツの結果は公式の記録として認定されているものである。こういうのは、意図的な情報介入が入りにくいので、ネットを最大限利用できる。


このように、情報の内容によって信用度が大きく違うので、それぞれに対して認識の仕方は使い方を変える必要がある。もちろん、「書き間違い」という面倒なこともあるので、本当に正しいかは慎重にみないといけないし、評価をするとなると上述のとおり話は別になる。

視点を変えれば…[編集]

書き方次第で、200%嘘のほら話も真実っぽく見せられるし、誰がどうみても真実な話をまったくの嘘話に見せることだってできるってこと。真実っぽく見せるにはデータ等数字を使うことが有効だし、逆に嘘っぽく見せるにはそういう数字は使わず、抽象的なことばかり書く、という方法などを使えば良い。

7.ネットはインチキ神様だらけ[編集]

もしかして:(略)

もしかして:(略)

もしかして:(略)


「自分は全知全能の大賢者・唯一神であるからして、私がいうことは全て正しい」としか思っていないような超上から目線の発言しかしない人が多い。こういう阿呆は正しい・正しくないの判断を「自分が好きか嫌いか」という観点のみでしか見ておらず、好きなものは徹底的に賞賛・擁護し、嫌いなものはとにかく根拠無く非難・罵倒しているので、とってもわかりやすい。こんな奴らより又吉イエスのほうが数十段まともな(自称)神様だ。


まあ、自分が世間の最底辺にいる社会・人格・能力等あらゆる面での最低人間だから、ネットで神様気取りをするしかないのだろうけど、そういう人間だから底が見え過ぎて、見苦しい。こういう人達をみたときは腹を立てずに「はいはい、ぼくちゃんかわいそうでちゅねぇ~、いいこいいこですよ~、ばぶばぶ~、いないいないばぁ~」とでも思って無視すればよい。かまっても不毛なだけで自分も馬鹿になるだけ。


こういう人達のこういう発言は神様の発言でもなんでもなく、志村けんの「はぁ?神様だぁ?違うよ、あたしゃ神様だよ」とか言う神様より遙かに愚かな神様である。疫病神ともいいますね。

視点を変えれば…[編集]

アンサイの記事で物事等を評価するときは、下手に主観的に書かないほうがよい、ということ。主観的に書いてうまく書けていないと、よく言う「俺様wiki」になってしまうから。客観的あるいは客観的っぽい評価を中心にして書けば多少主観的なところが混じっていても、そんなに悪い印象を持たれないはず。

8.ネットは書かれた文字が全て[編集]

「ネットはリアルの地位・人種・年齢・性別・職業等に関係ない平等な世界」とされ、それがネットの長所でもあるが、逆をいれば「ネットでの評価にリアルは関係なく、ネットにあることが全て」である。いくら、リアルで高い地位にいたとしても、ネットでクズ発言をしてしまえば、その人はリアルもネットもクズ人間という評価しかされない。アンサイだって、「反省しています」とか書いたところで、ろくな編集をしなければ、まったく信用されなくて、最後には追い出される


ネットは顔の表現や仕草は見えない。動画ではわかるが普通の場で動画はないので、大抵は書かれた文章だけで判断するしかない。それも行間や空気もなく、書かれている文字だけでみるので、余計に発言内容やネットの活動に注意しなくてはならない。しかも、一度失敗すると、自分のことは顧みずに何年もそのことに執着する阿呆がいるので、なおさらである。

視点を変えれば…[編集]

ICUとかNRVとか張られたあとで「この記事はこういう意図がある」とかノートでうだうだ書いている初心者がたまにいるが、「だったらそれを書け」という話。伝わらなければなんにもならないわけで、伝わっていないと思えば、伝え方を変えるなり、もっと補足するなり工夫が必要なだけ。

9.人数を冷静に認識しろ、ネットは実は「社会のド片隅の集まり」でしかない[編集]

日本の人口は約1.2億人、で、そこにいるのはいったい何人だ?」という話(大事なのでここだけ太字にしました)。ブログのコメントで100人からあったとしても、日本人口の0.0001%以下。。2ちゃんねるで、1レスが満杯となる1000発言をすべて別の人が発言したとしても、日本の人口の0.001%以下。ニコニコ動画で100万視聴達成したとして、これを1人が平均2回視聴(かなり小さく見込んでいる)したとしても、日本の人口の0.5%以下。小さくはないか決して多くはない。


そんな極少人数のコミュニティの総意が、日本全体の総意かい?そんなわけないだろ。


「片隅の集まり」を作ることはネットの最大の利点であり、同士の仲間を集めることでリアルでは形成しにくいコミュニティも容易に作られる。しかし、それ故か「ネットの世論=リアルの世論」と勘違いしている人が多くなっている、これは明らかな大間違い。圧倒的大多数は「満足している」「興味ない」「どうでもいい」「文句はあるが、こんなところで発言するほど暇ではないし、そこまでの不満でもない」というような発言しない人達である。しかも、上述の通り、ネットで発言する人は日本全体からして相当偏った人達ばかりなので、この全体を見て日本全体がこうなんだ、と思うようだったら、一度黄色い救急車にでも乗った方がいい。


