埼玉西武ライオンズの選手一覧

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埼玉西武ライオンズの選手一覧は、埼玉西武ライオンズに所属している選手・監督・コーチ・スタッフの一覧である。

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Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「埼玉西武ライオンズの選手一覧」の項目を執筆しています。

投手[編集]

先発[編集]

今井達也(11)
2016夏甲子園優勝投手。ナベQ、西口、岸と続いた細身エースの系譜を継げるか。
1軍キャンプ抜擢も関節唇炎症から2軍生活。
2018年にパチンコ(機種はバジリスク)で喫煙してる姿を週刊誌に撮られ、5月まで対外試合にて投げるのを禁じられる。6月に対スワローズ戦で先発デビューをし、初勝利を掴む。なお、スワローズ応援団からバジリスクチャンテを流され煽られるという拷問を受ける。
高橋光成(13)
2013夏甲子園優勝投手。
背番号17。
高校時代はオーソドックスなフォームだったがいつのまにか忙しないフォームに…
ルーキーで史上最年少月間MVP獲得。
西口さんの引退試合でグラブを受け継いだ。13番の後継者だが、制球に難あり。継承までの道は遠いと思われていたが、2019年より継承した。
多和田真三郎(18)
ドラフト時、「囲い込みじゃないのか?」と疑われた。
投げる浅村。そっくり。
2018年、最多勝投手となった。(防御率はクソ悪いのに。)
十亀剣(21)
2011年ドラフト1位の社会人右腕。強化版館山とか。絶対藤岡行くよな競合だよなまさかナベQの奇跡三度か!?と言う大方の予想を裏切っての1巡目での単独指名成功。周りから「堅実で良いピッチャーを取った」と言われる一方「逃げたか」「クジ引けよ」「逃げんなよ」的なコメントもちらほら。
名前が厳つええ。「じっかめけん」でも「じゅうかめつるぎ」でもありません。ドラクエでそんな剣、終盤の街で売ってそうだけど。「とがめけん」です。一つ良しなに。
調子のいい時のストレートはたいへん魅力だが、セットポジションで球威が急落するという致命的な弱点を抱えている。
投げてみないと分からない「宝くじ」「十亀くじ」呼ばわりされている。
なおホークスの松田とは相性が悪く、被打率6割を超え、ホークスファンからは十亀が先発投手だと喜ばれる。また、二人は前世で何かあったのでは?とSNS等で言われる。(松田と亀はお家芸。)
内海哲也(27)
FAした炭谷の人的補償により移籍が発表された時、G党が泣いたという物凄い人物。こんな田舎球団に来ていい人物では無い。兎に角、スターである。最多奪三振、最多勝利、ベストナイン、最優秀。こんな投手、ライオンズにはいなかった(泣)。
2019年オープン戦にて移籍後初先発。同じく人的補償でカープに移籍した元同僚である長野をサードゴロで打ち取る。しかし、軽度と言われるが、怪我により出遅れている。
ファビオ・カスティーヨ(47)
最速166km右腕という地雷臭極まりない触れ込みで入団。
懸念通りのカタログ詐欺で最速155km止まり
コンスタントに150kmを超えるストレートでグイグイ押しまくり、自前の外人先発投手としては張誌家以来の当たり気配。
課題は100球に近づくと見た目にも落ちてくるスタミナ…。

先発兼中継ぎ[編集]

小石博孝(29)
2011年ドラフト2位の社会人左腕。かなり変わったフォームが特徴。完全に牧田で味占めた
愛情を持ってお菓子を作るという男らしからぬ趣味を持つ。そして俳句を得意にしている。
2012年9月26日には牧田→小石→大石→松永→長田→ウィリアムス→岡本篤の「存在しうる投球フォームの盛り合わせ幕の内」リレーが実現。
最近の成績はピリッとしない、そろそろ正念場。
榎田大樹(30)
岡本洋介とのトレードでやってきた虎の元中継ぎエース
谷間の先発やロングリリーフ等、岡本洋介と同じ役割を担っている。

中継ぎ・抑え[編集]

下記の俺達と違って他球団のリリーフ投手と遜色がない人たち。大半が先発からの転向組であり、俺達から這い上がったのは過去1人しかいない。ちなみに2年以上活躍するものはほとんどおらずまた俺達に戻る人たちが後を絶たない。 そんなわけで現在絶賛空きポジション状態です!

増田達至(14)
2012年ドラフト外れ1位。
いきなり肩痛で出遅れも6月に復帰してからは使い潰す勢いでフル回転。
案の定、2014年も肩痛で出遅れ。復調した頃には西武のシーズンは終わっていた。
基本的にストレートゴリ押し。スライダーを投げるとヒヤヒヤ
高橋朋己(43)
2013年、シーズン最終盤に崩壊したリリーフ陣を救ったルーキー。2014年からは守護神となった。
サイドから内角をえぐるストレートは、他球団の中継ぎを見ているよう。
俺達化して死球を連発しないか、心配。
2015シーズン終盤に骨折、2016はトミージョン手術でほぼ全休、2017は夏までお休みです。2018も開幕早々に肘を痛め全休予定…
2019年からは育成契約。

俺達[編集]

元甲子園のアイドル1.5軍選手を大量生産して逃げやがった…さらに、92年の沢村賞が二軍投手を焼け野原に…幹部が次々引退し、俺達存続の危機に。

大石達也(15)
三代目俺達総帥
ナベQが残り籤で1/6を引き当てて入団した期待の星。あだ名は達っちゃん
早大時代を見れば抑え専門で行きたいが、柳瀬や久米を酷使し潰した球団(当時の投手コーチは現西武の一軍投手コーチ壊し屋無能の杉本正)という反面教師の存在により、先発候補に。
背番号15の前任者は大沼幸二。
2013年5月9日のロッテ戦。満塁策をとりサヨナラワイルドピッチというどこかで見た光景を再現させ、長い間該当者なしだった総帥の座に就任。
最近は2軍でも普通に打たれている。と思ったら1軍では結構抑えてる。
特徴は打てそうで打てないマジカルストレート。連投すると魔法が解けるのが玉に瑕。
武隈祥太(48)
年上女性からモテそうな「かわいい」顔をしている。
高校の先輩の遅球王が目標。
130km/hのストレートで空振りを奪えたり、チェンジアップがよくキレるので、スローカーブをマスターすれば遅球王2世の称号を得られる…はず。
西武ではスーパーマンだった相手監督を「何だよ!くそ、つまんねえ!」「武隈…中継ぎだろ?」とブチ切れさせた。
一時肘を怪我していたが、現在はロングリリーフ要員として酷使されている。

その他投手[編集]

本田圭佑(45)
サッカーのあの人と同姓同名。顔は秋山翔吾似。
U23侍ジャパンでエース級の活躍でファンの期待値急上昇。
郭俊麟(69)
台湾枠。
来日当初は期待されたが鳴かず飛ばず。

捕手[編集]

