宮城ひでお

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ウィキペディア専門家気取りたちも「宮城ひでお」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
ドラフトで指名された際のホームページの画像。
一番下が宮城。

宮城ひでお(みやぎ-、本名:ハンサッツ・ワッタナ1980年9月28日 - )はタイピピ島出身のプロ野球選手。横浜ベイスターズに所属していた。ポジションはダメ。宮城ひでおというのは登録名であり、日本に来た時に世話になった二人の人物の名前をもらったという(ひでおは漢字暎雄が難しくひらがなにした)。

人物[編集]

黒人ハーフながら身長は169センチ(1.0833333333333333333hyde)、体重63キロと小柄な体系であるが古河スカウトは「足は赤星、パワーはウッズ、守備はダメレベル」と話している。

2004年のドラフト山下大輔監督は自由獲得枠染田賢作那須野巧を指名した後、4順目に宮城を指名した。誰もが知らない謎の選手だったため会場は騒然となり、横浜ベイスターズ公式ホームページでの公表後にはファン達にも広まり、様々な憶測が飛び交った。ドラフト指名に宮城も最初は戸惑っていたものの、大好きな野球で稼げることや、今まで苦労させてきた母親や兄弟たちのためにもと、入団を決意。「ダメなりに頑張る」というコメントをし、その年の流行語大賞の候補に選ばれる。

しかしキャンプでは主力組に入ることが内定していたが、キャンプを前にして突如失踪する。タイに帰ったのではないかといわれているが、行方は依然として不明である。その後首脳陣が呼び寄せた超能力捜査官ジョー・マクモニーグルによって遠隔透視が行われたものの見つからなかった。しかしタイ初めての日本プロ野球選手としてスパラッ・ ティーパカコーンノスティキアット・ブンナム白倉キッサダーなどのタイ出身野球選手からは目標の選手としてあげられている。

経歴[編集]

ピピ島で漁師の4男として生まれる。父親がアフリカ系アメリカ人、母親がタイ人でタイガー・ウッズと同じである。2歳のとき父親が謎の蒸発、病弱な母親を助けようと奮闘したことが強靭な肉体を持つ理由となった。宮城は貴重な働き手だったが、勉強も熱心に行っており母親や兄弟から高校進学を勧められ決意し、バンコク大学附属ナパキャット高校に入学する。次男の観光業が軌道にのってきたこともあり、バンコク大学にエスカレーター式に入学、大学で日本の文化を知り来日する。日本でたまたま観戦したプロ野球で松井秀喜のホームランボールを手に入れ感動し、野球の虜になった。帰国後は手作りでバットミットなどの野球用具を作り大学の仲間達と野球をした。そこをたまたまピピ島に観光しに来ていたジョー古河が見かけ、類稀なる才能を感じた古河氏は異例のドラフト指名を決意した。

応援歌[編集]

新入団選手がキャンプ前に応援歌をつくられることは異例である。

ハマの風に乗って 異国からやってきたニューヒーロー
ダメダメダメひでお タイの仏像が みんな見つめているぞ
サワッディー! おはよう 敵のエース ヒウ! 腹減ったよ キャノンボール 

関連項目[編集]