小田急小田原線 (2029年)
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
小田急小田原線(おばきゅうおだわらせん)とは、首都圏大手私鉄の中で最も儲かっている鉄道路線である。以前はJR東日本には乗り入れていないも同然だったが、現在では常磐線いわき駅まで直通運転している。
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[編集] 概要
日中時には新宿~本厚木間で1時間に約40本、本厚木~小田原間は一時間に30本運転されている。多摩線や江ノ島線から列車が侵入してくるので若干増えたり減ったり。 朝ラッシュ時には本厚木→代々木上原で1時間に90本運転される。新宿~小田原間は々線で立体交差化されている。ただし土地の問題で新宿駅に一番近いとこにある踏切は未だに健在。昼でも開かずの踏切なので、一つ小田原よりの踏切を使うべきである。
[編集] 路線データ
- 全長:昔と変わらず長いよ。
- 駅数:田園都市線の4倍くらい
- 猿が出る区間:全線
- 最高速度:160km/h(200km/h運転を検討中)
[編集] 種別
[編集] 特急ロマンスカー(Limited Express Romancecar) - 紅
- 有料特急。通称「ロマンスカー」
- 新宿~小田原間では160km/h運転を行う。
- 一番長距離を走る列車はいわき~箱根湯本
- 「はこね」・「スーパーはこね」は、新宿~小田原~箱根湯本を結ぶ列車。どちらも新宿~小田原間では160km/h運転を行う。
- 「さがみ」は新宿~小田原を結ぶ列車。上記の列車の補完をしている。これも160km/h運転対応。
- 「あさぎり」は新宿~新松田~御殿場線乗り入れで沼津までを結ぶ列車。昔と変わらず水色のと青いのがいるが、やはり160km/h運転対応。
- 「えのしま」は新宿~相模大野まで小田原線内を走り、そこで江ノ島線に逃げ込む列車。140km/hまでしか出せないので、これ以上小田原線を走ると後続の特急に追突される。
- 「ひたちはこね」は、いわき~勝田~水戸~柏~北千住~小田原~箱根湯本を結ぶ列車。全区間乗ると4時間はかかる。そのため車内サービスの一つに、かっての車内サービスの一つであった走る喫茶室(ロマンスカーカフェ)が進化した走るレストランと走る料亭(号によって異なる)があり、そのサービスで出されるメニューは、走るレストランは常陸牛を使ったフランス料理、走る料亭は相模湾で獲れた魚を使った純日本料理と、セレブを意識した豪華な物になっている。160km/h運転対応。
- 他に「メトロはこね」「メトロさがみ」「メトロホームウェイ」(有楽町線ではなぜか本厚木方面に向かう列車もあるのに「ベイリゾート」と列車名が変わり軍事列車になるのは昔とかわらない。)は、21世紀初頭あたりから運転されている列車である。だいたいは北千住に行くんだけど、たまに新木場にワープする。新宿には行かないし、展望席もない。
- 昔は夜になると全列車「ホームウェイ」になっていたのだが、現在では廃止されている。夜になっても家に帰る人以外の利用者が多いためである。
- 他に年越し限定特急NYE(ニューイヤーエクスプレス)がある。新宿から片瀬江ノ島方面に向かう。これだけは160km/h運転。
- 分割案内は特A~Cまである。
[編集] 快速急行(Rapid Express) - 橙
- もしくは快速急行。
- 21世紀初頭から健在する怪物急行。最高速度130km/h
- やっぱり湘南新宿ラインを全力でライバル視している小田急の決戦兵器の一つ。
- 途中の3駅を猛スピードで通過する。グモの人気列車。
- 昔とかわらず江ノ島線にも直通する。
- 箱根に行かないのも相変わらず。その代わり多摩線に直通するやつができた。
- 新百合ヶ丘~下北沢間はノンストップなので座れるかどうかが運命の分かれ目。
- ぶっとばすけど、車両が良くなったのであまり酔わないと思う。
- 通勤型振り子車両導入予定。
- 兄妹仲良く終点まで一緒。
[編集] 多摩急行(Tama Express) - 薔薇
- もしくは多摩急行。
- 京王相模原線の対抗馬であるが、現在は急行に殆ど変わってしまったので絶滅危惧種に認定されている。
- 昔と変わらず。新宿までは乗り入れてくれない。代々木上原でガチャピンに連れ去られる。
- ガチャピンが風邪ひいたときは新宿に無事到着する。
- 夕方しかないから知名度がかなり低い。多摩っていうけど今は多摩線内は各駅停車になっちゃってる。
- 分割なし。兄妹仲良く最後まで一緒。
[編集] 急行(Rapid Express) - 赤
- 伝統の種別。
- 快速急行に最速の座を譲っても、いまだに健在。
- やっぱり本厚木から新松田までは各駅停車
- 新松田で新松田~小田原間ノンストップの兄と各駅停車の妹に分割。
- 箱根湯本まで乗り入れるには乗り入れるけど、未だに箱根登山鉄道と仲直りをしていないのであまり直通してない。