森友哉(10)
何故か一本釣りできた高校No1キャッチャー。
安心の大阪桐蔭ブランド。
高校通算41本塁打の「打てる捕手」だが、この手のタイプは垣内大成ハゲG.G.と片っ端から野手転向させてきた歴史がある。
西武編成部のコメントが「野球センスのあるナンバー1スラッガー。身体能力も高く、将来ライオンズの中心選手となる逸材。」と、まるで外野手のような評価なのはお察し下さい。
小さな体からとてつもない打球を放つ逸材だが、自動車免許試験3連敗と頭脳面に不安を抱えている。
炭谷銀仁朗(27)
炭の谷に住んでる人。が大好き。レイザーラモンのあの人とは遠い親戚。
好調時は金仁朗、さらに調子が良い日はプラチナ仁朗に進化するが、最近はもっぱら錆仁朗と呼ばれている。
実家が畳屋など、リアルドカベンの経歴を持つ男。
阪神タイガースあの人に憧れるあまり、しぐさやバッティングフォーム、淡白な打撃までも真似し、涌井といっしょに何かすごい賞をもらった模様。
2011年、福岡に逃亡した若頭に代わってついに球団の正捕手になるも、オールスターで炎上する武田勝に対するリードが悪すぎるとボヤキの爺さんボールに呪文を唱える人、そして解説者とファンにまでもそのリードを酷評される。その後怪我しちゃったのでもう勘弁してください…
2012年は開幕からやたらと盗塁を刺しまくり、4割を超える盗塁阻止率と1割を超える打率を記録し、金色のグラブをゲット。
2017年中盤あたりから高校時代の打撃を思い出したのか打撃面でも活躍中
岡田雅利(37)
2014年入団。忘れられがちだが大阪桐蔭出身。元・中田翔の女房役。
二軍での控えとしてベンチを温め、一軍では三番手捕手としてベンチを温めた。
一二軍出場試合数の合計が37。引退間近のベテランのような使われ方である。
同期で高校の後輩の森からはタメ口。完全になめられてます。

内野手[編集]

浅村栄斗(3)
高3夏の甲子園で大阪桐蔭の1番打者として走攻守に活躍し打率.552・2本塁打の成績を残し優勝に貢献したのに、なぜかドラフト3巡目まで残っていた。
ナカジの後釜候補としてキャリアを積むが、ナカジがショートから離れないので、レフト、ライト、ファースト、セカンド、サードと守備位置を転々。
ナカジが故障でスタメンを外れても、永江恭平と原拓也がショートを守り、浅村はセカンドとファーストへ。
そしてナカジが2013年にアメリカへ渡った頃、浅村は4番ファーストでおかわりの穴を埋め打点王を獲得。
最終的にはセカンドに落ち着き、背番号3を背負い、キャプテンとなった。
源田壮亮(6)
アマ時代はトヨタの9番。ドラフト評では「守備走塁は即戦力も打撃が非力」と永江を増やしてどうすんねんと言われたが
キャンプ中の西武式魔改造によりコンパクトながら鋭いバッティングを手に入れ、56年ぶりの新人開幕フル出場を達成し新人王を獲得。
ナカジ後の延々と続いたショート争いに終止符を打った。金子の彼女…だったはずだが、元乃木坂46と熱愛発覚。
永江恭平(32)
甲子園水増しスピードガンで149km出した強肩ショート。
2012/7/16の日ハム戦、9回裏の1死満塁から守備固めでサードに登場。プレッシャーのかかる場面できっちり打球処理。原より余程守備固めに向いてると思った人は多いだろう。
浅村をファーストに追いやり、ナカジがメジャジとなった後のショートに入ったが、あまりにも打撃が乏し過ぎてレギュラー出場は少ない。
打撃が一向に向上しない。上田浩明化している。
山川穂高(33)
2代目おかわり候補。というか2代目おかわり。
2017年夏についに覚醒。
3ヶ月連続月間MVPで今日もステーキをおかわり中。
HR後の一発芸がゆりやんレトリィバァからどこぞの力士から伝授された「どすこい‼」に変わった。
中村剛也(60)
おかわり。
三振のし過ぎで二軍落ち……も今は昔。現在は立派に中軸を打ってる。足が速いのはもう皆知ってるが、それでも急に走られたりするとハラハラする。
彼に統一球は関係なく、導入後両リーグ最多の75ホームランを放っている。
近年は怪我が多く休みがちで調子も不安定だが、いるといないとでは大違い。
2013年シーズンは手術後のリハビリで半休しました。
2014年に復帰したら即HR王。途中入団のメヒアが注目されているが、こちらも30試合以上欠場するなかでのタイトル獲得である。
エルネスト・メヒア(99)
コールは何故かアーニー。思い出のアーニーを先取りした助っ人。
6月加入ながら驚異的なペースでスタンドに放り込みホームラン王獲得。
頼りになるメシアだが、翌年は太って来日しシーズンの大半は扇風機と化した。
2015年オフは編成部からのメール攻撃による体重管理を課せられた模様。

外野手[編集]

栗山巧(1)
下手に手を出すと逆襲を食らうので十分注意。
豚コーチこと大久保博元から散髪指令を受け、伸ばしていた髪をばっさりと切り落とした。が、伸ばしていた当時よりイケメンになったため、「短髪でイケメンな奴が本当のイケメン」の法則に基づき、彼はイケメンであると考えられる。
野球選手の握力王を決めるバラエティ番組の企画で、如何にも強そうなガタイのいい選手を押しのけトップになった。握力は80.7kgだった。
昔は中学生に馬鹿にされるほどの守備力を誇っていたが、ゴールデングラブを獲るまでに成長。
タイムリーやサヨナラ打を打った後のドヤ顔はもはや名物。そのため、彼が打つのはタイムリーではなく「ドヤムリー」である。
2012年シーズンより選手会長&キャプテンに就任するが、選手会長経験者は100%他球団に移籍するというジンクスがある。なので、選手会長は平野辺りにしとけば良いんじゃないかと思うんだが…。
2016年オールスター初出場初打席でホームラン。西武ファンのみならず全野球ファンを感動の渦に巻き込んだ。
外崎修汰(5)
ミスター意外性。得意技は素手でのリンゴ割り。
入団時は多和田のバーター呼ばわりされていたが、内外野守れるユーティリティ性が買われて2017年からレギュラー獲得。
体格からは想像もつかない逆方向にグングン伸びるアップルパンチな打球も魅力的。アジア選手権でMVP獲得し知名度を上げた。
金子侑司(8)
2013年ドラフト3位。イケメン。しかし、源田が彼女である。
俊足のショートだったが、所沢遊撃隊解散により、現在は外野。
塁に出れば走りまくって2016年盗塁王。
木村文紀(9)
ハンカチ世代。セの不人気の増渕君を抽選で外したため、外れ1位で獲得。
ナベQの背番号41を背負う。その重さに負けていたが、2011年後半戦から覚醒しつつある。俺達として。はまった時のピッチングは大沼を彷彿とさせる。
地元埼玉出身であり、ナベQの背番号を引き継いだためか、球団からの期待値は高い。オフは毎年のようにハワイウィンターリーグやオーストラリアウィンターリーグに派遣されている。
結果が伴わないと思っていたら外野手にまさかのコンバート。決意のコンバート2世になれるか?
秋山翔吾(55)
西武ファンなら誰でもロマンを感じる苗字と名前。あ、ロマンと言っても一場靖弘でもロマンでもありません。
新入団選手発表で、背番号が24でないことに違和感を感じたファン多数[1]
長い間弱肩拙守だったライオンズ外野陣にようやく補充された強肩外野手。強肩俊足好守と守備走塁は本家並。特に肩は懐かしの羽生田忠克を彷彿とさせるレーザービーム。ライトからノーバウンドでホームに届く。ランナー2塁でライト前ヒットだと、相手3塁コーチは殆どランナーを制している。2011年の菊池の完投勝利もCS進出も完全に彼のおかげ。
パ・リーグが公式でアップするyoutubeのファインプレー系動画には彼と岡田幸文の動画が多いため、別名「岡田秋山チャンネル」とも呼ばれている。
2015年には打撃面も覚醒してシーズン安打の日本記録も達成。
余談だが顔がウナギイヌに似ている為、キャプテン発案の元、秋山翔吾のうなぎTシャツ&タオルなるアイテムが発売された。
2018年は金子がキャップを落とす度に秋山が拾うという場面が多かった事を地上波のテレビ番組にBL仕様で流され、その映像を秋山本人がスタジオで見るという謎な出来事が起きた。
2019年度により、FAで退団した浅村の代わりにキャプテンへと就任した。
化け物ことホークスの柳田からは「翔吾」と呼ばれ、試合前には談笑する等、仲の良さを見せた。なお、柳田は同級生である。
熊代聖人(58)
高校時代は佐藤しょーまきゅんから決勝ホームランを放つなど活躍。
たこ焼き君。
上述の秋山と並ぶ俊足強肩の外野手。斉藤・秋山・熊代と、今まで弱肩拙守だったライオンズ外野陣に灯った希望の光。
高校時代は140km/hを超える速球を投げていたとおり、秋山並みの強肩を持つ。ライトが熊代でもなめたらあかんて。
浅村の保護者だったが、浅村がFAで移籍した為に居場所をガチで無くす。
斉藤彰吾(65)
弱肩・拙守の外野陣に割って入る強肩の守備型外野手。
豚コーチの教えか、二軍でバッティングが開花。一軍も経験し2011年以降期待大。
横浜ハーパーの来日初本塁打(二軍)をフェンスの向こう側でキャッチして阻止したのはこの人。
熊代、秋山の出番が増え、おもに守備要員に。懲罰ドラフト組の中で武隈と並ぶ当たりくじ。
2014年初打席が初ホームランと完全にロマン砲。

