唐木田

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「空木田」の項目を執筆しています。

唐木田(からきだ)とは、東京都多摩市の地名。小田急多摩線の終点「唐木田駅」があることで知られているが、それ以外のことは全くと言っていいほど知られていないし、多分知る必要もない。多摩ニュータウン住民にとっては、唐木田駅が何のためにあるのか、今もって分からないらしい。乗客があまりにも少なく、「空木田」といっても過言ではないだろう。誰が、何のために、あの唐木田駅を……と考え続けると神経がささくれ立ち、夜も眠れなくなるらしい。

こうした謎めいた存在感が、小田急電鉄の利用者に軽い不安感を与え続けているようである。例えば列車に飛び乗って、それが唐木田行きだったりすると、突如フラッシュバックが走り、鬱病パニック障害を起こす者も少なくないらしい。

たぶんこの項目を読むのも、よっぽどの物好き以外考えられない。それとも人生に大きな問題があるとしか……。

この世の果て[編集]

新百合ヶ丘駅から分岐する小田急多摩線は、近年「はるひ野駅」が開業してオタクがわんさとつめかけたり、新設された多摩急行によって地下鉄千代田線と乗り換えなしで行き来できるようになって、小田急電鉄の中でもマイナーなローカル線待遇だったものが、急速に変化しつつある。

とはいえ、こうした情報が提供できるのも、あくまでも小田急多摩センター駅までである。ここで、多摩線の駅を確認しておくと、【新百合ヶ丘駅 - 五月台駅 - 栗平駅 - 黒川駅 - はるひ野駅 - 小田急永山駅 - 小田急多摩センター駅】、の順番になる。しかしその先は……駅の路線図にすら、表記がないのである。

ここで目を凝らし、角度を変えてみるなど工夫をしてみると、「小田急多摩センター」の先にうっすらと読みにくい文字で「唐木田(からきだ)」と書かれていることに気がつくだろう。それは隠し文字であり、守護霊にでも導かれない限り、目にすることはないだろう。


唐木田、それは誰しもが一度は好奇心から訪れてみたい駅の一つである。「唐木田行き」の列車はそこそこ小田急のホームで見かけるはずである。だが、あなたの知り合いで誰が唐木田に行ったことがあるだろうか?
ここから発せられる、人を近寄せないオーラは、例外を認めないようである。

そして、唐木田は、昔からこう歌われてきた場所もである。

♪そこに行けば どんな夢も叶うと言うよ
 誰も皆 行きたがるが はるかな世界
 その国の名は唐木田 どこかにあるユートピア
 どうしたら行けるのだろう 教えて欲しい
 唐木田 唐木田
 They say it is in Tama-sen
 唐木田 唐木田 愛の国唐木田

♪生きることの 苦しみさえ 消えると言うよ
 旅立った 人はいるが あまりにも遠い
 自由なその唐木田 素晴らしいユートピア
 心の中に生きる 幻なのか
 唐木田 唐木田
 They say it is in Tama-sen
 唐木田 唐木田 愛の国唐木田♪

これまた鉄オタを含めた物好きたちが、唐木田の場所をつきとめてやろうと、重装備で乗り混(込)んでくることがあるが、だいたい小田急多摩センターを出発するころには、全員あらかた前後不覚の睡魔に襲われ、うとうとしたまま唐木田駅を乗り過ごし、目が覚めたら唐木田の先にある小田急の車庫だったとか、あるいはいつの間にか新百合ヶ丘まで戻っていた、なんて話で終わるのがオチである。

鉄道に関しては親の仇でも討つようなけたたましさで、そこらじゅうに手当たりしだい乱暴狼藉を繰り返す、百戦錬磨の鉄オタですら歯が立たない唐木田とは、一体全体どのような駅なのであろうか。

枯れ木も生えない荒野[編集]

鉄オタが血眼になって辿り着こうとしている、唐木田。私はこの項を執筆する際に、唐木田に降り立ったことのある人を多摩線のホームで幸いにも見つけることが出来た。その人は、最初は唐木田についての証言をかたくなに拒んではいたが、アンサイクロペディアでの項目充実を打ち明けると、仕方なしにとぽつりぽつりと語り始めたのである。

