国鉄711系電車

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
鉄分過剰
このページには鉄分が過剰なので栄養のバランスが崩れています。
DHMOの摂取やバランスの良い食事をすることを心がけ、鉄分が偏らないように注意してください。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「国鉄711系電車」の項目を執筆しています。

国鉄711系電車(こくてつ - けいでんしゃ)は、国鉄初の量産交流電車である。北国初の国鉄電車は動物たちの行き来も便利にしたとか。

概要[編集]

当時の国鉄は貨物と荷物偏重体質であり、そのため、ローカル線での旅客列車は、地域の交流なんぞ無視して、荷物の集配を隠れた目的とした超長距離の鈍行普通列車を一日に数回だけ走らせる汽車ダイヤで運行されていた。国労などによるモラル低下も著しく、夜はさっさとのシャッターを下ろし、休日は極端に列車が減るため観光客が路頭に迷うなどの問題があった。電化区間を見ると「札幌近郊は直流電化区間がない[1]上、電化区間も孤立しているから新車には直流機器いらなくね?」ということもあり投入されたコンビニエンスな電車である。

試作車[編集]

この電車は試作車2両編成×2本が作られた。国鉄電車による短編成高頻度運転の嚆矢であり、その後國鐵廣島など全国に広まった。列車の本数は大幅に増加、「あいててよかった」のキャッチフレーズと共に、終電は午後11時ごろまで延長された。試作編成の片方は二重窓でもなく、かつ4枚折戸という明らかに北海道仕様ではない状態で投入したため、結露はひどいわパウダースノーが巻き込むわ扉は凍りつくわでトラブルが相次いだ。「あいてよかった」である。その後の北海道向けの国鉄形JR北海道の車両に両開きのドアや折戸タイプのドアがないのはこれで懲りたから。たぶんね。

運用[編集]

1968年(昭和43年)の運用開始後、どんどん電化区間の普通列車は赤一色に染まり、乗った者は勇者といわれるほどであった。初期の午後11時終電から、のちには終夜運転(24時間営業)が一般的となった。

駅間の長い北海道の路線に特化したため最高速重視で、発車時の加速はゆったりしたものであり、急行形車両なみのシートピッチと二扉デッキつきの構造もあって長距離移動では非常に快適。国鉄電車では711系だけにしか使われていない制御装置のおかげもあって、加減速時の不快な衝動もない。711系、いい気分。

店内ではコップ酒をあけたり、おでんや肉まんを食べるなど、地域住民の交流に大いに役立つ交流電車となっている。年賀はがきや暑中見舞いはがきも扱っている。ただし、熊の行き来が良くなったり、熊身事故や鹿身事故も増加したとか。狐はいいがは乗車禁止。

北海道では鉄道車両の冷房化が遅れ、ついには窓が開かない非冷房車という頭のおかしくなってきてる車両が出現し、アイスの冷凍ショーケースに侵入するなどの不祥事も起きた。あえて言おう!カスであると!711系ではそのような問題は起きず、のちに一部が冷房改造された。

外観[編集]

711系

見た目はキハ56113系電車の頭をくっつけたような姿(実際は113系といろいろと違う)。登場当時の車体色は、前面の一部がクリームで車体は全体的に赤という415系の旧塗装そっくりだったため「常磐線の電車が北国に現れたぞ」という勘違いが広まった。後にレンガ模様の真っ赤な車体に、緑と白の帯を巻く。業績の向上から、駅前のデパートまで赤青のハトマークから711系のロゴに置き換えられている。

寒冷地のため2扉デッキつきである。ドアは上記の通り故障の多い折り戸、のちに片開き。しかも客車列車にも劣る加速のため、しばしば発車したあとの列車で銀河鉄道999ごっこが行われた。ついには、ホームを走りながら「メーテルぅー」と叫ぶ麦わら帽子にマント姿の子供がホーム末端柵に激突する事故が起きた。後に量産化改造で客用扉の故障が減ったことから、このような問題は起きていない。

晩年[編集]

JR化後、721系731系といったステンレス製の電車が投入され続けると、711系はどんどん数を減らし続けた。その原因としては、JR製の電車との併結が出来ない、加減速が遅い、気動車キハ201系より性能が劣る、2ドア車と3ドア車が混結している編成があって駅の乗車位置を揃えられない、札幌郊外ではこの車両が原因で空気輸送状態が続く、などが挙げられる。このように、JRからは邪魔者扱いされていた。かつてはあのキハ40系よりは遥かに性能が良かったが、エンジンの一新やワンマン改造車の続出によりキハ40系より劣る役立たずな電車となってしまった。

そんな711系も、北海道では、観光客向けとして北大のポプラ並木でっかいミルク缶をロゴにした青い電車オレンジ一色の電車緑と青の西武車に押され、2015年3月14日ダイヤ改正でついに引退。お疲れ様でした。711系引退後に北海道を走る国鉄形電車は「白鳥」で使われていたJR東日本所有の485系だけとなっていたが、これも北海道新幹線開業直前の2016年3月21日に廃止された。

その後[編集]

引退後、大半は解体されたが栗山町のレストランに先頭車2両が放置保存されている。

脚注[編集]

  1. ^ 過去には定山渓鉄道と言う温泉電車が2代目北海道鉄道(現・千歳線)を我が物のように直流電化して国鉄苗穂駅まで乗り入れており、その後北海道鉄道は国有化されて電化の最前線は自社の豊平駅東札幌駅の間まで押し戻された。

関連項目[編集]


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「国鉄711系電車」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)