首脳陣[編集]

一軍[編集]

辻発彦(85)
一軍監督。
黄金時代前半は9番、後半は1番でセカンドが定位置。
中日でコーチをやっていても、家は所沢にあったというライオンズ愛溢れる監督。
低迷したライオンズを救うためにやってきた。松崎しげるほどじゃないけど黒い。
橋上秀樹(73)
一軍ヘッド。
たなべえ時代は宝の持ち腐れも辻政権になってから輝いている野村ID野球の申し子。
阿部真宏(76)
一軍打撃コーチ。
赤田将吾とのトレードでオリックス・バファローズからやってきた内野のユーティリティプレーヤー。守備固めとして普通に期待と思いきや中村・片岡不在時に大活躍。
引退後は球団職員を経て打撃コーチに。内野守備コーチじゃないのか
嶋重宣(80)
一軍打撃コーチ。
2012年に5位力が凄まじい赤い鯉のチームから来たゴジラ。移籍後1号が満塁ホームランとド派手だったけど、俺達によってヒーローになり損ねた。
佐藤友亮(70)
一軍外野守備走塁コーチ。
秋山と熊代が入団するまでは、西武で唯一守れる外野手だった。スタメンは少ないが抹消されるとファンが焦る。
打撃は非常にイマイチだが左投手、特につよぽんにはなかなか強かった。
頭髪が監督ほどじゃないけど、だんだん寂しくなっている…。
巷で流行のスポーツ速読をやっていたらしいが、効果はあったんだろうか??
2012年を以てエリートもついに引退。
森慎二(89)
一軍投手コーチ。
150kmを超える力強い速球と落差のあるフォークボールで奪三振を量産し、
年に数回は四球と暴投で試合をぶち壊した90年代後半~00年台前半の中継ぎエース。
ピンチでのチキンハートと芸術的な暴投は大沼に、球速の割に打たれる速球と襟足の長い髪型は小野寺に受け継がれた。
100万ドルのポスティングでメジャー移籍もオープン戦3球で肩が爆発。
北陸で指導者のキャリアをスタートし、2015年から二軍投手コーチとして西武に帰還。
翌年には1軍投手コーチに昇格しブルペン陣の再建という快挙を成し遂げるも、2017年6月28日多臓器不全のため急逝。
豪腕リリーバーよ永遠なれ
土肥義弘(72)
一軍投手コーチ。
横浜ベイスターズから戦力外を受けて、帰ってきた左腕。ベイスターズ時代は先発だったが、西武に戻ると中継ぎに転向した。
2010年を以って中島より先にまさかのメジャー挑戦。
その後まったく音沙汰がなかったが、2012年にひっそり引退。
西口文也(74)
二軍投手コーチ
西武の元エース
タコ踊りのできる宇宙人。
得意技は「ノーノー未遂」。
留学生を使って箱根駅伝で優勝した大学当時のエース(故人)に似てる。
2000年台後半から不振に陥り給料泥棒扱いされていたが、37になって初めてウェイトトレして、2011年に大復活。
ファンからは200勝とノーヒットノーランと日本シリーズ勝利は是非達成してほしいと思われていた。しかし、結局どれも達成できなかった。球界に星の数ほどいるベテランの中でも好感度は高かった。
遂に西口さんも指導者に。二軍はブラック潮崎がいるため、二軍投手陣は西口さんに指導を乞うようファンは祈っている。と思ったのもつかの間、森コーチの急逝で1軍ブルペン担当に。

二軍[編集]

潮崎哲也(86)
二軍監督。黄金時代のサンフレッチェ(杉山・鹿取・潮崎)の一人で、伝説のシンカーの使い手。
2016年は1軍ヘッドだったが、ブラック企業もびっくりの昭和的投手起用を推進したため、ブラック潮崎となった。
黒田哲史(87)
元々用具員だったのになんとなくコーチになっちゃった幸運の持ち主。
現在は二軍の守備走塁コーチだが一時期は何かの間違いで一軍打撃コーチ補佐を担当していた。通産58安打の男に補佐も糞も…
元妻はタイムショックの置物
高木浩之(75)
二軍野手総合兼打撃コーチ。
現役時代はセカンドで神的な守備を見せた。視力障害がでたタイミングで初球K-POP王が台頭した。
赤田将吾(77)
二軍打撃兼外野守備走塁コーチ
帆足の前の選手会長。オリックスに移籍した時、あの涌井が泣いた。
二軍育成コーチ時代、森友哉を復調させた指導力に期待されている。
星孝典(81)
二軍育成コーチ
球界の盟主と自称する球団から来たほしほしゅ。巨人の星とか(ごく一部で)騒がれてたのにね。
移籍当初は星秀和と紛らわしかった。
銀仁朗が離脱している間に2番手捕手としてチームを支えたが、岡田の成長もあり2016年をもって引退。
上本達之(97)
ブルペン捕手
98甲子園のサヨナラボークの当事者。
ATMから無心して書類送検。
それでもめげず、ダルから代打で逆転2ランを打ったり、7連敗を止めるサヨナラ3ランを打ったりと活躍。
本職は捕手だが、一塁、外野も守れ、左の代打の切り札等で活躍した。
2017オフに戦力外から引退。ブルペン捕手に転身。
応援歌が何故か「ライトフェンスを直撃」だったが、普通にホームランも打ってた。
許銘傑(91)
日本での通名は許銘傑。許さん。FA権を取得した位ものすごい昔からいる眼鏡の外国人。
毎年、シーズン終盤の大事な試合で完投したりして「解雇ほぼ決定」→「残留」を繰り返していた。片言のヒロインがとってもかわいい。
2010年までは先発の時と中継ぎの時では中の人が別人になっていたが、2011年は先発では完封、中継ぎではピンチを好リリーフといい意味で別人になり、結局セットアッパーとして定着。
2011年、登録名が「ミンチェ」に。あれ? 似たような名前の投手がにいたような…。本当はもっと前から変えたかったんだけど「成績が悪くて言えなかった、2010年は納得できる成績だったので申し出た」という他の選手にも見習って欲しい謙虚さを持ち合わせている。
FA権取った後も「ずっと西武にいる」って言ってたのにまさかのに移籍も大炎上。
と思ったらコーチで復帰。郭の再生担当か??

