将太の寿司
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
『将太の寿司』(しょうたのすし)は、寺沢大介による漫画作品(料理漫画)、およびそこから派生したドラマ・アニメ・小説作品。
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[編集] 概要
『将太の寿司』は週刊少年マガジン誌上で連載され、単行本が全27巻(文庫では全14巻)刊行された寿司漫画である。続編『将太の寿司~全国大会編~』も1997年より2000年まで同誌に連載され、こちらは単行本が全17巻(文庫では全8巻)刊行されているが、それ以上にコンビニコミックとして何度も販売されている。
なお、コンビニコミックの発売年によって本の厚さが違っているため、同じシリーズ(370円と400円と500円の3通り)のコンビニコミックを読まないと話が重複してしまうことがある。もともと内容があちこちで重複している作品だけあって、この二重の混乱は読者を大いに混乱させている。この混乱と、内容の不自然さを楽しむことができなければ本作品を愛でる事はできない。
[編集] あらすじ
小樽から出てきた関口将太が、新人寿司コンクールで優勝する話である。これ以上知りたければ作品を読むこと。
[編集] 読み処
まず、新人寿司コンクールからいつの間にか"新人"の部分が欠落する。もとは寿司料亭の経営者にまで新人としての門戸を広げた寿司コンクールであるが、その内容は過酷で新人には到底無理であったためと思われる。
もちろん突っ込みどころ、いや、読み処は満載されている。千葉の白浜に行くのに外房線廻りで行くあたりはまだマシであるが、絶対味覚などというわけのわからないものが出てきたり、電車に轢かれても翌日に寿司を握れてしまったり、二重人格者が寿司を握るといった不思議な話が列挙されている。
出場者は基本的に失業寸前の窓際族でなければならない。なぜなら、お題発表の場で勝負日を通告されるからである。個人の都合は全く考慮されない。それが「3時間後」の事もあれば、「翌日」の場合もあり、「1ヶ月後」の場合もある。ちょっと呼ばれてそのまま勝負突入という訳のわからない展開もあった。
なお、たとえ現地に中国人の息子が居たとしても、日本人が中国で永住権を得て商売をするのはまず無理である。また、寿司の材料にすべてのお金を掛けてしまい栄養失調で盲目となる話も出ているが、これで盲目となるのならアラスカのエスキモーは皆眼が見えない筈だ。パチンコにすべてのお金をつぎ込めば栄養失調になるが、つぎ込んだ相手は魚と米、海苔や生姜なのだから、逆に健康になるべきである。もしも寿司にのめり込んで栄養失調になるとしたら、寿司は栄養的に問題がある食品という事になってしまう(痛風になる危険は否定しない)。
結論:寿司は人間を狂わす
[編集] 量の概念の逸失
2カンしか作らないはずのコンテストで5人が試食したり、ほとんど取れない材料で沢山の人が試食するなど、一体どれだけの量を作っているか理解できない場面が多々出てくる。
地区大会の一次予選からして不可思議である。出場者は10人、材料のサヨリは各自1尾、3枚におろしたので2カン分の材料が取れる。そして実際に作成したのは1カン。(評点時の審査員テーブルに注目)、評点が同点となった瞬間に2人の味の勝負に切り替わるが、ここで新たに寿司は握っていない。
審査員は7人居て、全員が試食をして更に審査後にも1カン残っている。細工寿司だから切るわけにもいかないはずである。7カンはどこから出現したのであろう? まさか審査員は試食毎に毎回吐き出したのか?
全国大会の一次予選の第2戦も不思議である。調理場には火が無いので、宿舎で作ってきた玉子焼きに点数をつけるのだが、ここで急にお題に「早握り」が追加され、トップの者は300カンを超える玉子にぎりを作る。いきなりである。シャリや酢は主催者が用意したとしても、玉子焼きだけは用意していないはずである。この玉子焼き、どこから出現したのであろう。
そして圧巻は一晩で200人分の弁当を作るくだりである。やってみればわかるが、特に専用設備がある場合を除けば、一人では100人前が限界といえよう。炊飯だけでも複数の大釜が必要である。しかも、作ったのは寿司ではなく専門外の弁当である事を忘れてはならない。深夜まで蒲焼の練習をしていたはずなのに、一体いつ弁当を作ったのであろうか? そして将太はそれを一人で列車に運び込んでいる(彼は運転免許を持っていない)。
他にも600人分の弁当を2人で作ったりしている。1人前を1分で済ませたとしても5時間掛かる。もしも始めの予定通り1200人分の弁当を作るとしたら、いったいどうしていたのだろう。
全国大会決勝では、山村の小学校で50人前のちらし寿司を作る勝負がある。近くにはよろずやと魚の移動販売が来るだけ。それなのに将太は1人前5個、計250個の大き目のアサリをあっさりと手に入れている。あれはきっと川アサリという新種に違いない。この川アサリは七輪らしきもので4つずつ焼かれる。63回焼いているのである。
結論:寿司は数字の概念を失わせる。お勘定が高いぐらいで文句を言ってはいけない。
[編集] 本当に味がわかるのか?
一人10カンの寿司を作り審査員が食べるくだりが数箇所出ているが、審査員が全員の寿司を食べているのはきわめて不思議である(例外あり)。全員の寿司を順番に食べたら寿司の組み立てが台無しになってしまう。しかも審査員は20~40カンもの寿司を食べているのである。満腹というよりは大食い大会と言ったほうが正確である。
結論:審査員にギャル曽根を加えるべきである。
[編集] 佐治はいつ修行をした?
