土屋賢二
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
土屋 賢二 (つちや けんじ) は、嘘付きを多く輩出している岡山県生まれの哲学者、粗茶の水大学教授。好きなものは白湯で、嫌いなものはギョーザ定食を横取りする人。誤りを多く含んだ上に日本人を堕落させ、教育の目的と反する本を書き、出版するたびに周囲の信頼を失い、大量の売れ残りを抱えている。主な著書は『われ笑う、ゆえに我あり』など。土屋賢二哲学論文集全百巻の執筆を断念中。ただし、近々土屋賢二ユーモアエッセイ集全二十巻の執筆を断念する予定。愛称の「ツチノコ教授」からわかるとおり、一般にツチノコと混同されている(両者には「存在が疑わしい」「写真写りが悪い」などの多くの共通点がある)、あるいはツチノコである。メガネが伊達メガネなのは、レンズを入れると見えないためである。
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[編集] 略歴
幼い頃から成績優秀で、将来はエリート官僚になると周囲から期待されていた。しかし、棚が治らないことを熟考しているうち、深い哲学的考察を得てしまう。そこから誤解が生じ、紆余曲折を経て、結局哲学者になって現在に至る。
哲学者であるがゆえに、彼の人生は多くの過ちを含んでいる。最大の失敗は棚が治らないことで、2番目は哲学者になったこと、3番目は結婚したこと、である。このほかにも(少なくともあと23の)過ちを犯している。
[編集] 人物
ここでは、ツチヤとはいったいどのような存在かを考える。
作中では「コーヒー」という言葉でたとえ話を行っている。「コーヒー」という言葉を知っているため、少なくともコーヒーを注文する能力を有している。同じように「ギョーザ定食」という言葉を知っているため、少なくともギョーザを隣の席の人にとられてしまう可能性を有している。
「無人島に1つだけモノを持っていくとしたら何が良いか」という問いに対し、「東京都」を回答候補に挙げた。このことからツチヤは東京都を持ち運ぶことが可能か、少なくとも可能だと信じていることが伺える。ツチヤが本当に人間なのかが疑わしくなってきた。
また、著作中で「助手は白湯しか入れない」と言っていることから解るように、助手からは白湯が飲める存在だと理解されているようだ(あるいは、白湯を出すと、湯飲みがキレイに掃除されて戻ってくると理解されている)。
[編集] ツチヤに対する誤解
ここでは、ツチヤに関する様々な誤解について述べる。
作品中で、助手が白湯しか出さないから不満だという風に書かれているが、これは誤解である。実際は白湯を好物としている。
広く知られた誤解には、「ツチヤは貧相である」というものがある。これも誤解である。まずツチヤは写真写りが悪い。そのため写真はとても貧相に見える。次に、実物を見ても写真そっくりに見えてしまうなら、その人は人を見る目が無い。見る目を持つ人がツチヤを見たのなら、ディカプリオそっくりの貧相な紳士に見えるはずである。さもなければベッカムそっくりの貧相な紳士に見えるはずである。
[編集] 評価
著作は「枕にちょうどいい」「睡眠薬より効く」と絶賛されている。ただし、本として流通し、本と一緒に書店に並んでいるので購入するには書店を探す必要がある。入荷している本屋は本を見る目が無い。また薬局の店員も本を見る目が無い。本屋で見かけた場合、手にとって、そのままレジへ持っていくことをおすすめする。読むとツチヤが信用を失うことになるので読んではいけない(読まなくてもツチヤは信用を失う)。買いさえすればいい。それが不満ならもう1冊レジへ持っていくべきである。
なお著者の好意により、読んでどうしても気に入らなかった場合は返本を受け付けている。出版社宛に本と5千円札を同封することで、本の代金が返金される。
[編集] 論文
- 数学的帰納法による禁煙の有害性の証明
- 棚が消滅する可能性の検討
- 油揚げのイデアについての考察
[編集] 著書
- われ笑う、ゆえに我あり
- 我大いに笑う、ゆえに我笑う
- 我あり、ゆえにわれ笑う
- 猫とロボットとモーツァルト
- 猫とロボットとモーツァルトのロボット
- 絶対に儲かる本(著者が)
- 私はディカプリオじゃない
[編集] 注意
上記の記述には多くの誤りがあります。真実を確かめたい人は本を買うなどしてツチヤについて調べましょう。そうすればツチヤがいかに疑わしいか(いかがわしいか)が分かるでしょう。
[編集] 外部リンク
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