国本京佑

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国本京佑(くにもと けいすけ、1989年1月9日 - )は、ビビンバ遺伝子を受け継ぎ日本で生まれた日本人にして李京佑(イ・キョンウ)の韓国名を持つ在日3世雄のレーシングドライバーである。

実弟の国本雄資(くにもと ゆうじ)はライバル・レーサー。

2008年まで隠していたが、母は日本人にして父は70年代から80年代にレーシングカートで活躍した李好広(り・よしひろ、イ・ホグァン)、父と時を同じく走ったカートの、李好廣(り・よしひろ、イ・ホグァン)は伯父なの。韓国名も秘密にしていたの。

プロフィール[編集]

日本国籍

経歴[編集]

1989年1月9日、神奈川県横浜市にて誇らしく誕生。大韓民国人の血が流れる事を知った重大な記念日と、何時日本国籍を取得したのか明らかにされていない。

競技スキーの敗因は雪[編集]

7歳でカートレースを始めてたが、何かあって9歳(小学校4年生)の時にアルペンスキーを始める。2000年にはSAJ公認ジュニア技能検定1級を取得する。マスターズジュニア選手権GSとは何か知らないが選手権GSで優勝。その後、誇らしくない結果となる。神奈川県在住だから、北海道や東北などが多い地域の選手には到底かなわないのと言ってアルペンスキーを辞める。

当時、体型が表にでてしまうスキーウェアが嫌いで、コーチから「いつでも本番と同じ環境で滑ることが大切だ」と怒られたことが心に残る。だが、「勝つために普段から環境を整える姿勢は今でも役に立っていると思います」と語る。

カートで勝ち負けこだわる気質が育まれる[編集]

雪のせいで気持ちが離れ、マリオカートに興味を持ち、2001年にカート競技を始める。2004年には「全日本カート選手権FAクラス」で同じ東地域の先輩である李康太のポイントを上回って誇らしいシリーズチャンピオ・唐ノなる。 [1]

韓国人の父親が若い頃にヤマハの契約カートレーサーだったことで、身近なフォースの存在に近づいた。父はスパルタではなく「楽しみながら自由に戦うこと」を教育してくれた。

フォースの存在[編集]

2005年、トヨタの若手レーサー育成スクールであるフォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)を受講し、援助金(スカラシップ)を獲得。オーディションで合格となりフォーミュラトヨタにステップアップする。JAFから限定A級ライセンスを貰い、ピッキングエッソ・フォーミュラトヨタ・シリーズ第7戦筑波ラウンドでレースデビューする。

オーディションを自己評価すると、一次オーディションは自信あったが、最終オーディションではいいタイムを出せず、もうだめだと諦めかけていた。しかし、電話で合格を伝えられ、「やった!」と本当に感激した。

本人によれば、「合格の理由は聞きませんでしたが、今思えば、タイムはもちろんですが将来の可能性も採点基準だったようですので、そこを評価して頂いたのだと思います」と、フォースの働きを感じ取っている。

飛天して行く時期[編集]

F1を取る!!

2006年、トヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム(TDP)のスカラシップ生となり、フォーミュラ・トヨタとフォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)の2シリーズを走る。両シリーズとも1度ずつ表彰台に登る。強い・速いドライバー達のせいで両シリーズともシリーズ7位の成績に終わる。

2007年もフォーミュラ・トヨタとFCJの2シリーズに参戦。フォーミュラ・トヨタはときどき弟と一緒に走り、最終的にドライバーズポイント2位の成績を収める。FCJでも弟と一緒に走り、最終戦で3勝目をあげ、シリーズチャンピオンに輝いた。おめでとう。

2008年はTDP契約ドライバーへ昇進。TOM'Sから全日本F3選手権に参戦して第4戦オートポリスラウンドで初優勝を飾り、第14戦もてぎラウンドと第16戦富士ラウンドとでポール・トゥ・フィニッシュを飾りシリーズ2位の成績でマカオGPへの参加を勝ち取る。マカオGPでは予選レース2位からスタートし誇って良い優勝を飾る。[2]またトヨタのaprからSUPER GTに参戦して第3戦富士ラウンドで初優勝を飾る。

