十文字友和

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「十文字友和」の項目を執筆しています。
「どうでもいいエピソードをあげつらえば十文字あたりでも十分ネタ力士になる」
十文字友和 について、増健と比較したがる暇人

十文字 友和(じゅうもんじ ともかず、1976年6月9日-)は、青森県三戸郡階上町出身の元相撲レスラー。現役時代の所属部屋、本名は後述する。現役時代の輝かしい出来事も後述とする。

来歴[編集]

漁師の長男で小学校時代はやきう部に所属。SUMOUは中学になってから始めたという。目の付け所が若干おかしいのではないだろうか。

1992年11月場所に初土俵。普通に計算して高校1年生だったのだが、実は初土俵を踏まないで居候しながら高校に通学していたというのだから驚く。しかし兄弟子の不評を買ってしまったため中退し初土俵を踏むこととなる。だが十文字自身は中卒での入門を望んでいたので「むしろ助かった」とのこと。しかし、ここで高校を中退してしまったという事実は消去されており、汁物はほとんど居ない。入門次期が中途半端なのは「前相撲で手を抜くため」という説があるが、あながち嘘ではなかろう。

立田川部屋に入門してSUMOUを取り続けることとなったが、ここからしばらくは面白いことが無かったので省略する。つまらんことはウィキペディアに放り投げておけ。

1997年7月場所にこれまで本名で取り続けていた四股名を「階ヶ嶽 松太郎(かいがたけ まつたろう)」に改名。この輝かしすぎるように見えて実はただの時代錯誤な四股名。四股名負けしていると話題になっていたかもしれない。この名前のまま1998年1月場所に22歳で新入幕。期待の若手と思われようとしていたものの名前負けして1場所で陥落。

1999年7月場所に四股名を「十文字 友和(じゅうもんじ ともかず)」に改名する。この記事の表題と同じ四股名であるが、このあと衝撃の四股名歴が待っているので見逃さないようにご協力願います。四股名に関してはさまざまな苦情が寄せられている。理由は後述する。

1999年11月場所に再十両となり、つまらんが関取に定着した。2000年5月場所では新入幕をするも1場所で十両へ落ちる。7月場所は西十両で8勝7敗と勝ち越すも、なぜか9月場所では東へスライドしたまま実質据え置きという目にあう。十文字の番付スライドの輝かしき最初の1回である。

9月場所を最後になんと今度は所属する相撲部屋が消滅。理由自体は師匠の停年退職であるが、関取を何人も有している部屋がこうなれば面白いことである。ところが移籍先の部屋ネタ力士しか育たない部屋であった。しかも生え抜きの関取が少ないためカネで陸奥部屋の関取を数のうちにさせていただいたというから驚く。

しかもその場所自己最高位を更新していながら負け越しして十両へ陥落という破目にあう。しかし復活。例えるならエレベータである。3場所の間は幕内を保てたが十両へ陥落。3場所の間には7勝8敗ながら2枚も番付が落ちる目にあう。しかも陥落した場所は公傷で休場している。

2002年1月場所で華麗に幕内へ復帰。しかし華麗に陥落。そして華麗に再入幕するも今度は2場所かけて丁寧に、そして大胆にまた落ちる。しかし十両では2桁勝利で華麗に復活し、ようやく本当の本当に幕内へ定着となる。

ここまでネタ的な商工各を繰り返したのはお腹が右と左でアンバランスになっている腹とも言われる。ちがう、賜だった。てへ

同郷同学年で誕生日が28日違いの某機械力士は目の仇である。若の里を倒すよりよっぽと勝つと嬉しいらしい。もはや人格が変わっておられます。

2003年1月場所では5勝10敗なのに3枚しか落ちない。そこで8勝6敗すると5枚もあがり前より高い番付になる。そこで8勝7敗しただけなのに何故か3枚もあがる。この東前頭6枚目が地味に自己最高位となり、越えられない壁となる。

2004年7月場所は西前頭11枚目で勝ち越したのに何故か翌9月場所は東へスライド。これはあまり珍しいことではないがあとで物凄い記録を樹立する足がかりである。そして2005年3月場所は東前頭7枚目で負け越しながら西へスライドするだけ。力士生活で3度もスライドするだけの番付編成というのもネタ力士ならではではないだろうか?

2005年9月場所に下の名を明憲(あきのり)に改名。そんな地味なところを変えたところで意味ないでしょう。

2006年11月場所に十両へ久々に陥落することとなったが実はこの時点で何故か24場所も幕内下位をキープしていた。逆にすごいのよコレ。しかもよく見てみなさい。幕内で1度も2桁勝利していない、幕内在位34場所と年寄襲名資格がある、横綱大関との対戦が無いといったことが珍しい。

こんなことはウィキペディアにも書いてあることだが、ここからはウィキペディアに書けないお話。

十文字は上位陣と当たる事で自信喪失をしたり、暗黒面に堕ちた残忍で暴虐な横暴な横綱、暗黒神朝青龍明徳との対戦を回避したりするためのものである。下位でも大勝ちすると上位陣との対戦が組まれることが有る。琴光喜豪栄道がいい例。上位に行くのは同じ立田川移籍組の豊桜白馬の仕事。自分のようなネタ力士はそんなことする必要がないと考えていたようだ。

