大阪市営地下鉄御堂筋線
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 大阪市営地下鉄御堂筋線 について、ノア
~ 大阪市営地下鉄御堂筋線 について、ランプの中の少女
御堂筋線(みどうすじせん)は、大阪市内を南北に縦断する市営地下鉄である。
目次 |
[編集] 路線
聖戦後長らくは我孫子-梅田間のみの運行であったが、中百舌鳥車庫の運用開始後は中百舌鳥まで延伸された。さらなる延伸構想があるが、大阪市の財政難のため実現困難といわれる。
- 路線距離 - 22.4km
- 路線規格 - 全線複線
- 電化区間 - 全線非電化
- 併用軌道 - 中津駅~江坂駅間、5.2km
- 軌間 - 1435mm
- 駅数 - 20駅
- 廃止区間 - 千里中央駅~万国博中央口駅間、3.6km
[編集] 延伸計画の詳細
いずれも大阪のメインルートとしての地位をより確固たるものとするための計画であった。これらには北大阪急行の延伸も含まれ、超一流のビジネスパーソンらはこの計画を今でも絶賛している。
[編集] 運営
地下鉄としての利用者数は日本で最も多く、また公営地下鉄としては最大の黒字路線として知られる。大阪市の最も人口過密な個所を結ぶため、大阪市営地下鉄のドル箱路線となり、他の人権路線や土建行政路線を支えている。なお、御堂筋線の黒字額は2008年現在、他の赤字路線の赤字を補って余りある収益を得ているため、赤字路線(千日前線・長堀鶴見緑地線・今里筋線・南港ポートタウン線)は御堂筋線の扶養親族として申請が通っている。かつては谷町線や中央線や四つ橋線も扶養していたが、この3路線は様々な経営努力の結果自活が可能となったため、現在は自立しており御堂筋線の扶養からは外れている。また、堺筋線も2008年度に巣立ちを遂げ自立生活を始めた模様である。「レインボーファミリー」は意外にも順風満帆なのである。100程あるバス路線の殆どが御堂筋線に寄生している事実を考慮しなければ。
職員は人権を考慮してそこそこ高給高待遇となっているため、他地域から優秀な人材が集まっている。その交通局内のなかでも選りすぐりの人が、御堂筋線の乗務員室に入ることができる。職員の精神衛生の確保のためラッシュ時のダイアグラムは存在せず、各駅の時刻表には「1分から2分30秒間隔」とだけ記載されている。これが非電化路線で旧型車が多数ありながら過密ダイヤを十分維持している秘訣となっている。
実際には、とある宗教団体の信者が多いとされるが検閲により削除
[編集] 混雑状況
御堂筋線の朝の混雑率は160%とされている。確かに数値だけ見ると首都圏の強制収容通勤路線と比較して物足りなさを感じる。…が、10輛編成、1~2分間隔で、難波~梅田間は上下線ともと考えると改めて、この御堂筋線の凄さが分かって貰えるかも知れない。
因みに、20年ほど前は乗車率300%以上を記録したことがあるらしい…。
だが、それより驚くべき記録として1995年5月9日あたりに、平日のお昼前で乗車率1~10%という数値を叩き出したことがある。こんな数字が現れるのは、あれなカルト団体がXな日を予告しない限り起こることは金輪際ないと思われる。
では、なぜそんな日に乗ってしまったかお察しください。
[編集] 沿革
このセクションに書かれていることは黒歴史です!
できることなら見ないでおいてあげて!!