その証言を元に、幻の終着駅と呼ばれる「唐木田駅」のことを再現してみよう。


唐木田は、邪心のある者には辿り着けないそうである。例えば、唐木田の駅をシャカシャカ写真で撮ろうとしたり、あわよくば駅の部品を盗んでこようとする、鉄オタ特有のあられもないぎらぎらした欲望があると、次元を飛び越えて唐木田を目にすることはできないそうである。鉄オタ人生まっしぐらのような人は、朝早く滝に30分ぐらい打たれてから、朝食抜きで小田急に乗り込まねば、まず唐木田に行くことは不可能であろう。

こうして身を清め、小田急多摩センターの駅から発車する多摩線に乗り込むわけであるが、ここから先はどんなに驚くものを見ても、声を立てたり、絶叫したり、暴れまくってはならない。列車は唐木田駅を通過して、そのまま車庫に入ってしまうか、或いはいつの間にか再び多摩センター方面に折り返してしまっているであろう。また、不意に襲う睡魔にも注意して、顔面いっぱいにセンタクバサミを挟んでもいいから、そのままの姿勢で目を開けて待っていれば、深い霧を抜け、やがて列車は音も無く、終着駅「唐木田」に到着するであろう。

しかし唐木田は、世に言う「ユートピア」とは、全く違う。同じく多摩センターを出て西に行くと、メルヘンティックなおとぎの国のような南大沢駅に辿り着く京王電鉄とは似ても似つかぬ、荒涼たる原野に囲まれた「唐木田」駅を見出すことが出来るだろう。かつては京王電鉄の南大沢駅は、小田急電鉄の唐木田駅と同じようなカテゴリーにくくられることがあったが、現時点ではそのようなことはまずありえない。

唐木田駅のホームに立ち、そのまま駅周辺の景色を一瞥してみるとよい。そこですべてが明らかになる。


それは誰もが予想していなかった、幻滅を感じずにいられない風景である。

来なければよかった」という後悔の念が、思わず湧き上がってくる風景である。

唐木田に来たからと、乗車記念として写真を撮りたい風景は、見当たらないはずである。


「見渡せば花ももみじも無かりけり~」の古歌があるが、まさしくここは花もなく、もみじもない土地であり、「枯れ木」ではなく「空木(からき)」だらけの「唐木田」なのである。

もし、雪でも降りそうな厳冬の夕暮れ時に、この唐木田にいたら、身体ごと灰色に凍てつくことであろう。

そして、「ああ、心が寒い」と、つぶやきたくなることであろう。


先の見えない迷宮[編集]

さて、ここまでお読みになっても、なおあなたは唐木田のことが知りたいだろうか? 或いは、唐木田に行ってみたいとお思いだろうか?

前節の証言は充分信用に値するものではあるが、しかしそれでも、真実を探求すべく宿命付けられた一人のアンサイクロペディアンとしては、やはり一度は自ら現地――即ち唐木田を訪れ、そこで目にしたもの、そこで感じた印象、そこで得た情報などを、記事に反映させなくてはならない。

しかし、残念ながら、私のこの探究心も“邪心”とみなされてしまうようで、何回多摩線に乗ってみても唐木田には辿り着けないのだ。


そこで、私は鉄道での到達を諦め、徒歩で唐木田を目指すことにした。

勿論、市販されている地図には、唐木田駅はおろか、その先にある筈の小田急電鉄の車庫さえ載っていない。しかし、国土地理院から盗み借り出した航空写真には、小田急多摩センター駅の先に更に南西へ、荒野の中を700メートルほど線路が延びている様子が、不鮮明ながら確かに写っていたのである。これを更に拡大すると、車両が何編成か留置されている様子も窺えたため、私は、ここが唐木田に違いないと確信した。


8月のある日、私は小田急多摩センター駅に降り立った。小田急多摩線は全線が立体交差(高架またはトンネル)であり、踏切が設けられていないどころか、線路や高架下などに沿って歩ける道も存在しない。しかし、唐木田のあたりは荒野であるはずだから、そのあたりに入れば自ずと線路を視界に捉えることができるだろう――、私はそう考えていた。

