宇宙の果て

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
この記事はフィクションです。
実在の人物、団体、企業、宇宙の果てとは一切関係ありません。

宇宙の果て(うちゅうのはて)とは、航空宇宙物理学において度々話題に上がるキーワードである。

概要[編集]

かのアインシュタインは当初、宇宙に果てなど無く、果てを探して一直線に飛んで行ったとしても、時空のゆがみで反対側から出発地点に戻ってくると考えていた。

しかし、ドップラー効果を使った午前2時の天体観測で宇宙が膨張している事が明らかとなり、アインシュタインは自分の考え通り、自分の考えが出発地点に戻って来たと喜んだ。

そしてビッグバン理論などが生まれるが、宇宙の果てがどうなっているのかについては、出発地点に戻って来ない事だけが明らかになっただけに思われた。

実態[編集]

スポイラー
スポイラー

警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります。

もしあなたが、フェル博士の正体はハンニバル・レクター教授であることや、親戚一同が会した遺言状公開の席にいた犬神佐清は実は別人だったことや、太陽の翼はアクエリオンそのものの事だったことや、暁の黒幕はトビことうちはマダラ、と思わせておいて実は「死んだ」と思われていたうちはオビトであることや、三好と前田はカイジを裏切っていることや、オセロットは暗示によってリキッドに乗っ取られていたふりをしていたことや、最初のアギトは沢木雪菜であることや、魏呉蜀どの国も乱世を統一できないことや、アンサイクロペディアウィキペディアのパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、救急箱を手放さないようにしてください。

宇宙の果ては相対性理論で相対的に見ても光より速い速度で遠ざかっているため、どんな電波望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡などを用いても人類が直接観測する事は不可能であると、人類の知能によって直接観測されている。

つまり、どんな電波望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡などよりも、人間の知能の方が優れた観測能力を発揮できる領域があり、人間の知能でしか観測不可能な領域が確かに存在する事が証明された。長年地球温暖化の原因の一つとしか考えられていなかった哲学者の得意分野である[注 1]

まとめると、事象の地平線の向こう側の世界は、哲学者の領域である[注 2]

地平線の向こう側といえば、ストライクウィッチーズに登場する、サーニャ・V・リトヴャクの出番である。

その実力[編集]

サーニャの特殊能力といえば、電波の受信である。電離層での反射も利用して地平線の向こう側の敵まで探知できる索敵能力は随一である。

一度探知してもらった際の答えはシンプルに「さぁにゃ。」と言うだけであったが、二度目の探知では「電波は不要で、必要なのは量子力学」という事が分かり、サーニャは帰った。お疲れ様でした。

事象の地平線の向こう側が観測されてしまった事により、とある猫の生死が決定されてしまった。

宇宙の果てのその先[編集]

宇宙はビッグバンで始まったとされているため、宇宙の果てのその先を考える際には、ビッグバンの前の状況を考える事とほぼ等しくなる。

つまり、あるアフリカの先住民の言い伝えにある通り、「宇宙の始まりは考えの終わり」。そこで考えるのを辞めるのが一つの常識とされている。

しかし以下のように支離滅裂な理論が飛び交い、阿鼻叫喚の様相を呈している。常識を疑いなさいとは死神もよく言ったもので[1]

お分かりいただけただろうか。そうだ、天国へ行こう!というノリではとても行けないのがツラい所。宇宙の果てまででも2018年6月現在でもだいたい片道137億光年[2]から465億光年[3]ほどの道のりで、しかも光より速い速度で遠ざかっているので、はて、どうしよう?となる。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 宇宙物理学なども知っている必要はあるが。
  2. ^ 事象の地平線ブラックホールなどにも登場する。

出典[編集]

  1. ^ "『命を救った死神』第11話". grape (2018年6月8日). 2018年6月12日閲覧。
  2. ^ "質問6-2)宇宙の果てはどうなっているの?". 国立天文台(NAOJ). 2018年6月6日閲覧。
  3. ^ "観測可能な宇宙". ウィキペディア (2018年2月2日). 2018年6月6日閲覧。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「観測可能な宇宙」の項目を執筆しています。
この項目「宇宙の果て」は、嘘です。よく近所の物知りおじさんが教えてくれた豆知識も大抵は嘘です。アンサイクロペディアを真に受けてはいけないのです。大事なのは、ジョークを笑い飛ばす心の広さです。