だから、ネットでのアホ発言にいちいち頭にきてはいけない。「ネットで騒いでいる人達はどういう人達か。それはリアルと比べてどの程度の割合なのか」ということをちゃんと認識して「ああ、かわいそうな人達だ」とでも思っておけばよい。反論すれば、あなたもその阿呆の仲間入りである。


ネットのニュース(特にスポーツニュース系)で「ネットでは『○○』のような発言で盛り上がっていた」なんてクソニュースがあるが、そんな近所のおばちゃんの世間話と同レベルの内容をニュースとして堂々と書く奴らの頭の気が知れない。まさにこういうことがわかってない人間が書いているとしか思えない。そんな奴らはネット問題について語る資格は全くない。

視点を変えれば…[編集]

自分が知っていることは世間でだれもが知っていると思うなってこと。アニメ・ゲーム系記事で顕著であるが、日本中が知っていると大勘違いをして執筆した結果、大多数が置いてけぼりの自己満足記事になっているものがどれだけあったことか。こういう記事はアニメのあらすじとかどういう種類のゲームか、とかいった基本中の基本がまったく書かれていないものばかりだから、そういう認識であることは間違いない。詳しく、とは言わないが、基本的な説明は書かないとダメ。

10.10個ないとか、細かいことでいちいち文句言わない[編集]

ネットとはあまり関係ないところではあるが、自分のことは顧みず、他人には100点どころか120点要求し、しかも「99.999点も0点も同じだ!」とばかりにどうでもいいことでも徹底的に糾弾し、「お前は俺様より劣っている人間だ!」という人間否定までやりかねない愚民が多すぎる。誰だってミスはするもの、にんげんだもの。生まれて死ぬまで一度もミスしたことがない人間なんていない。まあ、ああいう連中は「自分は違う」と思っているようだが、そもそもミスする以前に何もしておらず、0点どころかマイナス点人間なのがほとんど。


つまり、「寛容になれ」ということ。ちなみに「他人の記事には寛容にならないのか?」という突っ込みに対しては全力で無視する。


そういえば、世の中でも、他人のケチをつけるだけで、自分からは何も言わないから世間からロクな目で見られていなくて、それに気づいていない集団っていますね。「野党」っていう名称ですがね。

視点を変えれば…[編集]

大事なのは記事のメインの部分。そこがしっかりしていれば、あれやこれやケチを付ける人が現れても、周りの人が存続意見をだしまくって、そんな意見を即殺しているケースはアンサイでもよく見られる光景。最近は特にどーでもいい記事で文句を言う人が多いが、大抵は不条理な当てつけでしかないのが、ちゃんとしたところがないと、対応に困るところもあったりする。

まとめ[編集]

一般論[編集]

  1. 批判意見を馬鹿正直に聞くな、それが正論とは限らない
  2. ネットにはお宝がいっぱい、でも場所の特性を理解せずに深入りはするのは自殺行為
  3. ネット社会も礼儀あり、リアルと同じ、敬意を払うのは当たり前
  4. ネット語を頻繁に使う奴とは距離を置け。そんな奴はまともな人間じゃない
  5. 情報の発信元とそいつの魂胆を常に考えろ、間違いなく裏がある
  6. 情報の信用度を吟味しろ、情報は信用度を認識して使え
  7. 好き嫌いだけで判断する奴の意見は絶対に聞くな
  8. 自分のコメントは常に慎重に、投稿する前になんども確認しろ
  9. 人数を冷静に認識しろ、過小評価は不要だが過大評価は絶対厳禁
  10. 細かいことでいちいち怒らない、「寛容」は大事だ

アンサイ執筆者版[編集]

非常に面倒なのは、これまでの文章で「やるな」ということが実は高等テクニックとして存在すること。もちろん初心者がやってもまったくダメなのは明らかだが。

  1. 不満・ツッコミは記事の種。率直な感想が大事
  2. 郷に入っては郷に従え。基本的なスタイルは守れ
  3. 悪口は記事じゃない
  4. 普通の言葉で、普通の表現で、普通に書け
  5. まず結論。そこから必要な情報だけ使って、邪魔な情報は捨てろ
  6. 書き方次第で嘘も本当っぽくなるし、真実も非常に嘘くさくなる
  7. 主観的な評価は「俺様wiki」の元凶。客観的な評価をメインに書け
  8. ネットに「行間」はない。言いたいことは全部文字にしろ。
  9. 自分の知っていることはみんな知っていると思うな。基本的な説明は必要。
  10. 記事の根幹をしっかりさせろ、そうすればクレーマーを跳ね返せる

おまけ(暴言集)[編集]

  • ネトウヨは「日本人」以外の取り柄がないし自分を高めることもできないので。他人種を貶めることしかできない。
  • アニメオタクは「アニメ好き」以外に自分の存在価値がないので、アニメを批判すると猛烈に反論する。
  • 他スポーツを馬鹿にするのは、「野球とかサッカーの好きな特定スポーツ」しか自分のしがみつくところがないから。
  • プロ市民は、何も取り柄がないので、他の全ての人達を自分と同じ水準にすることしか考えられない。
  • 声優オタクは、声優の価値を下げられると、ただでさえ低い自分の価値がゴキブリ以下になるために、声優を馬鹿にされると荒らし同然になる。
  • つまり大事なのは「アイデンティティ」