OB[編集]

西武ライオンズは、たくさんの有名な選手を生み出してきました。

歴代監督[編集]

根本睦夫(1978-1981)
特殊潜航艇の異名をとった球界の寝業師。
戦国時代なら毛利元就宇喜多直家松永久秀に匹敵するほどの謀略家。
広岡達朗(1982-1985)
管理野球で黄金時代の礎を築いた。
玄米食、豆乳…今でいう健康食品を選手に強制した。
が、自分は肉を食い、それをマスコミに指摘されると「監督だから」と開き直る。
根本管理部長や森ヘッド(のちに監督)と確執が生じ、辞任。
森祗晶(1986-1994)
黄金期時代の監督。90年代前半、当時のオーナーに「監督をやりたければ、どうぞ」と言われた。
東尾修(1995-2001)
革靴を裸足で履く人のお義父さん。現役時代はスライダーとシュートを武器にマウンド上でリチャード・デービスとプロレス大会を開催するなど、西鉄暗黒期~西武黄金期を支えた。
90年代後半の「白にゃんこ打線」の生みの親。解説は酒を飲みながらやっている。
伊東勤(2004-2007)
東尾とは犬猿の仲の不動の正捕手だった。彼の前で超有名野球漫画を読んではいけない。
彼の監督最終年は、現役でも経験したことのない26年ぶりのBクラスの責任を取り辞任。
雰囲気が暗く、観客動員は最低。
ただ、彼のもとで育った中島、栗山、中村、片岡、涌井らが翌年の快進撃を呼ぶ。
お菓子に釣られ、2013年からは黒いお菓子球団の監督に。
渡辺久信(2008-2013)
通称ナベQ。現役時代は西武黄金期の右のエースとして活躍。イケメンで女性からの人気も高かった。帽子の下はスキンヘッドの為触れないように・・・。
1983年ドラフト指名記者会見のパンチパーマリーゼントに驚愕した人は多いはず。
1989.10.12の対近鉄ダブルヘッダーで自信満々で投げ込んだ高めストレートをラルフ・ブライアントに上段まで運ばれてorz
TV等を見るとわかるように大抵隣にレオちゃん人形が置いてある。こっちが西武の本物の監督という噂も…。
ドラフトのくじ引き係っつーか2年連続で1/6を引き当てる驚異的運勢の持ち主。が、2017ドラフトで田嶋をオリックスに持ってかれた時はネット上で「違うだろー違うだろー!このハゲー」と容赦ない罵声を浴びた
就任以来、暴力野球、殺人野球と呼ばれる報復行為のサインを出している。まあサイン通りなのかただのノーコンなのかは投手に聞いてみないとわからないが、おそらく後者であろう。
伊原春樹(2002-2003,2014)
黄金期時代の頭脳。鬼軍曹。第1次政権の頃は、伊原さんと呼ばれていた。
「ライオンズブルーの血が流れている」と言いながら紳士集団であることを自称する球団のヘッドコーチをやってた。アンチバッカじゃなかろうかルンバ
しかし彼の考えと第2次政権の頃の西武の選手との考え方は真っ向から対立。チームの空中分解を引き起こし、途中で「休養」という名目の解任通知をくらうこととなった。
田辺徳雄(2014-2016)
一軍監督。
黄金時代後半は9番ショートが定位置。
応援歌の歌詞がが水戸黄門チック。「人生楽ありゃ、苦もあるさ~ゆけゆけGoGoGo!…」って。そのままじゃん。
二軍打撃コーチだった頃は結構有能で、浅村のアッパースイングを矯正したりと指導能力が高かったためか、一軍打撃コーチに昇格……だったが、一軍の戦績がボロボロで監督が解任されてしまったため緊急で代役を任されることとなった。
監督としては傀儡で、実権は潮崎と橋上が握っていた。低迷したため辞任。

チームスタッフ[編集]

西武は引退したOBを積極的にチームスタッフないしはコーチとして雇う面倒見の良さで有名。沼者?えーと…。

谷中真二(1997-2001,2008-2010)
打撃投手。
チャラ尾との交換トレードで阪神に行って輝いた。
2008年に戻ってきて2009年の戦力外候補と思われたが、三井浩二岡本慎也を差し置いて何とか生き残った人。
2010年東京ドームでの巨人戦で敗戦処理ででるなど活躍するもさすがに戦力外通告され引退。お疲れ様でした。
大島裕行(2000-2012)
若獅子寮の副寮長。
翔さんの前の高校通算本塁打記録保持者。高校時代は暴投王からHRをかっとばしていたが…
今やチャラ尾さんの影響で日サロ通いが続き、本業はもう…お察し下さい。
彼の実績により、高校通算本塁打はあてにならないことがはっきりとした。
泥臭い打撃を身につけ、一軍でも凡退の場合でも地味に進塁打だったり、見えないところで活躍した。けど、大島パワーとは何だったのか?
平尾博嗣(2001-2012)
球団職員。
西武の元木大介。あの歳であのスタイルは、はっきり言ってキモ(ry
それでもチャンスでしっかりと打ってくれるから良しとする。出家後はより勝負強くなった。
実質生え抜き。代打の神であり、困ったときの平尾さん。
芝崎和広(1997-2005)
打撃投手。
1997年ドラフト6位、通称「闇の97年ドラフト組」の一人。その中でも一番頑張った人。
ホセ・オーティズ(2012-2013)
スカウト。
下記のホセのように、パ・リーグを転々とし、2012年6月に入団。
内野と外野どこでも守れるが、守備はお察し下さい。ロッテ時代にやらかしたグラブ投げ事件はあまりにも有名。
2013年はあまりにも打てない守れないで、カーターと入れ替わる形で退団。

その他のOB[編集]

1970年代[編集]

土井正博(1975-1981)
この人に育てられたライオンズの名選手は数知れず。選手もファンも感謝すべき存在。
清原にデッドボールのよけ方を検閲により削除により教えることが出来なかった。
他球団ファンにとって彼の白髪・白ひげはかなりインパクトが強いらしく、ネット上で「あの白髪の爺ちゃんは誰だ」という質問をよく見る。監督より目立ってんじゃねぇの?
セの赤いチームに行けば、見た目サンタクロース間違いなし。
もう70歳近いけど、握力は50キロ。しかも打撃指導のスイングの鋭さはDHなら現役でいけるレベル。

1980年代[編集]

秋山幸二(1981-1993)
AKB48の一角。超人的なプレーでファンからの人気も高かったが、当時のスーパーマーケット球団にトレードされ、携帯会社球団の監督も勤めた。気性が荒い。
安部理(1981-1996)
黄金時代は日替わり7番レフトの一員。
一軍打撃コーチを務める時に、なんでこの人が? って声が当初は挙がった。てっきり、白にゃんこ打線の4番かと思ってた。
石毛宏典(1981-1994)
チームがピンチになると宇宙からやってきたウルトラセブン。西武黄金期のリーダーとして、うまくチームをまとめていた。守備は秀逸、3割20本20盗塁が常に期待でき、おまけにバントまでうまいというすごい選手だったが、監督就任を断って移籍して以降はお察し下さい。
ヒウィッヒヒーでライオンズ愛を感じるツイートが目立つ。将来幹部での復帰あるな。
工藤公康(1982-1994,2010)
16年の時を経て、カムバックしたハイパーおじさん。西武黄金期の左のエース。2010年は恐らく、現監督を「ナベ」と呼べた唯一の所属選手。
やっぱりモーロクなのか、出てきたらハラハラする投球をされる。と言うかした。監督より年上なためか打たれてもなかなか二軍に落ちなかった。そして戦力外に。いっそのこと、焼け野原の投手陣を何とかして欲しいが…。
黄金時代は、当時ボリュームのある頭だった監督と共に、「クドちゃんナベちゃんのキャンプフライデー」なるものをやってた。
ライオンズナイターのゲスト解説を務めたが、自分以外最年長の西口との面識は無いとぶっちゃける。2010年は黒歴史なのか?ファン感謝祭では戦犯になったこと認めたのにね。
モバゲーベイスターズの監督になるかと思いきや、絶好調にその座を譲ってしまった。そしてひっそりと現役引退。
文化放送ライオンズナイターで号泣アナとよくコンビになる。
大久保博元(1985-1992,2008,2010)
捨てられた球団に戻ってきた上、捨てられた時は恩を仇で返したプライド無きピザ。ヘタに動かすと肉離れする。傷害容疑で書類送検。またノコノコと戻ってきたが結局やらかしてクビ。裁判所に仮処分申請するも却下され殊勝なコメントを出し一件落着…かと思いきや忘れた頃にいきなり提訴。
2008年に育てたおかわり中村が統一球の影響で2011年に特にハネたため、あちこちで「私が育てました、私の手柄です」体で取材を受けてる。「今より1、2m位手前で打つように」指導したのはもう聞き飽きましたって。1年で4冊ぐらいの雑誌で見たから、そのフレーズ。でもそのおかわり本人が「2011年は大久保さんに教わる前に戻した」と発言しているのは検閲により削除
菊池をボコってクビになったのが分かったとほぼ同時に実は左肩をケガしてたのが分かったので、多くのファンからは「まさか、あの野郎…」と言う疑惑が消えていない。
2011年から楽天の打撃コーチに。いや、あの…、東北の皆さんに勇気と元気を与える前に首脳陣のトータル好感度が低すぎるんですが…。まあ、2008年も「前のコーチ(土井お爺ちゃん、立花コーチ)の指導の賜物」とか言ってたしな。打撃投手に罵声を浴びせてワシに激怒されて二軍監督に降格し、臭い物に蓋方式で楽天の2軍監督に。
清原和博(1986-1996)
誰もがご存知番長清原。西武時代はスマートな好青年だったが、水道橋ナベツネズに行って地蔵と化す。プロ野球に数々のドラマを生んだ、素晴らしき打撃三冠無冠の帝王。
入団時は泣いてたのに、何だかんだで西武の居心地が良いんだろう。2011年は何とライオンズナイターのイメージキャラクターに就任。解説した時の試合はほとんど勝ってるとか。2012年は西武のユニフォームを着ていた。
PL学園→黄金期西武と見た目とは裏腹に野球偏差値が高いので、打撃コーチもしくは二軍監督待望論も一部であるが、検閲により削除となってしまいその芽はなくなった。
タイラー・リー・バン・バークレオ(1987-1990)
清原、秋山と共に本塁打アイドルユニットAKB48を結成し大活躍。
鈴木健(1988-2002)
清原が抜けた後の4番打者。2002年にヤクルトに行ったが、応援歌が何故か新日本ハウス
オレステス・デストラーデ(1989-1992)
本塁打王、打点王を獲得したキューバ製サイボーグ。西武黄金期の5番打者。そのパワーは今も健在で、西武球団が獲得を目指している。

