即身成仏

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即身成仏(そくしんじょうぶつ)とは、生きながらにして仏になること。この無理を通すために、即身成仏を志願する修行者は想像を絶する苦行に耐えなければならない。なお、即身成仏と即身仏はよく同一視されるが別物である。どれぐらい違うかというと、桂小五郎木戸孝允ぐらい違う。

概要[編集]

誰もが即身成仏できるわけではない。というより、どこの誰とも知れない人に即身仏になられたって周囲は戸惑うばかりである。日本には10数体の即身仏があるらしいが、彼らは皆、民衆に慕われる徳の高い僧ばかりであった。つまり、そんな素晴らしい人においそれと簡単に死なれては困るのである。いつまでも生き続けて衆生を救ってもらわねばならない。そういう民衆からの身勝手な期待と無言の圧力とによって、頼まれると嫌とは言えない人の良い僧は、渋々即身仏になったのである。即身仏が信仰の対象となっているのにはこのような事情があり、また即身仏が比較的東北地方に集中して分布しているのは、かつてそれらの地域が不作だ飢饉だと言ってはすぐぱたぱたと人が死ぬような、貧しい寒村ばかりだったからである。

即身成仏の秘術を持ち込んだ空海にちなんで、即身仏は「○海」と呼ばれる。(湯殿山系即身仏に限る)「十一代目市川海老蔵」とかそんな感じであろう。現代では自殺になってしまうので、苦行云々以前に社会制度として即身成になることは不可能である。修行者はいいかもしれないが、自殺幇助の罪に問われる周りの人にしてみれば単純に迷惑でもある。

苦行[編集]

即身仏とは、身も蓋もなく一言で言ってしまえばミイラなのだが、人間の体というのは非常に腐りやすい。そこで、腐食してしまわないような体を作らなければならないのだが、即身成仏の修行の過程においてそれは、完璧にフォローされている。その素晴らしい古代の知恵を紹介する。

まず、細菌の活動を抑制するために極限まで体の水分を搾り出す。これにはサウナが効果的である。次いで、人体の中で真っ先に腐敗してしまう内臓を摘出するため、開腹手術を行う。小腸肝臓などといった順に手で引っ張り出すのである。一方、やはり腐りやすい器官であるは鼻から鉤状の器具を挿入して掻き出される。は柔らかいので、から出すのが大変な場合は目玉をくり抜いて穴を開けるとよい。こうして心臓以外の内臓を摘出した後、70昼夜にわたって天然炭酸ナトリウムに浸し、火気を用いて乾燥させ、布で巻けば完成である。

上でも述べた通り即身仏は生きているので、これらの苦行荒行をこなす間、修行者は死んではならない。強靭な体力と精神力、そして衆生を救いたいという使命感、自己犠牲の心がなければ実現はできない。また、修行者を手伝う僧も、彼が死んでしまわないよう細心の注意を払って世話をする。

信仰[編集]

高野山奥の院御廟では、現在でも毎日二回、空海にご膳が供えられている。空海はまだ生きていると信じられているからではなく、本当に生きているからである。そうでなければ、金剛峰寺の僧侶たちは揃いも揃って馬鹿ということになってしまう。日本で初めて即身成仏した空海がいまだ健在ということは、他の即身仏たちも生きていて、迷える衆生をお導きくださっているのだと言える。だけで眼窩も暗く落ち窪んだミイラが動いたり話したりしても、受け手が感じるのは恐怖以外の何物でもないが。

ところで、彼らは食べても食べても腹が満たされないのだという。なぜなら、内臓がない…………

関連項目[編集]

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