鳳寿司からの東京大会出場権を将太に奪われた佐治は、日本中で修行をした末に京都の寿司屋からエントリーして、全国大会で将太と闘うというストーリーになっている。
し、しかし、ちょっと考えてほしい。予選~全国大会終了まで2年であり、全国大会中に次の予選が始まっている。つまり、予選は毎年行われていることを忘れてはならない。
東京大会と京都大会の間に極端な時間差があるはずが無いのである。千葉で開かれた全国大会では47都道府県からの代表が集まっている、しかも東京代表の将太は後半組だったのだから、予選は同時に行われたか、京都のほうが早かったと考えるのが妥当であろう。これが島根や鳥取代表だとしたら、予選の参加者が少ないということでなんとか誤魔化せても、京都では無理だ。
結論:佐治は修行などしていない。鳳寿司での最初の勝負だけで物語は充分であった。
[編集] 費用はどこから?
現地への旅費も、材料費も自分もちという、恐ろしいルールで、この寿司コンテストは実施されている。
費用が青天井となることは目に見えている。しかも、一部の参加者は材料の買占めまで行っている。莫大な費用を掛けた素晴らしい戦いが展開されたわけである。こうしたコンテストへの参加費用が上乗せされている分だけ、寿司は高いのかもしれない。
結論:寿司の代金は、目の前の寿司だけではない。
[編集] 世界一ヒマな観客たち
どこに行っても沢山の観客が居る。寿司人気、ここにきわまれりという処であるが、お題の発表だけの会場にまで満場の観客が居るのは理解しがたい光景である。しかも現地では、他人が寿司を食べるのを見ているだけ。きっと彼らはエキストラなのであろう。
結論:寿司は食べるものではなく眺めるものである。
[編集] 衛生面での問題
勝負場所には水道が無い。参加者は水を持ち込んでいるのである。衛生面で問題は無いのであろうか? 米が取れたところの水で炊けという話も、衛生面からは大いに問題がある。
将太は多くの場合、すし職人の服装のままで材料の採取を行っている。皆がコートを着ていても職人服なのである。汚くないか?
結論:何も気にするな。
[編集] 情けない父親たち
- 子供のために船乗りになるのを辞めた父親(船のほうが稼げる!)
- 子供に同情されるぐらい味がひどい寿司屋
- 娘の素行(職人とできている)すらわからず、「職人の腕が良いほうに娘をあげる」といってしまった父親
- 自分の妻のお通夜にも葬式にも出なかった父親(料理はどこから取ったのだろう)
とにかく、情けない父親のオンパレードである。これでは子供がかわいそうだ。マシなのは、黒い鯨肉を食べさせた鯨取りの名人ぐらいだろうか。
結論:名人になりたければ情けない親を持て。
[編集] 本当は将太の楽勝!?
紺屋碧悟はサンマの買占めを行った。コンテストの価値自体を破壊する行為にお咎め無しとは考えにくい。
牛肉のなれ寿司を作った大年寺三郎太は、現場に材料を持ち込み調理するというルールを無視した。本来はここで失格である。
高田早苗は持ち帰り専門の寿司店の店員(兼店長)だが、これで参加資格があるのであれば、ミスター味っ子にも参加資格はあるはずである。
清水哲也は途中で寿司店を解雇されており、これまた出場資格を失っている。切島由太は兄の名、切島傀を名乗っている。偽名での参加者は当然失格であろう。
笹寿司の笹寿司4包丁も不思議だ。冒頭でははっきりと、笹寿司はこれから全国展開を始める、まだ小樽だけの店だと書いてあるのに、なぜか4人の出場枠がある。東京(将太1人)よりも多いのか?
料理人殺しを自称する武藤鶴栄は、全国大会編第4話によると新人コンクール全国大会の特別審査委員長である。ところがその159話では「何だ…あの新人コンクールというものは 茶番もいいかげんにしてほしいものだな」と、自己否定してしまう。その武藤鶴栄がつれてきた紺屋碧吾に勝ったのだから、将太は審査員以上の技量を持つ、審査仕切れない存在なのだ。それ以前に、とにかく数日あればなんでも習得してしまう将太は間違いなく天才である。また、全国大会は野次、暴言自由という点で非常に珍しい大会でもある。出場者だけでなく審査員まで暴言を吐いている。断言しよう。この本に出てくる寿司職人、寿司協会関係者にまともな人格者は居ない。
結論:やはり、寿司は人を狂わせる。
[編集] 巴寿司の運命
巴寿司は、将太の実家であり、笹寿司によって材料を絶たれていることで倒産寸前である
ところで、全国大会では、材料が手に入らなくなると将太は自分で材料を探しに出かけ、確実にそれを手に入れてくる。 とすると、素直に実家でも自分で船を出せば良いのではないだろうか? え? 漁業権? それは最初から将太は無視しているから問題は無い。JASRACと同様、自家消費でも問題となる筈なのに.....(JASRAC登録曲は、たとえ作曲者といえども自由に演奏することはできない)
小樽には意外と寿司屋が少ない。なぜなら観光客が少ないから。笹寿司は17号店まで持っているようだが、OFFシーズンはどうしているのであろうか。巴寿司と共倒れしそうである。
北杜夫先生や西原理恵子の著書によると、小樽ではボッタクリが流行っているらしいが、本書によれば実情はもっとひどく、巴寿司は地区大会から全国大会へ掛けての短い期間の間に、「安くてまずい店」と「うまい店」の間を何度も行き来している。また、笹寿司はランチタイムにサービスのイセエビでお客を釣るぐらい安い店に徹することもあれば、うまいものを食べたければ笹寿司に行け、ただし高いから覚悟しろ。と、言われる場合もある。つまり商品が安定していないのであり、これでは観光ガイドの訂正も間に合わず、客の予算とのつりあいなど取れるわけが無い。
結論:回転寿司に行こう。