君側の奸
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
君側の奸(くんそくのかん)とは、妄想力に定評のある人間の中でも、就中卓越した妄想力を持ち、時には芸術に昇華させてしまうほどの気違い揃いである日本人が考案した、架空の人物、キャラクター類型である。類義語に、トカゲの尻尾とか、スケープゴートなどがある。
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[編集] 概要
要するに、天皇の権威を笠に着て悪さばかり、私服を肥やしてばかりいる廷臣のことを指す。君側の奸というキャラクターがいつ頃定着したのかは定かではないが、君側の奸というキャラクターは天皇に対する従属的な存在であり、天皇なしでは成り立たないため、少なくとも神武天皇の時代以降であることは確実である。
周知の通り、日本では古来、天皇は絶対的な存在として崇拝されており、その行動には絶対の無謬性が信じられていた。その為、天皇の治世がために国が乱れたり、人々の生活が逼迫したりしても、天皇を糾弾することは許容されなかった。そこで妄想力に優れた日本人は、天皇の傍に伺候する近臣が、天皇を傀儡化し、もしくは指示を歪曲して、私服を肥やして国政を乱し、民草を苦しめているという発想に至ったのである。かくして、君側の奸という概念が誕生した。
天皇の傍に随従し、その代弁者の如く振舞い、時には天皇を傀儡として操るという要素から、君側の奸は「純然たる朝敵以上に」唾棄される傾向にあり、歴史上その烙印を押された者達は、おしなべて悲惨な末路を辿っている。
[編集] 疑念
ところが、君側の奸について調査してゆくと、とある疑念にぶち当たる。歴史上、自らの独裁政権を盤石化させるために、天皇を権威付けの為に利用し、傀儡として操縦した事例は、枚挙に暇が無い。藤原道長を初めとする摂政関白しかり、平清盛しかり、岩倉具視しかりである。岩倉に至っては、前の帝を暗殺した疑惑すらある。間違いなく、彼らは君側の奸の範疇に入るだろう。しかしながら、彼らを君側の奸と指摘、糾弾する史料や歴史家は、驚くほど少ない。
何故かといえば、それは彼らが歴史の勝者だからである。歴史をちょっと齧った人でも嫌と言うほど思い知るであろうが、今日我々がトレースできる歴史というのは畢竟勝者が自らの所行を正当化するために歪曲した、胡散臭く、極めて醜悪な装飾にまみれた歴史に過ぎない。道長も岩倉も、勝者である。清盛も、死んでからほんの数年で彼が栄えさせた平家は滅亡してしまったが、勝者に分類して問題ないだろう。勝者が烙印を押されて貶められるわけがないのだ。君側の奸は、敗者の墓標に書かれる落書きのようなものなのだ。
無論、例外も存在する。例えば、北畠親房のように、歴史の負け組で、なおかつどう見ても私利私欲のために帝を裏から操っていたとしか思えないような輩でも、君側の奸のレッテル張りを免れるどころか、忠臣として礼賛されている人物もいる。
[編集] レッテル張りを免れるには
天皇に随従する廷臣として、君側の奸のレッテルを貼られてしまうことは致命的である。では、レッテルを貼られないようにするにはどうすれば良いか。簡単なことだ。天皇と喧嘩すればよいのである。例えば、足利尊氏は、真っ向から後醍醐天皇に喧嘩を吹っかけて、後醍醐帝への忠勤に励んでいた宿敵新田義貞に君側の奸の烙印を押し付けることに成功したし、徳川秀忠も、最初は朝廷を懐柔しようとしたが、後水尾天皇が峻烈な性格であったゆえ融和政策が頓挫し、後水尾帝と喧嘩してしまったものの、そのおかげで君側の奸のレッテルを貼られることを免れている。もっとも、天皇と喧嘩したらしたで、今度は朝敵の烙印を押されてしまうわけだが、君側の奸などという、卑劣漢的要素の強い烙印を押されるよりはマシ、なのかもしれない。
[編集] 結論
要するに朝敵が合法的に天皇に喧嘩を売るための大義名分を得るべく生み出した概念である。なお、現在ではこの言葉は廃れてしまい、萌え属性としてもオタクの興味はツンデレやヤンデレに遷移してしまい下火だが、一部の左翼団体などの間で盛んに使われている。