喜茂別町

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喜茂別町とは、北海道の後志管内に存在が認められているが、いつ消滅するか分からない町である。アイヌ語で「山にある」の意であるが、特に川が有名なわけではない。

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概要[編集]

喜茂別町は一言でいえば北海道の田舎町であるが、その不憫さにおいてはなかなかのものである。位置としては蝦夷富士の異名を持つ羊蹄山の麓であり、北海道的な景観でいえば申し分ない立地条件である。それに加えてもっとも活発な中心地である札幌にも充分近いなど、繁栄する条件を十二分に持っているはずなのだが、万年赤字の財政破綻寸前状態が続いている。

何故に充分な立地を満たしながら財政破綻の手前まで来てしまっているのかといえば、簡単な話物凄く地味な町だからである。観光名所無し、特産物無し、寄る所が無ければ泊まるところも無し、ついでに言えば駅も無い。北海道民でさえも観光する方法が分からないのである。

特徴[編集]

「特徴がないのが特徴か…」
喜茂別町 について、コウ・ウラキ

この町には驚くほど特徴が無く、大半の道民には通路かシャッター街の廃村か何かと思われている。その特徴の無さ、そして施設の少なさについて触れていく。

何も無いぞ喜茂別町[編集]

まずは名産品と呼べそうなものを考えてみるわけだが、いくら考えても思いつかないし、そもそもそんなものは無い。強いて言えばじゃがいもだろうか。農地ばかりで農家が仕方なく農業を続けているような立地のくせに特産と呼べるようなものは何一つ無いのである。町木はエゾヤマザクラだが別に桜の名所があるわけではないし、町花のインパチェンスに至っては何故にインパチェンスなのかがまったく分からない。インパチェンスはアフリカホウセンカの園芸名であり、その名の通りアフリカの花である。高冷地の花であるため、寒い北海道に適しているのかもしれないが、まったく北海道感が無いうえに喜茂別町にインパチェンスがあるだなんて事を知っている人などいない。

行く場所も無いぞ喜茂別町[編集]

観光面で言えば北海道の市町村内でも稀有と言えるほどに何も無い。もっとも観光地的な場所としては支笏洞爺国立公園が挙げられるが、一応喜茂別に属しているだけで基本的に千歳市洞爺湖町のものと考えてよい為除外して良い。一応は中山峠に美術館や道の駅があり、道の駅のあげいもがそこそこ有名であるが、喜茂別町よりも中山峠自体の方がブランドとして上位であるため、これを喜茂別町の観光とカウントするのは中山峠に対して失礼である。残るは最後の砦となるふるっぷ温泉であるが、源泉が枯渇したため閉鎖されている。1996年に開業して2009年に源泉枯渇、たった13年で源泉使い切ってんじゃねえよという話なのだが、これは喜茂別町の経営下手が良く分かる話である。

仮に有名人の1人でもいれば縁の地として売り出せるのであろうが、生憎たてかべ和也(昔ジャイアン声優をしていた人)くらいしかおらず、何も無い春呼ばわりされた襟裳岬森進一のネームバリューによって知られたような話はまったく生まれなかった。悪いなのび太、俺が作った歌は「おれはジャイアンさまだ!」であって「喜茂別」じゃないんだ。

どうやって行くんだ喜茂別町[編集]

観光も何もない喜茂別町であるが、そもそも交通の便が悪すぎて誰も行かないというのが現実である。遙か昔には一応喜茂別駅なる駅があり、胆振線という路線もあったらしいのだが平成まで持たず、昭和61年(1986年)に胆振線が消えると共に喜茂別駅も消滅した。鉄道の廃止に伴い道南バスによる救済措置がスタートしたが、駅を通過する人間はいてもバスで喜茂別に来るような奴はいないという現実に打ちのめされる事となる(そもそも本数が少なくて帰れなくなるリスクが高い)。

そんな喜茂別町に行くためには自然と北海道の全体がそうであるように車による移動が主流となるのだが、上に記したように何の用事もないため、大半の車がスルーするか仕方なしにセイコーマートに寄るかするだけである。しかしまぁ、国鉄が胆振線をクビにしなかったところで結果は変わっていないと思われるのだが。

じゃあ喜茂別町って何なのさ?[編集]

町の台帳によれば大体2000人以上住んでいるらしいが、言ってしまえば喜茂別町は国道である。留寿都村にリゾートで負け、京極町に名水で負け、ニセコ町にスキーで負け、倶知安町に豪雪で負けた。真狩村には…恐らく何かで負けている。ここには何も無いのです、あるのは国道と中山峠だけです!喜茂別町は道路なんです!

もう森進一に「喜茂別の町は何も無い道路です」と歌ってもらうしかないんだ!

関連項目[編集]