そのため対戦相手に適度に星を売りながら金を稼ぐ。この辺は買い王に似ているが、実はまねている模様。

増健を作られたネタ力士というなら、十文字は正真正銘、真性包茎のネタ力士と呼べるのではないか。SUMOUのテンプレートでは増健が無類力士認定されているが、そういう点では十文字も無類力士ではないだろうか。ネタ的な意味で

ちなみに十文字が恐れた上位陣は八百代大海、買い王、琴光喜、朝青龍、暗黒面に堕ちかけてた横綱肌が暗黒面そのものの横綱黒鵬などなど。

2007年3月場所で休場という憂い目にあう。休場は試合放棄であるが、真性包茎のネタ力士である彼がそれをした程度で騒いでいては増厨にも劣るぞ。

2007年7月場所に下の名前を将康(まさやす)に改名。何の意味もないのに。

その後は幕下(笑)へ転落。その後は十両互助会加入を目論むも、難色を示された。互助会長が出羽海一門の恵那司千浩であるから増健改メ柳川を支援していた模様。結局豊桜の尽力で加入は許されるものの下っ端であることからたびたび幕下陥落を余儀なくされていた。

ちなみにこの頃、2008年5月場所に下の名前を友和(ともかず)に戻した。これが最終形態であるが、結局改名は意味無いのか。

やきう賭博\(^o^)/の際にも彼はネタ力士らしく偉業を達成する。

この場所で不当解雇となった琴光喜と同学年、34歳ながら幕下優勝をしたのだ。十両優勝を経験した力士が幕下優勝を飾るのはきわめて異例で、ここでもネタ力士ぶりが発揮された。見えないところでも活躍してこそネタ力士と、増健に見せ付けたかったのかもしれないけど、残念ながら十文字くん、注目されてないぜwww

この優勝で2010年9月場所で朝青龍並の高い番付、戦後最高位(当時)で十両復帰。朝青龍と何故か十文字クンは肩を並べてしまう事態になった。しかし連続4勝11敗で2011年1月場所はまた幕下へと陥落。互助会から完全に見放されている模様で。

そして運命の日…。2011年2月2日、化粧回しに鯨が描かれているように、潮吹きを見るのが人生で一番興奮する瞬間だと語っていた彼自身が潮ではなくアワを吹いた。そしてネタ力士だった以上市民は吹いた。ちなみに、十文字クンがネタ力士だと認識されたのは2011年1月30日のこと[1]。彼には人に認知してもらえない異常性があったのだ。

八百長で自分の名前が出ていたのだ。十両互助会から複数名名前が漏れ出したが、冷遇されていた十文字クンは何かあったときに情報がすぐに漏れ出るよう仕組まれていた。これが原因で4月に引退を余儀なくされた。引退劇も増健よりはるかにネタ力士らしい、ふさわしすぎる引退劇(笑)であった。

エピソード[編集]

  • 実は「十文字友和」という四股名は本名で、途中何度か下の名前を改名したのに意味が無かったのはコレが原因。さらに十文字が本名であるとはいえ、「三文字しか無いじゃないか」と日本相撲協会に苦情が来ることがにあった。
  • 増健が引退したことで彼の実態がようやく確認可能となった。実は増健よりはるかにネタ力士である。しかしこれが災いして我等がアンサイクロペディアの相撲テンプレートでは増健が雷電と並んで無類力士でありながら十文字クンは普通に幕内の欄、豊桜千代白鵬に挟まれた意味である。この2人とも十両互助会の影響で不当な引退劇を余儀なくされたというのが記憶に新しい。千代白鵬のついでに白鵬も消えればよかったのに、という意見は十文字クンが協会本部に伝えたようですがあえなく却下されたそうです[2]
  • 誕生日が6月9日。69というとアーン♥♥が思い浮かぶ。しかも十文字クン、化粧回しが鯨であることからもわかるように潮吹きが大好きで、それを見ながらうふふをするのが大好きである。
  • NHKの解説者は十文字クンのネタ力士ぶりを早くから察知しており、土俵入りでたいした声援も起きないのに人気力士認定された。
  • 幕内在位34場所で昼の三賞の受賞はゼロ。しかし日馬富士なみに夜の三賞は常連であり、日馬富士を差し置いて酒勲賞、姦闘賞、戯能賞を総ナメしていた。ちなみに受賞回数はそれぞれ16回、32回、28回と非常に受賞回数が多い。しかし幕内力士でなくともとれるはずの夜の三賞でありながら全て幕内時代に受賞し十両以下の時は全く受賞できていないというのも面白い話。ネタ力士の本領といったところであろう。
  • 全く報道されていないが、引退相撲は2011年6月4日に焼き鳥工場の生産ラインを止めて執り行われることとなっている(もともと休業日ではあるが)。

関連項目[編集]


朝青龍殴られ 01.jpg この項目「十文字友和」は、ちゃんこ不足のようでごわす。
さあ、そこの新弟子も力士の要たるちゃんこを作ってみるでごわす。強く当たったらあとは流れで行くでごわす。ごっちゃんです! (Portal:スタブ)