- 第1巻 143ページ - 大阪市制施行。まもなく鉄道馬車が走りはじめる。
- 第4巻 1023ページ - 約束の丘に雷神の右腕と風神の左腕をもつ太陽の塔が建設される。
- 第9巻 512ページ - 梅田駅-心斎橋駅間開業。以後徐々に路線を延伸する。なお、当時は単行運転であったが、当初から長編成運転を目指して8連対応のホームが建設されている。
- 第9巻 635ページ - ネット右翼が聖戦と主張する「大東亜戦争」で大阪市内全域が更地になる。
- 第10巻 415ページ - 難波駅を経て天王寺駅まで延伸され、キタ・ミナミ・新世界が一つの路線で結ばれる。
- 第11巻 382ページ - 輸送力増強のため、梅田駅や心斎橋駅などで長編成化とコンコースの改良が行われ、地下大聖堂がダサくなる。冷房が壊れ、梅田駅構内、コンコース、改札等は全て健康サウナニュージャパンになる。
- 第16巻 237ページ - 現代科学と人類の調和を謳ったマツーリが行われ、北大阪急行線に乗り入れ開始。
- 第16巻 762ページ - 祭り終了後、北大阪急行線の末端部分が廃止され、千里中央駅が移転する。
- 第20巻 726ページ - 太陽の塔が、雷の鎗(いかづちのやり)を久々に放とうとして右腕を失い、1人死亡、1人重傷。
- 第24巻 1063ページ - 大阪市最後の日。終焉の洪水が検閲により削除
(大阪市役所にある全二十四巻からなる黒い表紙の古書「大阪市営地下鉄のあゆみ」から抜粋。)
[編集] 建設時の状況
日本で初めての公営地下鉄であり、東京地下鉄道銀座線に次ぐ、東洋2番目の地下鉄建設であった。銀座線も、妖魔の出現から二足歩行兵器「学天則」の投入を余儀なくされるなど、かなりの難工事であったが、当路線においても建設工事は困難を極めた。
[編集] 人海戦術、そして
当時昭和恐慌のため失業者があふれており、甘言につられて地下鉄工事に従事する者が少なくなかった。
大阪の地質は軟弱で河川が多く、漏水やトンネル崩落などの事故が多発し殉職者や人柱[要出典]が続出した。なかでも、地下大聖堂といわれた梅田・心斎橋駅が水没した際には多大な犠牲者が出ている。
国家総動員法施行前にも多数の同胞が外地から強制連行されたと、某くそまじめな百科事典の管理者の大部分が歴史改ざんに勤しんでいる[1]が、実際には貧困層の多数にチ日本民族以外の移民[要出典]がいたために、外地住人の死傷者が増加する結果となっ[要出典]たと考えられ、ネット右翼の利用者が記事を改竄[2] たる。しかし工事関係者の人種偏見から、外地住人の死亡率[要出典]が内地住人より高くなった[要出典]ことは、党中央が決定した絶対的な事実[要出典]であり日本人は殺人狂[要出典]であると非国民管理者[要出典]は主張している。ともあれ、終焉の洪水がこの旧世界を屠り全てを飲み
| 死亡確認 | |||
|---|---|---|---|
| ごめんなさい。ごめんなさい。 | |||
| この時代ではお伝えできない事実が含まれていたため、投稿者は消去しました。 | |||
[編集] 地下鉄車両の搬入
車両の搬入方法については様々な方法が試みられたが、結局オーソドックスに駅の階段から押し込む方法がとられた。この際に数名が搬入中の車両にひかれるなどして殉職している。このため、地下鉄車両の搬入方法について考察を行うと、これら殉職者の霊が出て、夜も眠れなくなっちゃうといわれる。
[編集] 動力
最初の試運転で蒸気動力が試みられたが、ロンドンのサーフェス線と異なり掘割区間の設置が不可能であったためトンネル内に煙が充満した。巨大な換気設備が沿線各地に設置されたが効果がなく、やむなく牛馬による牽引で開業した。その後、内燃機関動力車が実用化されたことで難波まで延伸された。
[編集] 車両
非電化路線であり、3-4扉の気動車が多量に存在する。関東鉄道とも類似するが、その規模ははるかに大きい。 大阪万博以後は、北大阪急行の併用軌道に乗り入れるようになり、当時8両、現在では10両編成の気動車が高速道路規格の新御堂筋を濶歩する姿がみられる。また、さらなる北方への延伸を目指し、DMV化が検討されている。 なお、走行音は非常に電車チックで、軽く聞いただけではVVVFインバータ制御車や電機子チョッパ制御車と聞き間違えるほどの音であるだがあくまで気動車である。これは鉄道教徒の初心者に対するドッキリを行うためである。また、その走行音から気動車であることが乗客にバレるのを防ぐために、本来は夏場の冷房と併用するために使用されるラインデリア(送風機)を冬場でも運転することがある。そんなぴーことにも開発費を惜しまない、大阪市交通局のこのセンスに脱帽するものも多い。
ところで、実はこの路線は一応電車を通すことが出来る仕様となっているが、これは大阪市の車両ではなく北大阪急行8000系電車のために存在するものである。そのため保守管理は等閑になることが多く、掃除すら怠るために電流棒には埃がたまり、火災が発生することも多い。かような不安定さにより、この路線は国土交通省にも非電化路線と登録されているのである。
[編集] 出典
- ↑ 反日宣伝を繰り返すサヨク管理人への対抗言論 http://wikisayo.netuyo.or.jp/
- ↑ サイゾー2006年3月号 http://www.ultracyzo.com/newssource/0603/02.html