1990年代[編集]

宮地克彦(1990-2003,2011-2016)
元ニ軍打撃コーチ兼守備走塁コーチ。
日替わり3番の一角。ダイエーに移籍した後はリストラの☆になった。
奈良原浩(1991-1997,2012-2016)
2016まで一軍内野守備走塁コーチ。
黄金期末期のショート&ガムヲが来てからはセカンド。98年ハムに移籍。
豊田清(1993-2005)
8年先発で2桁前後の成績で終始した後、抑え転向で覚醒、守護神の名を欲しいままにする。何だかんだで通算セーブ数は歴代10位。
その後FAで巨人に移籍。
巨人では微妙な成績だったが、そもそも西武での最終年も微妙な成績で、つまりは衰えてたってことなんです。はい。
広島に移籍後、「自分の満足できるピッチングが出来なくなった」として1年で引退。お疲れ様でした。久保に軽くアドバイスしたら覚醒して今の位置になった指導力を買われて巨人の2軍コーチとなった。
ちなみに彼曰く「野球選手は走れなくなったら終わり(by帆足和幸)」らしいですよ、聞こえてますか、投げれなくなった人?
石井貴(1994-2007)
90年代の西武を支えたエース。
いた年々ずーっと「モンスター」(石井丈、豊田、西口、松坂etc.)が一人はいたから不動のエースって訳にはいかなかったけど、実は2桁勝利をバンバンやってる上、キャリア最後の賞が2004年の日本シリーズMVPというとんでもない人。
当初は二軍投手コーチを担当。実績的にも人望的にも本来なら一軍コーチだけど、「だからこそ二軍をお願い!」と監督に頼まれて現在二軍投手育成していた。育てた選手は特にいないけど…。
現役時代のあだ名は「投げる金剛力士像」「レクター博士」。
母校でドラフト候補を育てていると思ったら、いつの間にか徳島にいる。
佐々木誠(1994-1998)
黄金時代のスーパーヒーローらとのトレード、いわゆる「世紀の大トレード」で西武に移籍してクリーンナップ・下位打線何でもござれだった万能バッター。99年に阪神に移って、その後何やかんやあって、今はNTT西日本の監督。
増田達至を「こいつはプロなら中継ぎ・抑えでやっていける」と徹底的に抑えとして育成した。その愛弟子が2012年ドラフトで1位指名され、元同僚「6人目の先発として」とか世迷言を抜かし始めたその日のうちに「中継ぎ・抑えなら全然プロでもやっていける。今の西武にもナベちゃんにも、一番必要で戦力になれる」と穏やか且つキツめに釘を刺した。そのお陰か元同僚も「来年の抑えは大石か増田か新外国人」と普通の考えに至った。サンキューサッサ。
橋本武広(1994-2002)
ハシゾー。俺達が誕生する前の優秀な左のセットアッパー。
小関竜也(1995-2005)
不動の2番。
退団する際は一悶着あった上、伊東監督に全く連絡がなかったことから、氏が西武不信を抱く大きな一因にもなった。
その後メジャー挑戦を表明した後、読売に拾われ、最後はに。
実家はラーメン屋。
河田雄祐(1996-2002)
広島時代から引退まで一貫して代打守備要員を貫いた地味な人。コーチとして2015年まで地味に在籍。一時、帝京魂を持った先輩にいじられ知名度が上がった。
あだ名は「ベム
大友進(1996-2004)
大友いいとも。
小関の前はこの人が2番。足が速い。
高木大成(1996-2005)
現役時代は「レオの貴公子」とまで言われ、人気選手であり主力打者。チームの柱であったが、怪我により引退。
引退後は球団の営業(ある意味広報)となり、ファンサービスを向上させ、西武の不人気解消に努力しているが、頭がこれまた監督同様にアレな状況になってきている。
ドミンゴ・マルティネス(1997-1998)
マルちゃん。
守れないという理由で切られたが、後釜の助っ人がアレで白にゃんこ打線化してしまった。
和田一浩(1997-2007)
髪の毛はこの頃から減少傾向になっている。
晩年はゲッツー量産機。
松坂大輔(1999-2006)
涌井の前のエース。海外に行ったら日本にいたときよりさらに太りだした。
彼により、横浜高校出身の投手は必ず太るというありがたくないジンクスが出来た。まあ、涌井曰く「西武の練習は横浜高校より楽」らしいので。
2018交流戦で古巣相手の公式戦登板7分前に背中がアレになり肩透かし。
星野智樹(1999-2012)
お笑い中継ぎプロ野球選手大会、キングオブリリーフで2,3回くらい優勝している。
左打者は容赦なく咬み殺す。コバトン。2000年台前半は対松中ローズ最終兵器だった。
2012年戦力外。その後、トライアウトを経て監督が同じ名字の球団へ。

2000年代以降[編集]

