宮崎吾朗

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「気持ちで映画を作っちゃいけない」
~ 宮崎吾朗 について、宮崎駿
うほっ いい男
「正直、失敗だったね」
~ 宮崎吾朗 について、鈴木敏夫

宮崎吾朗(みやざき ごくつぶしろう)とは、日本のデザイナー、映画監督である。

目次

[編集] 概要

1967年誕生。埼玉県立トトロ左派高等学校を経て、大学農学部を卒業。造園デザイナーとして活躍。ジブリ美術館の総合デザインを手がけ、賞を受けるなどその分野では評価されていた。また、押井守との交流も深く、自分の親よりも彼の作品を賞賛するという親不孝者である

その後、「自分はアニメもいける」と思い始め、プロデューサーの鈴木と結託し、前述の美術館での成功を理由に「ゲド戦記」の企画に参加。駿が忙しくて年寄りなのをいいことに、いつしか自身を中心に話を進めていく。

[編集] ゲド戦記

2006年7月に劇場公開。ジブリブランドという事もあって興行成績は76.5億円、観客動員数は588万人とそれなりの成功を収めているが、映画の内容に関しては、各方面から批判非難の声が多々見受けられた。以下、その点を詳述する。

[編集] 評価

国内においては、興行成績とは対照的に、2006年度の最低映画との厳しい評論を、別々の映画誌から受けている。おすぎからは「ゴミみたい」「素人みたいなアニメーション」「時間の無駄」との酷評ぶり。それに加え、「映画芸術2006年ワーストテン第1位」「第3回文春きいちご賞」「第3回蛇いちご賞」などの不名誉な賞まで受賞してしまった。

海外では、宮崎駿の息子という事で、ベネチア国際映画祭に招待され、現地で上映された。意外にも観客の反応は良く、会場は満席になり、上映終了後はスタンディングオベーションを受けるなど、好評を博したかに見えたが、現地の新聞からは日本と同じ最低ランクの評価を受け、ジブリの顔に泥を塗る結果になってしまった。

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

[編集] 「テルーの唄」に込められた想い

「映画監督」としては、低評価の吾朗氏だが、「テルーの唄」の作詞も手掛けており、こちらは受けが良い。萩原朔太郎の「こころ」をパクっているとの声もあるが、正直そんなことはどうでも良い。

この歌が好評な理由は「こころを何にたとえよう」という詩が、曲とあわせて歌うと「オナニー例えよう」「心をナニに例えよう」といった部類の空耳に聞こえる事である。 これは吾朗氏が意図した結果であり、偶然ではない。何故なら「ゲド戦記」は、現代社会を念頭に制作されており、希望を失った人々が描かれている。そこに彼の「人生とは所詮、オナニーである」といった、奔放な人生哲学を詩に込めて、観客に対するメッセージとしている。本編がグダグダな出来だったおかげで、歌に多くの目が行き、結果、彼の教えに辿り着く。

本人は、「全て計算どおり」としている。

[編集] 今後について

次回作について問われると、「みなさんに喜んでいただいていて良かった。今はウチのパパ(宮崎駿監督)が作っているので、私の次作があるとすれば4年後。次のワールドカップ開催の年に公開出来るよう頑張ります」と監督続投宣言をした。


……だめだこいつはやくなんとかしないと


[編集] 関連項目

Wikipedia
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