国鉄419系電車

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フランスパンがないなら、食パンに乗ればいいのに」
国鉄419系電車 について、マリー・アントワネット
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国鉄419系電車(こくてつ419けいでんしゃ)とは、北陸本線に走っていた食パン食料輸送用貨物兼旅客電車である。 以下、この国鉄419系電車のことを単に419系と記述する。食パン電車の愛称があるので車体が食パン製。

登場までの経緯[編集]

419系は、国鉄末期に「明日の食料品を買うお金さえない!!」という状況に対応すべく、

「だったらあまり特急電車として使えなくなったいらない子を改造して、普通電車にでもすればいいんじゃない?」

という設計コンセプトのもとに世界初とされた昼夜兼行の寝台特急電車が、ところかまわず3両単位で切り離されたのがその始まりであった。

同様の改造を受けたものは北陸地区に限らず、東北仙台近辺地区や九州福岡近辺地区でも見られた。こちらは、編成に関しては4両編成を基本としたという違いがあるが、直流区間に走らせることを一切考えていなかったので、わざわざ直流用の機器をはずしてしまい、しまいにはパンタグラフまで一部はずされて交流専用車として国鉄715系電車を名乗っていた。が、715系は後述する理由(「列車の評価」の項目を参照)とほぼ同じような理由で、1998年に人間たちの手によって狩りつくされ絶滅。 一方、419系もパンタグラフを1個奪われたが、交流・直流電化区間両方を走る必要があるため、715系ほどの改造手術は受けなかった。この形式についても、本来は改造を受けて、

「せいぜい10年程度で新車が入るまでの間、そのつなぎでいいんじゃない?」

とは言われていたものの、全車健在なまま21世紀を迎えてしまった。国鉄583系電車だった時期よりも、419系として走った時期の方が長いという状態が続いていた。さすがJR西日本

生息域と分布[編集]

左に見えるのが419系。右は将来N419系へ改造される予定の特急電車。

JR西日本北陸本線敦賀~直江津間(特に富山~糸魚川~直江津)でその個体が目撃されやすかった。

1996年までは金沢所属だったため北陸線の全線や湖西線の近江今津以北で幅広く運用されていたが、その後敦賀へと追いやられたため、福井以南と富山以東での運用が主になった。

中には2本くっつけて6両編成で運転されるものがあったり、福井駅始発の直江津行きという超距離運用もあり、とりわけ18きっぱーには可愛がられていた。

列車の特徴[編集]

この電車の特徴で確実に欠かせないのが、その外観だろう。先頭車は、真ん中にあったキリッとした眉毛をとられ、前面幕を埋められた「なんちゃって特急顔」のものと、確実に中間車両の平面でちょん切っただろうと素人でもわかるような部分に、無理やり運転台を作られた「お世辞でないとカッコいい」と言えない形態のものがある。特に、後者は通称「食パン」と呼ばれており、これらはどれも理不尽にも、夏はクソ暑い北陸地方で大阪方面に向かって1両めにだけ配置され、こちらの全車両が弱冷房車として運転している。一方、直江津方面の顔は、後述の理由によりこのしょくぱんぱん顔で完全に統一されている。このデザインは、後に登場する「オレたちひょうきん族」の見本になった。

これは、この電車が食パン輸送車であることを目印にするためであり、通常冷房車の直江津側にそれを積み込み、輸送中のパンが暑さで傷まないように配慮されたものである。しかし、それでもつまみ食いする乗客が後を絶たないため、食パン食料輸送を行わない時には、わざとらしく冷房を故障させることで、居住性を悪くするようにしている。ちなみに編成は、国鉄電車にありがちな、モーター車2両で1組に加え、先頭の1両は運転台のみのものが基本の3両編成(2M1T)である。

車内は、583系だった頃の威光を面影としてどころか原型をとどめており、今でもドア付近以外の固定クロスシートの上には上段ベッドがそのまま残っている。それゆえ、乗っていると頭上に妙な圧迫感を感じさせ、「使わないなら全部はずせよ」とか、「照明が暗くて雰囲気が悪い」などと地元民は思っている。空いている区間では、窓も一見曇りガラスなのではないかと疑うほど汚れた状態でほぼ原型を留めているので、座れれば好評なようだ。逆に立っていると、今度は明らかに天井の高さが気になるかもしれない。それ以外、車内のスペースのあらゆるところに無駄な壁や、はずして座席にすればいいのに使えないようにしてしまったトイレ個室が常時施錠されて「業務室」などと称して、開かずの間になっていることでも有名である。この便所個室跡に食パン輸送の倉庫として使われているのかもしれない。事実、高岡市を通過するこの電車だから、ドラえもんのゆかりを受けていても不思議ではなく、それを裏付けるかのごとく、短編のドラえもんでもトイレと冷蔵庫を一緒にしたという話があるので、やはり輸送用食パン倉庫として使われていると考えていいだろう。決してそのパンを食べたくはないが

なんと固定ボックスシートには、暑さしのぎのために旅客サービスとして現役で栓抜きが必ず標準で1カ所付いている、というより残されている・・・というより放置されたまま残されている。この電車に乗るときのお作法としては、あくまでも飲料水はペッドボトルなどではなく、どう考えてもこれより重量と荷物の場所を取るビンによる飲料が推奨されているのであろう。だから、わざわざその使用方法を説明した表示プレートまで残されている場合がある。だが、ビンタイプの飲料水を(ビール類を除けば)キヨスクなどの売店で売っているのを見たことも、そしてこの栓抜きを利用している人もいまだかつて見たことがないというのは内緒である(ただこのプレートに関しては、最近の悪い大人の事情で不自然に盗ま・・・いや撤去されているものも多い)。

