吉田兼好

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吉田兼好(よしだけんこう、卜部兼好、兼好法師)とは、なんかもう、色々と説得力が無さすぎて困っちゃうお坊さん。以下、吉田と記す。

来歴[編集]

卜部氏(神道の家系)に生まれた吉田。彼には生まれつき捻くれた脳内回路が据え付けられており、幼少期より「人間は四十路までに死ぬべし」と訳の分からないことを連発して大人を困らせていた。というか、家系が神道なのに何すかその仏教思想

そして何たる運のツキか、吉田は朝廷に仕えることになる。しかしタイムリミットまであと十年というところの30歳、彼は自分の建てた強大すぎるフラグを回収するために遁世の大博打に出たのだった。朝廷での優雅な生活を全て投げ捨てて、である。

フラグ回収の失敗[編集]

前述したように、「人間は四十路までに死ぬべし」とは吉田の言葉である。しかし時の流れは非情、彼もまたその四十路に迫っていた。つまりもうすぐ彼が死ななければ、例の言葉には説得力のセの字も無い。というわけで吉田は四十路に無事に死ねるよう、時代を先取りした「終活」を始めた。そしてさらに、俺っちは早く死にたいですアピールをするために徒然草という名の膨大なる遺書を書き始めたのだ。

しかし。

「あれ、意外と楽しいぞ?以前にやってみた恋文の代筆なんかよりもよっぽど楽しいぜぇ!」

どういう心変わりであろうか、なんと彼は遺書製作にドはまりしてしまったのだ。

伸びる寿命[編集]

そしてアレヨアレヨと言う間に時は過ぎ去り、ついに吉田は四十路を迎えてしまう。しかしまだまだ飽き足らなかった吉田は、その後ももはや日記と化した遺書を綴り続けた。グダグダと伸びる内容、しかし吉田としてはこれが至福。終わる終わる詐欺もビックリの244段まで散々書き散らした後、彼は61年という長い長い生涯を終えたのだった。

膨大なる遺書[編集]

詳しくは徒然草の項を参照すれば分かることなのではあるが、とにかく知っておくべきはその内容、第7段に記されている衝撃の一言にして、幼少期より大人を困らせ続けたあの名言についてである。

長くとも四十路に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。

…何ともコメントに困る遺書である。

なお先程から遺書だ遺書だと連発しているが、その中に遺書っぽい内容(例えば遺産相続の話)は皆無。しかも、遺された親族にすらこの遺書の存在は知らせておらず、一体何をしたかったのか全く分からない。吉田はいわば困ったちゃんであった。

ネーミング[編集]

吉田について話すべきことはもう一つある。それは彼の名前だ。

卜部兼好
本名。自称「幼名」である。この当時の兼好は「かねよし」と読み、まだまだに塗れた名前である。
吉田兼好
兼好を「けんこう」と読み直したもの。どうやらこの時点で、彼は金よりも心身の健康の方が大切だということに気付いたのだろう。名前だけを見る限り、あまり死ぬ気は無さそうだが…?
兼好法師
取って付けたような(実際その通り)法師の名を冠して、またもや改名。おそらく法師という語のバリューに惹かれてついつい付けてしまったのだろうが、とにかくこの時点で「吉田」は廃案となったようである。

という風に、現時点で三つの名前が確認されている。

関連項目[編集]