フォースの韓国面発動[編集]

国別で競うA1グランプリ08-09シーズンに、韓国名であるイ・キョンウとして、チームコリアから出場する。なお、日本はA1グランプリから撤退している。

A1グランプリは、秋に開幕して春に閉幕する形式で開催されており、チームコリアは08-09シーズンに初参加している。そして2008年10月の開幕戦において、レースカーの尾翼と車体前方左右に「独島は韓国の領土」と刻んで誇らしく出走しており、警告と罰金の処分を受けている。

独島は韓国の領土
最初、予選レース前の午前中の行事では英文で「Dokdo is a territory of Korea」と書いていたが、大会主催側の抗議で使うことができなかった。そこで、ハングルの優秀性と文様の美しさを知らせるお経のような文章と共にハングルで世界に知らせようとしたら、誰も気にしなかったのである。[3]
ウィキペディア在日版日本語版の言い回し
あぁぁあ、ウィキペディアのあああああ
敏感に反応した編集合戦が繰り返されており、チームコリア参加の心境を、「「韓国からは誘いがあったが、(不参加中の)日本からはなかった」と日本チームへの転身に含みを持たせたまま」などと日本寄りな香ばしい在日コリアンにされた。わざわざ「(不参加中の)日本からはなかった」と書き込まれたご丁寧な説明の前に、日本はA1グランプリから撤退して誰も出場しないのに誘われるわけ無い基本的(ウィキペディア日本語版で好まれる用語)な理屈に検閲により削除が出ている。

2008年12月11日、韓国紙で誇らしい大韓民国人父の血(ココ重要)を受け継つぐ紹介記事が掲載された。韓国語は上手に出来ないが韓国への愛国心が強いこと、A1グランプリ・チームコリアでの参戦について書かれている。

恩返し[編集]

家族に対して「僕にできる恩返しは、F1に乗ること」と伝えているように見えるが、実は家族に恩返しだとはっきり言っていない。誰に恩返しするのかは、じわじわとオチが明かされて行くので「乞うご期待」である。[4]

努力は表には出さない主義
表に出せない努力にはフォースの力が含まれる。謎のメンタルトレーナー(指導員)からフォースを学び、適度にリラックスした中に適度の緊張感を持つ自己コントロールが可能になっている。
さらに、レース結果が悪いときに「気持ちをリカバーする方法」があるという。この秘密の方法を使うと次のレースへ向けてイイ感じで気持ちを切り替えれるそうだ。なお、の崇拝については語られていない。

韓流スター誕生騒動[編集]

明かされていないスポンサー様の強制力か、本人の意思か、アレのフォースかなにか分からないが、大韓民国が初参戦するA1グランプリに日本国籍の在日コリアンとして出場することになった。

経緯[編集]

  • 2009年2月3日、中央日報日本語版で、A1グランプリ08-09シーズンの開幕戦で「独島は韓国領土」と書いたマシンに座ったことにされ、在日コリアンである事が公開される。[5]
    • 同日、ブログが炎上しかける。
    • 同日、ウィキペディアで「在日3世」と「韓国名」が初公開される。編集合戦スタート。
  • 2009年2月4日、ウィキペディアで「在日韓国・朝鮮人のスポーツ選手」にカテゴライズ。
  • 2009年2月6日、ブログで2月22日に開催されるA1グランプリ南アフリカ戦へ、韓国チームの「A1 Team Korea 」よりスポット参戦することを報告。[6]
ミソは、マカオGPの後、韓国A1 Team Koreaからオファーがあったところと、「A1GPへの参戦は韓国チームからなので韓国名表記の「Kyoung-Woo Lee」のドライバーネームで参戦しますが、今後も日本人として日本のレースを中心に活動を続けていきます。」というあたりになる。

記憶喪失[編集]

