北海道ちほく高原鉄道
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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北海道ちほく高原鉄道(ほっかいどうちほくこうげんてつどう)は、日本の北海道にかつて存在していたと言われている鉄道路線である。現存しない。
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[編集] 概要
北海道の偉大なライフライン。だめだめ王国北見市と、池田とか言う苗字みたいな名前の街を結んでいた。
北海道の山の中をひたすら走り続ける鉄道。よく考えればわかることだが、そんな所を走ってても儲かるわけねえだろ!!
冬になると、北の大地のド真ん中で冷凍庫より寒くて列車のエンジンが凍ってしまうため、一晩中エンジンをかけっぱなしという事をしていた。京都議定書では、このような二酸化炭素を出しまくる行為は2010年までになくすように と明言されていた。
線路を通るのは人間よりもエゾジカのほうが圧倒的に多く、中には線路に寝そべって挑戦状を叩き付けていたシカもいた。動物にも馬鹿にされていたのである。
その結果、2006年4月、鉄道線は廃線になり、会社も消え去った。
つぶれた理由は金がないの一言。儲けなきゃいけないのに子供料金の端数を切り捨てるという暴挙をやっていた。自業自得の結果である。今はその亡骸を鉄道教の教徒が拝礼に訪れている。一部の教徒は、聖地の一つとしているらしい。心配されるのが事故である。比較的新しい廃線のため、線路跡を車で走る鉄道教徒が、落とされた橋に気付かず車ごと落ちてしまうことだ。
- 路線距離:140kmだった
- 駅数:33駅だった
- 全線非電化&単線だった
[編集] 別名
別名をふるさと銀河線と呼び、銀河鉄道と何ら関係ないくせしてアニメ『銀河鉄道999』の絵を描いた車両を走らせるなどしていた。それを見てエゾジカが笑っていたという。
[編集] 歴史
- 1910年9月22日
- 網走線として池田~陸別間が開業。
- 1911年9月25日
- 陸別~北見間が開業。同時に読み方を モウソウセン に変更。
- 1912年11月18日
- 路線名を網走線から妄想本線と、漢字までも21世紀を先取りするかのごとく変更する。国鉄唯一の偉業である。
- 1961年4月1日
- 敗戦の反動で、妄想にふける人がこの路線に押し寄せてしまい、車内が異様なオーラに包まれてしまい、地元住民が不気味がって国鉄に苦情が殺到。そのため路線名を池北線に改称する対策を国鉄がとる。
- 1987年4月1日
- 国鉄分割民営化により、しЯ北海道となる。一部では、この路線に来る妄想人が路線名改称で減ると思いきや、彼らは自分の世界に入りすぎて路線名が変わったこと自体気づいていなかった。しかし、国鉄側の固い頭ではそのような方達へどのようなサービスをすればよいかが解らなかったため民営化したという説も論じられているが詳細は調査中である。
- 1989年6月4日
- とうとう、しЯ北海道でも彼らは手に負えず、その辺の地方自治体とその他に丸投げすることを決意。北海道ちほく高原鉄道が開業する。しかし、地方自治体の業務が増えてしまったのは言うまでもない。
- 21世紀前半
- 2005年4月1日
- 永く妄想人に愛されたこの路線も秋葉原に客を奪われ、赤字で消滅。
[編集] りくべつ鉄道
- 自治体の中で廃止に反対していた陸別町は、廃止をどうしても認めたくないために陸別駅周辺をりくの孤島鉄道として半ば強引に開通させた。金を払えば自分で運転できるというコーナーが存在し鉄道教徒にとっては新聖地開拓のきっかけとなった。
[編集] 仮乗降場
国鉄時代、仮乗降場と呼ばれた時刻表にも掲載されず、半分異次元に飛ばされかかった駅があった。 そんな究極物質が駅として実体化した物が、この北海道スーパー平原鉄道には11もあった。漫画 鉄子の旅の中で横見浩彦氏は、これらの駅の事を板切れと名付けたほどである。まあ、途中まで実体化すら危ぶまれたのだから、板切れというのもうなずける。
| この「北海道ちほく高原鉄道」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ) |