しかし、多摩センター周辺の繁華街を出外れると、そこに広がっていたのは荒野ではなかった。

いや、「荒野」ではなかったというのは正しくない。確かに、人の手が入らず荒れ果てている土地だったのだから、荒野といえば荒野には違いないのだが、しかし、私が想像していた“荒涼たる原野”とは違ったのだ。草木も何も生えていない礫砂漠のような風景を想像していたのだが――


実際には、高さ2メートル以上はあろうかと思われる雑草の繁みが、私の行く手を阻んだのである。


私は、前節の証言者の話を思い出した。彼が唐木田を訪れたのは、確か冬なのではなかったか。

今は夏。温暖湿潤気候たる日本において、人間の手が全く入っていない荒野があるとするならば、たとえ冬に草木が生えていなくとも、夏は雑草が生い茂るに違いない。

そして、それは正に、唐木田にこそ当てはまることだったのだ。


行けども行けども限りの無い草叢(くさむら)。右にちらと見える建物は、以前車で訪れたことがある多摩市立温水プールであるようにも思えるが、しかしそれにさえ何故か辿り着けないのだ。

私は草を掻き分けながら線路を探した。航空写真と方位磁針を見ながら、更に歩測で距離を測りながら、私は線路を探した。

しかし、行けども行けども、唐木田はおろか、線路さえ見えて来ない。ただただ私の周りを、上下左右の全てを、雑草が覆っているのだ。時折、遠くに何かの建物が見えることもあり、それを目指して歩いてみたりもするのだが、しかし何故かそれらの建物さえ、いつの間にか見えなくなってしまう。

私は、狸か狐にでも化かされているのだろうか? ――そんな非現実的な考えさえ、思わず頭をもたげてしまう。


6時間は歩いただろうか。日没が近くなってきたので、私は今回の唐木田到達を諦めざるを得なくなった。今まで辿ってきた道は、私が草を踏み荒らすことによって道として見える状態だったため、多摩センターに再び帰り着くこと自体は難しくなかった。
私は失意のうちに、小田急多摩センター駅を後にした。


――また、冬になったら来なければなるまい。


しかしてその正体は[編集]

さて、結局唐木田に辿り着くことはできなかったので、ここからは、唐木田についての巷説や、文献資料からわかること等を記しておくことにする。

そもそも多摩地区では自動車での通勤通学が進んでいるため、唐木田から先について延伸予定がまるでない(22世紀に延伸予定か?)小田急多摩線にとって、唐木田駅は、巨大な袋小路であり、出口のない僻地であり、Final Destinationであって、利用者の数はタカが知れている。情報が少ないことから謎の駅になっても不思議ではない。

また、駅前には巨大な清掃工場の煙突がモクモクと煙を吐き出しており、その煙が視界を遮ってこの唐木田の姿を曖昧なものにしていたのであり、それが神秘的でユートピアのような唐木田駅を演出しているのである。

更に、大妻女子大の女学生たちも、唐木田の謎を深める一端を(意図せずして)担っている。彼女らは、青山とか三田にでも自分たちのキャンパスがあるならともかく、こんな僻地にあることを厭うて、ことさらに自分たちのキャンパスの所在地をひた隠しにしているのだ。

さらに奥には横須賀市にあるYRPに類似した目的の隔離領域と研究施設の存在が確認され、YRP同様の逃亡者と思われる者が確認されているが、精神に異常を来している者ばかりで内部の詳細は不明である。YRPとは運営母体が異なり運営者はAuと思われる。また、施設内で過労死またはうつ病自殺した者の怨霊亡霊地縛霊目撃談などの怪談伝説にも事欠かない。

このような地であるにもかかわらず、小田急多摩線終着駅の唐木田駅は、まだそこを訪れたことが無い者を魅了し続ける。

そこに唐木田がある以上、ずっと魅了し続けるのである。

また、唐木田に無事到達することができた男性をカラキディアン、女性をカラキディエンヌ(カラキジェンヌ)と呼ぶらしいが、未だに該当する人物と会ったことがない。


まさに、知らぬが仏と言うべきであろうか。

関連項目[編集]