大沼幸二(2001-2010)
数々のサヨナラを演出。
言わずとしれた初代俺達総帥にして名誉総帥
結構速い球とそこそこのコントロールで二軍では神の如く(というか神)好投するが、一軍にあがると痛打され試合を壊す。
言わずとしれた総帥閣下であり、現在に生きる野球の神様であらせられる。ブルペンで球を放る儀式を執り行うことにより味方の士気を鼓舞し、敵チームを恐怖にすくみ上がらせ、数々のライオンズの奇跡的大逆転を呼び込まれた。マウンド上で持てるお力の全てを開放することは壁の無い西武ドームの屋根を吹き飛ばしてしまう恐れがあるため、ライオンズの究極のピンチにのみ、自らそのお力の殆どを封じられた上でマウンドに降臨される。立派なたてがみを持つそのお姿は獅子神レオの化身とも噂される。沼者万歳。
2011年、10年背負った背番号15を大石に譲った上で、球界のお荷物にトレード。
開幕戦で同点で救援として出場。「四球→送りバント→四球→運よくレフトフライ」で打者森野を迎えるところ(2死1、2塁)で佐藤祥万(21歳)にマウンドを譲る。という変わらぬ投球術を披露。その後、彼は仕事をしたつもりなのだろうか。ベンチに笑顔でハイタッチして戻ってきた。[2]
2012年にはスキャンダル専門誌に既婚者でありながらふしだらな生活をしていることが暴露され開幕前から炎上するという俺達総帥としての貫禄を見せる。
2012年シーズン途中、肩痛により現役引退。さらば総帥。
アレックス・カブレラ(2001-2007)
55本を打ったのも数年前の話。オリックス→ソフトバンクに渡ったが、地蔵は保管されたままである。
高山久(2000-2013)
1999年ドラ1であることは、もうファンですら忘れている。
打撃フォームがいつの間にか落合になっている。
2010年戦力外候補筆頭と思われていながら活躍、2010年の安打数>2000~2009年の安打数、2010年の本塁打数=2000~2009年の本塁打数になった。
2011年から魔法が解けてしまい確変が終了。熊代・秋山の台頭で再び苦しい立場に。
握力はキャプテンよりも高いと言われている
2013年、トレードでお祭り集団に移籍。
中島裕之(2001-2012)
2001年誰それ枠。女性に人気があるアイドル。足はそこそこ速い。魔送球が発動することもあり、エラーは多い。ただし古木あーっとにはとても及ばない。
サザエさんの中島ヒロシの絵を掲げられている。小学校時代はカツオこと山崎勝己とバッテリーを組んでいた。
「もし西武の最強オーダーを考えるなら」の妄想では松井稼頭央と完全に二分している。
2012年オフには案の定海外FAでメジャーを目指し渡米し、マネーボールの球団に移籍。
帆足和幸(2001-2011)
日本で数少ないパーム使い。よ~く見てみると平尾っぽい…? が髪を切った。ライオンズ左のエース。
ONE PIECE好き。得意料理はハムエッグ。
地味に2011年から選手会長に。お願いだから地元の鷹には行かないでね。え?行っちゃうの?行っちゃった。
移籍を決めた日にちゃんと自分の足で球団事務所まで行って面と向かって移籍を告げた、人間として100点の対応を見せた。ちなみにファンの間では人間として帆足100点、ミンチェ14点、細川-130点とされている。
しかし福岡では検閲により削除
スコット・マクレーン(2001-2004)
カブレラと共にツイン・バズーカを結成。
2009年、広島に半年復帰。
細川亨(2002-2010)
ベニーに投げられる細川。後ろは偶然にも体当たり大好き早川。今日もロッテの餌食である。
バスター打法が特徴だったけど今はやめちゃった。サイクルヒットなんかやった気もするけど基本は低打率。
打撃は通常は自動アウトがデフォだが、シーズンに1回は確変状態に突入し、3試合3ホーマー12打点なんてこともある。
ジャンクスポーツに出演した際浜田から若頭と名付けられる。
ロッテには移籍前も移籍後も何かと被害を受ける。
実はボヤキングに「(あの人復帰前は)今の日本球界で一番の捕手」と言われている。2010年に楽天戦で19-4のドカ勝ちをした時も、若頭の「6回表の牽制」が一番褒められている。
2010年オフFA宣言。が掻っ攫っていった。さらに、人間的に屑であったことも発覚。あの球団行くとチックもそうだが人が変わるように洗脳されるのか?オセロの黒い方のように。
石井義人(2003-2011)
そこそこ打てる選手。安打製造機として期待された。2005年にチームメイトのハゲた時計台との首位打者争い時にはインボイスSEIBUドームのアナウンスで「俺達の首位打者!」とアナウンスされていた(あれ?俺達って…?)。
サードホセ、ショートナカジ、セカンド義人、ファーストカブレラのファイヤーフォーメーションで松坂がブチギレたのも今となってはいい思い出。
2011年戦力外で読売に拾われ、左の代打として復活。
長田秀一郎(2003-2013)
慶応卒。小島よしおに似てる。小野寺より遅い140キロ前半なのにずばずば空振りが取れる。最近松脂アレルギーが発覚したためロージンではなく土を代わりに使ってるとか。
小野寺力(2003-2011)
二代目総帥
守護神の座を外国人に奪われた。でも2008年は中継ぎでそこそこ活躍。しかし2009年は、炎上しまくり、第二球場に強制送還された。
パワポケ10では先発として扱われていた。
二代目襲名直後のトレードは、一部ファンを震撼させた。
2012年移籍先のヤクルトでも戦力外となり引退。2軍用具担当として復帰したが、なんやかんやで狭山丘陵の居心地がいいのだろう。現在、「イケメンすぎる2軍用具担当」としてブレイク間近。と思ったらヤクルトで俺達を布教している。
後藤武敏(2003-2011)
二軍の帝王。野手版俺達。2008年には亡き母ちゃんの力で覚醒したが、確変は2009年で終わり、2011年にはモバゲーベイスターズにトレードで移籍。
向こうではゴメスを名乗っている。楽しそうで何より。
岡本篤志(2004-2016)
「この球がいいね」と中日が打ち込んだから五月二十日は俺達記念日
そこそこの速さの速球と三振の取れるチェンジアップを持つが、得点圏に走者を置くとストライクが入らなくなるという、典型的な俺達。
記念日創設に尽力を尽くした俺達幹部も2016年を持ってついに引退、お疲れ様でした。
G.G.佐藤(2004-2011)
登録名の理由は、中学校時代のあだ名「じじぃ」から。脱いだらすごい、脱がなくても十分キモい、ムキムキの身体が自慢、というか、見た目も仕草ももはや日本人ではない。外国人枠に入るべきである。
ヒーローインタビューの時に上げる奇声が印象的。
野球ファンと一般人では彼の印象に大きな差がある
北京オリンピックでポロリの印象が強いが、2007年は136試合出場で守備率10割に2008年はパリーグ捕殺王と堅守の部類に入る。
それでも「週刊朝日調べ・CMに使いたい男性タレント・使いたくない男性タレント・使いたい女性タレント・使いたくない女性タレント」ランキングで使いたくないの40位と極めて中途半端なランキングに入った。
2011年は1試合も出場せず戦力外。星野には壊されたんじゃありません、粉々にされたんです
2013年からはお菓子球団に移籍するが2014年をもって引退。
現在はサラリーマンとしてキ・モ・ティー!を流行らせるよう画策中。
ホセ・フェルナンデス(2004-2005,2010-2011)
中村の離脱により急きょ再入団。オリックス時代のような成績かと思いきや大爆発で安い買い物となった。
間違いやすいがよく激走してヘルメットを落としていたフェルナンデスではない。
ロッテ→西武→楽天→オリックス→西武と転々としており、あとソフトバンクと日本ハムに入ればパリーグ制覇である。
ホセとナカジで36失策の三遊間は伝説。
松永浩典(2004-2014)
「甲子園は子供の砂場」発言をしたかの松永浩美とは無関係。あまりのノーコンさでついにサイドスローに転向もピンチじゃびびって自滅するのは変わらず。
