利用者:Kasuga/つまらない記事
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
目次 |
[編集] つまらない記事
- 劣化コピー記事
- あああああああああ!の劣化コピー
- ニヒリズムの劣化コピー
- ゾークの劣化コピー
- 事実の正反対の主張
- 大勢の男性的なヒーローが登場する作品の登場人物を、美少女に置き換えて説明しているだけの記事
- 大勢の美少女ヒロインが登場する作品の登場人物を、マッチョな男性に置き換えて説明しているだけの記事
- 独創性の欠如
- 単なる元作品からの引用の羅列
- ネットで拾ってきた、記事の本文と無関係なお笑い画像をそのまま掲示
- ユーモアなきナンセンス
- 明らかに記事の主題について何の知識もない人間が書いている
- 記事名の語感だけから記事と全く関係のない話題を書いている
[編集] つまらない記事の特徴
- 文章が稚拙
- 意味もないのに喋り口調
- 意味もなく太文字や疑問符、感嘆符、三点リーダーを濫用する
- 「なお、○○とは関係ない」等の、記事の主題や本文と無関係な滑ったギャグが多量に挿入されている
[編集] つまらない投稿・改稿はなぜ発生するか
無能は仕事の質によって自分の能力を示すことができない。にも関わらず、無能が自分の能力を誇示したいと望んだならば、彼はどうするか。無能は仕事の質ではなく、量によってそれを示そうとする。この結果として、無能にとってもはや仕事の質は一切問題にならなくなる。それどころか、仕事の質は負、すなわち損害を及ぼすものであっても構わない。単に行った仕事の量のみが無能にとっては問題だからである。仕事の「質」が齎した損害は、仕事の「量」によって正当化される。そして無能はひたすら負の仕事の「量」をこなすことにのみ邁進し、無能によって齎される被害は甚大なものとなる。
これが、「勤勉な無能」の誕生するプロセスである。
[編集] 「面白いことを書く技術」というのは「『面白さ』を他人に伝える技術」のこと
自分が観た映画のあらすじを長々と友達に喋り、相手をすっかり退屈させてしまった経験や、あるいは逆に、映画のあらすじを熱心に説明してくる友達に辟易させられた経験を、誰でも一度や二度は持っている。元の映画の面白さがどうであろうと、そのあらすじを口頭で説明するぐらいつまらない行為はない。これは、映画では監督や演出家、大勢の俳優やスタッフ達が、その映画の面白さを申し分なく観客に伝えるためにあらゆる努力を尽くしているのに対し、映画のあらすじを喋る人間は、ただ何の工夫もなしに口を動かしているだけだからである。
「面白さ」において大切なのは、「面白く」喋ることである。「面白いこと」あるいは「自分が面白いと思ったこと」をただ喋っても、それ自体が「面白い」とは限らない。