前橋市
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
前橋市(まえばしし)とは、東京の北に位置する一地方都市である。 都市伝説では、厩橋城の跡地に作られたからこの名前になったとされているが、実際の所は不明である。
西方に位置する高崎市とは、非常に仲が悪く恒常的な戦闘状態にある。
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[編集] 市民性
無駄にデカい県庁があるため、群馬県内では市民の態度もデカいとされているが、実際には正反対で恥ずかしがり屋ばかりである。その証拠に、県庁の近くの中央商店街では、たとえ休日であろうともほとんどの店でシャッターの中から店主が出てこない。
また、地元で「前橋」という単語を「金沢」等の単語と同じイントネーションで読んだりすると、焼き饅頭なる謎の物体を投げつけられて刺傷及び火傷を負わされることがあるので、「新潟」等のイントネーションで読むように注意しなければならない。
[編集] 前橋市のロゴ
○
*信じられないだろうがこれはネタでもジョークでもない、本当のことである[1]。
[編集] 歴史
江戸時代後期に書かれた滑稽本旧中山道肘栗毛(いちにちじゅうやまみちひじくりげ)で始めて、文献に登場する。
この頃は、主に馬の飼育地としてのみ需要があったようだ。
1868年、明治維新の際、人口では市になる条件に達していなかったが馬の頭数を人として登録する事で市となる。
1918年には戦時物資として馬肉が徴発されることによって、馬の値段が高騰。結果、馬騒動に発展する。
1945年、第二次世界大戦が終結して一時、無政府状態となる。イトーヨーカ堂、ユニー、いせや(現ベイシア)など新興大型店舗が群雄割拠する。
1980年代に入り、徳川埋蔵金を狙った糸井重里氏の私兵によって侵攻される。この争乱によって市街地の約70%が掘り起こされる。
[編集] 経済
戦前は一環して馬の飼育及び馬車製作によって経済が成り立っていた。
戦後に入り、GHQの馬地開放政策のもと、広大な牧場が全て自動車部品の製造工場になる。第三次産業では、大型ショッピングセンターが登場する。それにより、『とにかく大きく』をスローガンとしたショッピングモール商法の全盛を迎える。
[編集] シャッター商店街
前橋市は全国最大規模のシャッター商店街を有する街として有名である。
自家用車が普及し郊外に大型ショッピングセンターが乱立している現在ではシャッター商店街はさほど珍しいものではなくなったが、県庁所在地でここまでシャッター商店街だらけなのは前橋市だけと言われている。郊外にイトーヨーカドーやイオングループなどの大型ショッピングセンターが出来てから一気にシャッター化が進んだのだが、商店街店主は経営努力を一切しないでおきながら、衰退の原因をショッピングセンターのせいにし、挙句の果てには、イオングループが北関東自動車道前橋南IC南側の農地に超大型ショッピングセンター建設するのを妨害する暴挙に出ている。
商店街を歩けばやはり店のシャッターは閉まっており、三和シャッターや文化シャッターなどシャッター会社の名前を常時見ることができる。
一説には、商店街がシャッター会社と提携して、シャッター会社の広告のためにこの様なことをしているのではないか?という意見もあるが、商店街自体が人通りが著しく減ってしまい宣伝効果が低いので、このようなことをしても意味がない!との反論が強い。
[編集] 名所
田舎にはよくありそうな、行政による箱物がほとんどである。その為連続テレビドラマ県の中心で愛を叫ぶでは、県庁所在地にも関わらず、名前すら登場せず見せ場をほとんど高崎市に盗られてしまった。
- イトーヨーカ堂
- 戦前、駅前を監視するために政府が建設した馬ビルの跡地に出来た大型商業施設。地下のカジノ場は地域経済の一翼を担う。現在はその立場をけやきウォークに奪われかけている。
- けやきウォーク
- 「駅の南って何もないよねー」という市民のサイレントマジョリティが生み出した超大型商業施設。いわゆる都会的な店が軒を連ね、連日多数のDQNが集結している。本屋が北関東一広いらしい。でも角川文庫系列の雑誌は少ない。
- 群馬県庁
- 「群馬に宇宙港を!」というスローガンの下に作られた軌道エレベーター。高崎観音からの攻撃を防ぐ為に要塞として建設された側面を併せ持つ。巨大ロボットに変形可能とも言われるが定かではない。
| 五大都市: | 前橋市 | 高崎市 | 桐生市 | 伊勢崎市 | 太田市 |
|---|---|
| その他市部: | 沼田市 | 館林市 | 渋川市 | 藤岡市 | 富岡市 | 安中市 | 大間々市 |
| 郡部: | 下仁田町 | 中之条町 | 長野原町 | 草津町 | 水上町 | 玉村町 | 大泉町 |