あまりにも使えないため、背番号24を剥奪される。
星野さんに代わってワンポイントの座を射止めるも怪我で離脱。その間に武隈と高橋に立場を奪われてしまい戦力外に。
山崎敏(2004-2011)
ヤマビン。山岸との中継ぎコンビが最強だったのは過去のこと、菊池雄星に背番号を奪われた。
走者を出すと投球間隔が異様に長い。これを利用して、混雑する攻守交替時ではなくヤマビン登板時にトイレに行くのが通のライオンズファン。
片岡治大(2005-2013)
走ることしかのないK-POPアーティスト。(本人も認めちゃった。)
初球ぽp量産機。
2007年から4年連続盗塁王に福本以来の3年連続50盗塁達成という世間のイメージ以上にすごい人。
2013年FA宣言。
脱臼癖を抱えてるのに取る球団があるのかいなと思ったら、あっさりと読売がお買い上げ。
最近のプレースタイルは原嫌いと似ているのだが、上手くやっていけるのだろうか。
正津英志(2005-2009)
勝ち運に恵まれており、10年以上やっているのに未だに負け数が2ケタを超えていなかったが、2009年4月18日に2ケタになってしまった。『ほにゃ~』とした雰囲気が出ている。地味だが2008年シーズンはそこそこ活躍していた。
星秀和(2005-2013)
ナベQの高校の後輩。お気に入り。捕手として入団したが銀仁朗の入団であっさり内野転向。と思ったら外野も守ってる。
よく目薬をさしていてその直後好プレーを見せたこともあり「あの目薬はなんなんだ」と問い合わせが一部に殺到したという。
打撃フォームはいつの間にか掛布
2011年は秋山、熊代、斉藤にあっさり抜かれて厳しい立場となったが、2012年はまさかの捕手で出場。しかも星→星という交代。審判、星捕手と言っても、どっちの星だか分かりませんよ?
2013シーズンは絶不調で戦力外に。
涌井秀章(2005-2013)
2010年前半までは、球界を代表するエースだった。2007年シーズンは最多勝、2009年は沢村賞を受賞。
WBCで地味に一勝をあげている。
フラグ発言でおなじみ。誤解される事が多いが涌井のフラグは「口に出した事が必ず実現する」というものである。予言者とも言う。
ダルビッシュ有の影響を強く受けており、髪型と女性問題に現れている。が、容姿そのものまでは真似できなかったようだ。もっと愛想良くしたら人気でるかもよ?
この人痴漢ですという疑惑で謹慎もさせられるほど女性運が悪い。とりあえずまともな女性と付き合えることを願っている。
江藤智(2006-2009)
現巨人の笑顔担当コーチ。
昔は広島、巨人でも大活躍していたが今ではその存在を忘れられている。それでもけなげに頑張っている江藤さん…、惚れてまうやろーーーー!
おかわり君に4番としての帝王学とHRの打ち方のコツを伝授したのはデーブではなく江藤さんというのがもっぱらの話。
岩崎哲也(2007-2011)
一年目はキングオブリリーフ星野智樹の登板回数を超え、新人王候補に選ばれるなど大活躍するも、二年目になると二軍暮らしの続いた選手。これまた2011年戦力外に。トルネードサイドという独特のフォームだったが、後年牧田で味占めた。
みなみ。…おもちゃじゃないけれどね。
ジェーソン・ジョンソン(2007)
松坂の穴を埋めるべくやってきたが、3億が無駄になる悲惨な成績に終わった。
岸孝之(2007-2016)
寄せ集め球団と競り合って交渉権を獲得した。その甲斐あって、2008年の日本シリーズでMVP獲得。2012年からは涌井がアレなためざっくりとエース。ナイターとGにやたらと強いが、逆にには弱い。
軽い。胴上げすると飛んで行くので注意が必要。もっと食べたほうがいいよ
カイジに似てる。
ワクワクメガネにタンパリングされ、地元に帰って行った。
大﨑雄太朗(2007-2017)
G.G.の息子。そっくり。
ドラフト下位指名ながらコンスタントに出場していたが、あと一歩の殻を最後まで破れなかった。
石井一久(2008-2013)
FAで加入。天然。調子の波が激しい。
フリーダムな国でも投げてました。
ふにんき球団からふにんき球団へ移籍してしまった。
WBC(ワールド・ボンバーマン・クラシック)の主催者。
ヒーローインタビューではよく愛犬を語る。
肩や足にメス入れていて、しかも見た目あまり熱心に練習しそうにもないのに、20年もプロだったのは何だかんだで凄かった。
アレックス・グラマン(2007-2011)
笑顔が怖い強面。
先発時代は俺達を支えた炎上投手の一人だったが、中継ぎに回ったら途端に好投した。抑えに回り、西武の守護神の座をほしいままにしているにも関わらず、恐ろしい程に目立たない。彼も電車通勤をしており、チームのみならず親会社への貢献度も高い。彼がいなくなってから終盤逆転負けを食らう試合がかなり増えた。
2010年怪我が治ってからは中の人が変わり別人のように打たれるようになってしまった。
2008年日本一の立役者も2011年限りで戦力外。
クレイグ・ブラゼル(2008)
当たればボールどっか飛んでく人。4番なのに電車で通勤。親会社に貢献している。しかし、デーブと衝突して退団し藤本の存在に気がつかない球団に拾われた。しかも伸び伸びと超絶大活躍で向こうのファンは「安値で最高の買い物や!」って喜んでたのに、統一級の影響をバリバリに受けて調子を崩して2012年を以て退団。
平野将光(2008-2015)
イケメン
2010年は先発でそこそこ活躍。2011年は途中から中継ぎに降格し信頼度を上げるために主にビハインド兼ロングリリーフ要員に。
2007年の大学・社会人ドラフトで禿監督2010/9/3で4連続四球のあと、おかわり君のチーム初スイングがグランドスラムだった時の投手ロッテの失敗ドラ1を連続で抽選を外した時の外れ外れ1位だが、この3人の中では、1番まともな投球をしている。
2011年は威力のある速球とフォークでロングリリーフを担当、ってなんか似たような特徴の人横浜にトレードされてたな…
あの人の系譜なのか、2012シーズン以降は炎上続き。結果、才能を活かせずに引退。
ヒラム・ボカチカ(2008-2009)
代表がダジャレで取ってきたボーカロイド。ピッチャー?ボッカチカにしてやんよ。まゆ毛がキリッとしている。誰がなんと言おうとWBCプエルトリコ代表である。
原拓也(2008-2012)
弱肩に定評のある外野陣よりよっぽど肩のいい内野手。
内野の穴を埋めるユーティリティプレイヤー。
俊足選手に見えるが、実は走塁面でおかわり君より鈍い。
強肩堅守にバントもこなす、字面だけ見れば使い勝手のいい選手だが、競った終盤にバント失敗、1点差ゲームで狙ったようにエラーと致命的な勝負弱さでファンにはあまり評価されてなかった。
ナベQのお気に入りと言うのは嘘だったのか、猛牛に上洛。
藤田太陽(2009-2012)
タイタイマン。
阪神タイガースから飛ばされて来た愛すべき1.5軍選手。
ブログが笑える。ほとんど毎日更新している。しかも試合終了後30分前後で即更新される。
2012年戦力外。広報お疲れさまでした。その後東京本拠地で巨人じゃない方に。力者と言い、俺達回収が趣味なのか?
野上亮磨(2009-2017)
ダル軍団。嫁は石川梨華
嫁の贔屓球団を無視するかのごとく、FA移籍で読売
米野智人(2010-2015)
傘を振り回す球団から来たお茶!wの人。通称決意のコンバート。2012年、4月26日の戦ではワイルドファルちゃんから満塁ホームランを打ち、斉藤一美を泣かせ、工藤公康を黙らせるなど活躍。
このHRはAS前までのファンの希望であり、某動画サイトでは↑の実況付きの動画が再生数1位になっていた。
石川貢(2010-2015)
走塁型の外野手。
足がそこそこ速く、守備が下手、右投げ左打ちという境遇は2005年の栗山を彷彿とさせたが、結局大成せず。
岡本洋介(2010-2018)