ブログ内のコメント類が記憶喪失になっている。

2009年2月4日、帰化した在日3世と名乗る人物から書き込まれたコメントが無かったことにされる。

中途半端なことはするな! [2009年2月4日 1:47]
俺は帰化した3世だ。あんたのような中途半端な存在の帰化人が大嫌いだ。俺は日本で生まれ日本で教育を受け、日本の友人が殆どで、韓国語も分からないし、韓国という国に嫌悪感しか覚えない。だから日本に帰化した。俺は日本人として生きる事で日本に貢献し、韓国と日本が戦争をすることになってもだ日本のために戦う覚悟がある。もちろん、韓国のイメージが悪いから嫌韓の日本人に色々言われることはあるが、俺は反論もせずに相手の言葉をじっと聞いて我慢している。はっきりいって、俺が逆の立場だったら同じような事を相手に言うかもしれないからしょうがない。そしてそういう運命の下に生まれたのだからもがいてもしょうがない。とにかく、日本に帰化したなら日本の利益のために行動しろ。それができないなら南北朝鮮人として朝鮮半島で生活しろ。

この主張は、韓国姓を持ち続けることは悪の枢軸国との関係性を切っていないというすごく重要な指摘である。極端であるようだが大韓民国人は、偽装模造捏造、脅迫、何でも姦る、目的遂行の為には加害者意識無くして殺人マシーンに成り平常時は被害者を装う日本人と正反対な人間に育てられていることを忘れてはならない。成り済まし魔法を使う韓国人の本質を知る韓国系日本人にとっては、韓国とすっぱり手を切り極論化しても信じて貰うことが非常に難しいカルマを背負っている。

誇らしき大韓民国において、このような主張をする人物は以下、の足以下の身分にカテゴライズされており、日本人なのに親日派という称号を与えられる。更に、書き込みが偽者だろうが本物の在日3世だろうが関係なくして悪用するのが朝鮮人のモットーである。日本においては、朝鮮半島に強い気持ちを置く人達は人権差別に精を出し同和問題がなくならないよう日々努力している。

在日コリアン・スタンダード[編集]

韓国人の人間性に基本的な問題が多過ぎて韓国系である事を知るとカルチャーショックが大きい。日本の悪口だけでも韓国に比べレベルが桁違いに低すぎている[7] 。韓国規格に準拠した在日コリアンの標準装備は検閲により削除 嘘を嘘と見抜かせない為に努力する世界最高水準の詐欺師だったりする。嘘はフォースの韓国面に落ちていく「土台性」を築くことになる。そして自覚なき工作員から自覚ある工作員へと覚醒する。

背景にフィクサーの影がちらついている国本京佑は否応なく韓国名を公開されてしまったことにより、ズシリと重い足かせが付けられ、現状維持では自由の幅がぐ~んと狭くなった。また、韓国紙では祖父の出身地名が公開されたことによって、金寄こせ式典の開催予定が暗黒の了解で加速している。いずれチームコリアから参戦するので遅かれ早かれのフォースである。

自動的に在日コリアンのアイドルに昇格し、これから実弟の国本雄資と共に活動が評価されることになった。在日コリアンスターは、悪の枢軸国による呪縛に捕われの身となり、知らず知らずのうちにマインドコントロールによって祖国の為に利用されよう。もしも、日本と韓国が国交断絶になれば移民志向がめちゃくちゃ強い韓国人達は彼に平伏するだろう。そして在外同胞は祝福の鐘を鳴らす、かも知れない。

二重国籍[編集]

日本と韓国と国本京佑との関連性[編集]

2009年1月1日から日本国籍のバーゲンセール開始されており、魔法の呪文『この人日本人です!』が使用可能になった。一部のチョッパリ共が偽装認知防止策強化などと物議を醸している間に合法的なひらりマントを使用可能にする二重国籍を寄こせと脅迫しているので、可決するとご都合主義で国籍を変える魔法が使用できる。

日本の国籍にすごく興味を持つ韓国はものすごい素早い対応をしている。海外で活躍する優秀な在外同胞に対して二重国籍を容認する方針を2008年4月頃から定めており、韓国政府は2008年12月29日、祖国の為になる人という条件付きで二重国籍を認めると明らかにした。[8]

乞うご期待。

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]


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