あとJR西日本においては、419系も含め、別にこの国鉄承継により残された電車に限ったことではないが、良く車内を観察していると、ありとあらゆるところで国鉄のエンブレム(JNRマーク)や「国鉄」と表記が入ったゴミ箱などを見かける。それに、電車外側にある連結部に目をやると、国鉄民営化を迎えて20年以上経った今でも、未だに「日本国有鉄道」の銘柄板が残されているので、本当にJR西日本がこの電車を承継したのかについては少なからず疑わしい。

なお都市伝説では、この寝台設備が眠っているところには数多くのGとその住処も一緒に眠っているのだという話が実しやかに語り継がれている。

この列車のあまりの素晴らしさから、当該列車が「迷列車で行こう」という動画が作られている。

列車の評価[編集]

419系は、普通電車としてはかなり広い対面式ボックス座席を備えているが、それが仇となって全体の座席数が少なくなってしまい、増設されたドアも583系をばっちり踏襲した小さな出入り口のため、遅延の原因ともなっている。
実際のところ、テスト帰りの学生がたくさんいるときはかなり混雑。
更に583系原型のクハだと定員が70名のため、高確率で座れない。そして狭いゆえに「『車両中ほどまでお進みください。』と言っても無茶だっての。」状態に必ず陥る。
それに、人気の高いボックス座席は1両単位で見れば、決して多くない。それゆえ、身も蓋もないことを言えば、長距離利用者には愛され、地元客には邪魔者扱いを受けている。このことから、駅で待っている利用客(特に金沢駅近郊の周辺駅)の表情をこの電車から見ることで、沿線客かそうでないかがわかるので、419系は、別名「地元民判定電車」と言われている。鉄道教徒の間では、乗車宗の一部や、特に音響宗には特に「クモハ」か「モハ」と表記された直江津・新潟側の2両が人気が高いが、多くの乗客にとっては、これらの車は速度の割にクソやかましい電車だと思われている。だから、あえてこの電車のモーター車両を選ぶものは、2通りの意味でM属性であるといえる。

701系よりマシ」とか、「いやこっちのほうがやだ」とか、不毛な議論になることは青春18きっぷユーザーと地元民の間での挨拶代わりとなっており、これについてJR西日本は走行中の爆音で聞こえないフリを決め込んでいる。

魔改造ローレル賞第1回受賞車両[編集]

この列車は迷列車友の会の第一回魔改造ローレル賞受賞車両である。食パン顔が評価点とのこと。


列車の性能[編集]

営業最高速度:100(km/h)
走行可能区間:直流(1500V)・交流(20000V;50・60Hz)

全車両がJR西日本福井支社という金沢支社から独立したトンネル会社(秘密結社)が所有しているため、表記に「金フイ」と書かれている。が、「こんな車では客が逃げて金をフイにするという意味だ」とする説が濃厚である。419系から1両減車されて、立ち客が余計に目立つようになってしまった後継の521系を見ていると。

基本編成が3両なので、ワンマン運転が出来ないとされている。583系時代とギア比を変えてあるので、低速での加速重視にしたとか。それを元に戻して適当にいじると、種車であった583系とほぼ同じ構造制御とも言える485系が青函トンネル内では140キロ出している実績もあるので、加速が悪くなっても160キロは出るのかもしれない。きちんと停車できるかは保障しないけど。これを応用すれば、ネコ型ロボットの生みの親である著名人の故郷を通りながら、そこで生まれたの手を借りずとも、ある科学者が開発した次元転移装置を取り付けることが出来れば、140キロに達した時点で過去や未来にも行けるのだろう。

兄弟であった715系が福岡地区や仙台地区に居たことから、細かい突っ込みを抜きにすると、架線さえあれば485系と同様に、同じ狭軌電化された日本各地をどこだろうと走れるやれば出来る子なのだ。これが登場時に「ひょうきん電車」といわれた所以である。決して先頭車両がアレだからではない。・・・はず。

そして終焉へ[編集]

このように賛否両論がありながらも改造されてから20年以上酷使され続けてきた419系だったが、まず2006年に敦賀がアーバンネットワークに仲間入りした頃に最初の廃車が発生する。このときの廃車車両は急行「きたぐに」に使用されている583系の生贄として捧げられた。

そして2010年に北陸線にとって44年ぶりの新型車両となる521系が登場すると、国鉄形電車王国・國鐡金澤の崩壊が始まる。この419系は真っ先にターゲットにされた。遂に2011年3月、小松以西が國鐡金澤からJR西日本・金沢支社へと生まれ変わるのと同時に419系は線路上から姿を消した。

賞味期限が切れて粗大ゴミとなった419系は次々と松任に送り込まれて重機のエサとして捧げられた。消化された後は583系の部品として使われたり、北陸鉄道富山地方鉄道が部品を再利用したり、鉄くずが中国などへと送られたり…。

2012年には最後まで残っていた3両も松任に送り込まれ、419系はすべて姿を消した。 ちなみに最後に残っていた3両は粉々に粉砕され、パン粉としてこの国に売りさばく予定である。

関連項目[編集]