吉幾三

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吉幾三(よす、いぐべぇ)は日本の農家田舎者作曲家作詞家ラッパー俳優タレント冒険家である。 日本初のラッパーとして知られる。


誕生とデビュー[編集]

1952年(昭和27年)11月11日に電気もガスもねえ青森県五所川原市で隣町の病院に運ばれる牛車の中で誕生(たぶん)。 本名は鎌田 善人(かまた よしひと)。
1973年(昭和48年)3月1日に五所川原の農協組合の知り合いが関係したお陰かどうか知らないがヤンマーディーゼルのコマーシャルに出てコマーシャルソング「恋人は君ひとり」を発売し、歌手デビュー。本人もCMに出た。このとき農業の腕はピカイチで、鍬を振り回して投げるパフォーマンスで自身をCMに売り込んだと言われる。ちなみに後に撮られる俺ら東京さ行ぐだのPVでは、出演者に対してこのパフォーマンスを教えたと言われる。
CMではトラクターのCMで地元農協当てにトラクターが送られたのだが初めて見るトラクターに村人達は戸惑い、数年前まで、神社に奉納され拝まれていたらしい。ちなみに吉幾三自身もトラクターを動かすのは初めて、撮影時に「おらの村にはガソリンねえ!」と呟いたそうな。当時は山岡 英二という芸名を名乗り、アイドル歌手として売り出したが、そもそもアイドルとは何か分からず成功しなかったようだ。

改名、そして[編集]

1977年(昭和52年)11月25日に吉 幾三と改名し、覆面(農家)歌手としてフォークソング路線に移った。自作の再デビュー曲「俺はぜったい プレスリー !」がヒット、これで映画化される(主演で)。因みに後に 「俺ら東京さ行ぐだ」でプレスリーと共演をはたしているらしい。
その後は低迷期を経て、コミックソングや演歌へと楽曲の方向性を移行した。これは、幾三自身が演歌なら知ってたことから、演歌の道に入った。1984年(昭和59年)3月25日、千昌夫へ提供した「津軽平野」が発売。幾三の地元である金木町には芦野公園にこれの石碑が立っている。同年11月25日には千昌夫氏のプロデュースで発売された「俺ら東京さ行ぐだ」が大ヒット。この楽曲で日本ラップ界の先駆者として名を馳せた。1986年(昭和61年)2月25日、自ら作詞作曲した「雪國」が初のオリコン1位を獲得。 以後、発表楽曲をコミックソング歌手から本格的な演歌歌手へ路線変更。
しかしながら 俺ら東京さ行ぐだの成功が忘れられず、1997年放送のテレビドラマ「踊る大捜査線」の主題歌とコラボ。因みにこの頃には早くもボケが始まったらしく、歌詞の一部がまちがっている。「たまに来るのはレーザーディスク!」また、「ニコニコ動画は何者だ!」という歌詞があるが、とうのニコニコ動画ではIKZOとして、毎日数珠で拝まれている。
これをきっかけに数々の邦楽歌手とコラボする。中島みゆきとは「農場の星」と題し、日本ラップ界の先駆者の貫禄を見せた。また、この楽曲はNHK全面協力である。しかしながらこの楽曲は後半がテキトーである。
また、他にもCHAGE&ASKA、パフューム、 スチャダラパー、AKB48などと有名な楽曲で共演している。最近では氣志團とコラボ。このコラボで「おらは絶対プレスリー」などの楽曲を使用したコラボが公開された。

また、世界の終わりとドラゴンナイトでコラボし久々のラップでネットをまた、騒がせた。また、幾三自身がトランシーバーを持った写真が話題となり、ドラゲネェ現象を巻き起こした。
邦楽には事足らず、洋楽にもコラボしている。当時日本でも流行した「カンナムスタイル」とコラボ、「青森スタイル」を発表。楽曲中で「黒早苗」「黒智子」と発言、自身の(数少ない)演歌(じゃない)である「智子」や、「んだ!」また、マイケル・ジャクソンとも楽曲を作り、「そうしましょ、そうしましょ、そうしましょったらそうしましょ!はあ!」等の独特のshoutがマイケルに好評だったらしい。

更なる飛躍へ[編集]

音楽だけでは飽きたらず、アニメやゲームともコラボ。
EVA制作委員会は、ショートアニメ「農業補填計画」の製作を発表。
それと共に「残酷な農夫のテーゼ」を発表。 残酷な農夫のテーゼのPVでは、各話のタイトルが紹介されている。しかし歌詞の一部に「dream」を使った部分があり、新日本ハウスから抗議が有り、ショートアニメの公開には至らなかった。
こうやってつらつらコラボの事ばかり書くと、彼の本業である演歌歌手の方が疎かになっているのではないかと思われるかも知れないが、そっちはそっちでちゃんとやってるらしい。(実際最近コラボの新作は少なかった。) 某Wikipediaには詳しく書かれているので、そっちを参照して欲しい。 ワークマンCMソング「風に吹かれて」、新日本ハウスCMソング「dream」など自分でCM曲(ただし、もう演歌じゃない)を歌っているが、最近某shoplistでおらこんな村いやだの替え歌を披露。 「NDA!」と言うセルフカバー的な曲も出してるし、本人がネット人気にあやかろうとしているところがある。 2017年にはSuchmosの「stay tune」とコラボ。農協のお墨付きをもらった楽曲でかなり目立ってる。

私生活[編集]


「とも子」と言う女性が好きらしく、パンティを穿いて頬ずりしていたらしい。 妻の名前がとも子なのかは不明。 最近出たテレビで家族仲が悪そうな発言をしていたので、青森の豪邸で独りぼっちなのかも知れない。ちょっと可哀想な気がする。 とにかくこういうコラに寛大な人らしく、あれだけ自分の曲を弄られたニコニコ動画に、公式で登場。 本人もノリノリである。

関連項目[編集]