2009年ドラフト6位。下位指名のくせに入団契約でゴネて年俸1000万円スタート。
ストレートで空振りが取れず、変化球は中途半端と煮ても焼いても食えない投手だったが、2013年に何故か躍進。
先発、中継ぎと開いた穴を地味に埋め、最終的に左腕不足を埋めるため榎田とトレードされた。
ブライアン・シコースキー(2010,2013)
グルグルグルグルグル(ry。
千葉ロッテマリーンズから来た豪腕。
グラマン復帰までの暫定的クローザー。と思いきや2010年パリーグセーブ王。
2010年8月下旬まで「リードしての登板で救援失敗0」という絶対王者っぷりを発揮していたが、シーズン終盤の肝心な試合で救援失敗を重ね、優勝を逃した一因に。クライマックスシリーズファーストステージ第一戦の救援失敗で「寛容力」の著者の寛容力もついに限界に達し、第二戦の1点リードで迎えた9回は起用されなかった。素人目で見ても、あれ、タダの過労じゃねえの?
2011年早々と戦線離脱し戦力外となったが、その後傷が癒えたらしく、西武に再入団、しかしキャンプ序盤にまた故障しまたもシーズン途中で退団となった。
ディー・ブラウン(2010-2011)
レフトの守備につかれるとハラハラする。
彼にとって、チャンスで打席が回ってくると「マネータイム」となり、気合が入るが、三振も多い。
彼が打席に入るとき、ファンは「ディー!」と叫ぶが、ブーイングにしか聞こえない。
牧田和久(2011-2017)
先発牧田、中継ぎも牧田、抑えでも牧田、困ったら牧田と潮崎、小久保などを牧田依存症に陥れた危険薬物投手
26歳の遅咲きルーキー、 何だか三井浩二兄やんを彷彿とさせる境遇で、何かノスタルジアを感じる。
2017年オフにポスティングでメジャー移籍。
海の向こうでも依存患者を増やしている模様
野原しんのすけ(2011)
カスカベからやってきた大型新人。出塁率100%ネ申おすわり君とコンビを組んでいたが、ケツだけ歩きによる走塁を違反ではないかとNPBに見咎められ検閲により削除されてしまった。[1]ちなみに中島がメジャー入りを決断したのは、自分の打席でこの人が代打に出たからと言う説もある。
江草仁貴(2011)
黒瀬とのトレードで阪神からやってきた。第二の太陽になるかと思いきや防御率詐欺の触れ込み通りあっさり打たれるなど幸先の悪いデビューとなった。その後もぱっとせず二軍に落ち着いていた。2012年にはファンだったという広島へ。結局西武には、炎上するために来たようだった。
その後ロンドンでめちゃくちゃ頑張って感動を与えた人と結婚! 勝ち星もホールドもセーブもゲットせずに、嫁をゲットするとは…。ヤるこたぁヤってたのね…。
鬼崎裕司(2011-2017)
あの俺達二代目総帥・力者とのトレードで神宮からやってきた。通称根性バント
2012/9/22の日ハム戦、8回裏無死一二塁、ツーストライクの場面でバントを決め、まさかのヒロインに選ばれた。原よりも根性があると思った人は多いだろう。
中島が抜けたショートのレギュラーを獲得したと思ったら自打球で離脱し振り出しに。
源田の台頭で引退。育成担当に転身。
エステバン・ヘルマン(2012-2013)
斉藤一美曰く「ドミニカ製高性能小型ミサイル」
ケガがちの片岡の穴を埋めるためにやってきた内野手。どんなときも全力疾走&ヘッドスライディングが持ち味。センターやったりサードやったり色々守れるがセカンド以外はお察し下さい(サードはそうでもない)。
とにかく足がべらぼうに速い。ライオンズの歴代助っ人最多盗塁記録を更新。牽制悪送球で一塁から一気にホームインするとかおかしなことやっとる。色々と見ていて面白いドミニカン。
打率は高くないが、ボール球のハーフスイングを止めるのがうまいのと大げさな避けっぷりで出塁率はいい。何気に得点圏打率も高く、通称「打点乞食」。特にランナー3塁と満塁時での成績が鬼。2012年初戦からスタメンで出続けて、3ヵ月後にやっと打った来日1号HRがグランドスラム。
クリス・カーター(2012,2013)
真面目そうな見た目とは裏腹に打ちたがり&闘志満々。しかし、初安打初打点は打席で冷静になった時だった。
基本的にベンチでソワソワしているが、来日初ベンチでずっとバットを持ってウロウロしてた。
父・弟・叔父が医者、もう一人の弟が空軍パイロットというエリートファミリーにあって、本人もスタンフォード大学を飛び級し3年で卒業したインテリ
栗山離脱後、淀んだ空気のチームメートに対してミーティングで「勝者と敗者の間には、1センチの差しかない。俺たちはチャンピオンを目指すチームだ。きょうはチャンピオンのように闘おう。チャンピオンは、あきらめない」って言ってチームが勝った。メッチャ熱い。来日1年目から現役選手どころか、もっと上の編成部長とか球団部長の雰囲気を漂わせた。
帰国後は引退して就職していたが、いつの間にか石川の☆になり・・・、あれ?帰ってきてるよ?
将来はライオンズの監督もしくは駐米スカウトとしての活躍が早くも期待されている。
ランディ・ウィリアムス(2012-2014)
左投げの抑え候補の助っ人。
投球スタイルは阪神のあの人の晩年そのもので、背番号も54。クイックが苦手。
サイドから放たれる150km/hの直球にカツンと曲がるスライダーを持つが、いかんせんコントロールが日によってバラバラ。初球ストライクが入るまで、ファンはドキドキ。
高齢ながら計算できる左腕として活躍していたが、2014年を持って退団。
武山真吾(2012-2014)
万年最下位の☆から来た捕手。
あれ??????????????いつの間にか一塁やっている!?!?!?
てことはキャッチャーとしての能力はアレなんだろうか・・・。なんか悲しい。
とか言ってたら名古屋竜軍団に金で吹っ飛ばされてた。ま、それっぽく・・・。
坂元弥太郎(2012-2013)
投手版喜田剛。Mr.たらいまわし。2010年の大河ドラマを見ていれば、おってなる名前。
北の球団乳酸菌飲料会社から移籍して1年目で活躍しました。調子こいて先発したら散々だったけど…脱北に成功してになり、関東へとんぼ返りし、地元に戻る。
田代将太郎(2012-2017)
2011年ドラフトで入団。八戸大では秋山を差し置いてセンターを守っていた。
足は早いが盗塁が下手、そして打撃も非力。2017年オフに戦力外もヤクルトに拾われ頑張っている模様。
山崎浩司(2013-2014)
戦犯とのトレードでやってきた。
セ・リーグとパ・リーグの両方で隠し玉を成功させ、記念Tシャツまで発売されたという凄い経歴を持つ。先輩に対しても容赦なし。
移籍当初は内野に出来た穴をきっちり埋めたが、翌年は脇谷の加入などもあり戦力外に。
光山英和(2013-2014)
作戦兼バッテリーコーチ。
西武とは(対戦相手として以外)縁もゆかりもなかったがファイターズ贔屓の放送局からやってきたバッテリーコーチ。なぜファイターズのコーチにならなかったのかは分かりません。
コーディ・ランサム(2014)
恵歌糞打。
森本稀哲(2014-2015)
ハゲが退団した後に新しく入団した若いハゲ。北の地ではピッコロ大魔王中華街ではラーメンマンのコスプレを営んでいたが、ここでは監督が鬼なため検閲により削除にしたいらしい。
引退試合となった2015年9月27日の試合では、途中から7番・ライトで出場する。西武リードの8回、打順は1番・秋山からであったが、他選手の努力で森本まで打順が回ってきた。涙をこらえながらの最終打席であったが、結果はサードゴロ。それだけお膳立てをされておいて、周囲の期待を裏切る結果となった。
脇谷亮太(2014-2015)
阪神ファンから捕った捕った詐欺師と酷評される。K-POPアーティストの人的保障で獲得。
FA権を取得したと思ったら、読売に里帰り。

注釈[編集]

  1. ^ 24はマルハーンがつけていた
  2. ^ その後佐藤が森野を見逃し三振に取り、消火をしたから良かったものの。

関連項目[編集]