- 相模大野で魔法が解けて各停になるやつもまだある。
- 相模大野・海老名・本厚木・新松田・小田原で兄と妹に別れる。兄妹が別れる感動の瞬間。利用者は皆、涙。
- 分割案内板は急Aから急Zまで使う。しかもそれ以外の位置での分割まで行う。
- 慣れないと違う路線に連れ去られるので注意。
[編集] 準急(Semi Express) - 緑
- 区間急行。新宿~向ヶ丘遊園間は急行運転をするが、そっから先は各駅停車と言うなまけもの。
- 江ノ島線・多摩線では運転されない。
- ときどきガチャピンに連れ去られる。
- かなり昔はよくスキップを踏んでいた。あのころはおてんばだったものよ。
- 最近、影濃くなってきた。
- 多摩急行と並ぶ千代田線直通列車、調子に乗って常磐線我孫子まで行く奴もいる。
- 列車のほとんどが新宿・松戸・本厚木間での運転となっている。
[編集] 各駅停車(Local) - 紺
- 無難に全駅停車。
- 昔と変わらず全線通しての旅客運用はほとんどない。
- ランダムで急行か快速急行と接続。
- 相模大野で華麗なる変身をして、急行になることがある。天才は快速急行に化ける。
- 複々線区間で急行たちに華麗にスルーされる悲しい負け組。
- 最高速度は130km/hだけど、130km/hになる前に駅に着いちゃう。
[編集] 今は無き種別について
[編集] 区間準急(Section Semi Express) - 水
- もしくは区間準急。
- 代々木上原~向ヶ丘遊園間の複々線化とともに絶滅。
- 列車内容と同じく短い命でした。ご冥福をお祈りいたします。
他あまりにも多すぎるので、割愛させていただきます。m(_ _)m
[編集] 暇人の乗車記
残業を何とか終え、新宿のホームに向かう。ひどいや課長……グスン。
新宿駅は昔と変わらず地上に3本、地下に2本の線路。いい加減線路増やすべきだと思うのは俺だけか。
沿線にはこれでもかというほどマンション・ビルがぎゅうぎゅうに立ち並んでいる。
田園都市線と違って、とても賑やかになっている。昔と駅数が殆どかわらないけど、いいかげん増やした方がいいと思う。
5番ホームにぽけーと突っ立っていると、3時30分発の最終、12両編成の準急小田原・藤沢行きが入線してきた。
分割案内は急R。前6両が小田原行き、7・8両目が本厚木止まり、後4両が藤沢行きとのこと。
終電といっても、4時20分には初電が動き出す。一昔前では考えられない状況だ。
客が降りた後、乗車ホームのドアが開くと同時に客がなだれ込む。小田急名物、席取り合戦は未だに健在だ。
席に座ることを諦め、運転席の後ろから前を見ていることにした。
定刻に新宿駅を発車。まるでビルの合間をすり抜けるように列車は100km/hくらいで快調に進む。ビルの夜景が美しい。
代々木上原に到着。ガチャピンに開放された人たちが車内にどんどん乗ってくる。ここから梅ヶ丘まで地下を走る。
下北沢でも井の頭線からの乗り換え客が沢山。車内の乗車率は120%くらい。
梅ヶ丘からは高架線になる。なんでこんなにジェットコースターみたいなんだろう。
やはり線路の周りにはビル・マンションで埋め尽くされている。
この時間でも豪徳寺駅には列車を待つ人がちらほらと見受けられる。
経堂に停車。ここで若干空く。向かい側に止まっている各駅停車に乗り換える人もいるようだ。
130km/hを記録し、成城学園前に到着。なぜか地下。
坂多すぎなのだが、急勾配をものともしない小田急の列車は素晴らしいと思う。
喜多見、狛江、和泉多摩川を通過。110km/hで快走する。
多摩川を渡るときに、大渋滞になっている多摩水道橋が見えた。渋滞を尻目に、列車は登戸駅に滑り込む。
もう南武線はとっくに終電が発車しているのにもかかわらず、沢山の客が乗ってきた。乗車率120%に逆戻り。
ここから先は最終電車になる。ここで急行線から緩行線に転線。急行線には保線員がちらほら見られる。
向ヶ丘遊園までは50km/hでゆっくりとカーブを曲がる。
向ヶ丘遊園の駅は府中街道の上に作られ、かなり高い場所にある。駅前は未だに賑わっていた。
ここからは各駅に停車する。沿線はマンションがかなり見受けられる。
新百合ヶ丘では多摩線へ乗り換える客が若干。途中に新柿生駅を作るための空き地があった。
町田で大量に下車があった。それでも乗車する客もいる。乗車率は90%くらいだろうか。
相模大野で分割作業が行われる。昔と違い、自動で切り離し作業が行われる。
ここで兄と妹が別れる。何度見ても感動する。
兄の前8両は相模大野を発車した。その後も順調に駅に止まっていく。どの駅も高架になってまだしばらくなので新しい。
本厚木で後2両を切り離す。さらば我が弟よ。
その後も高架線を順調に走行。ここからは駅間が長いので、130km/hはざらである。
新松田につくこには車内はかなり空いていた。乗車率25%といったところか。
さらにいくつか駅に止まり、小田原に到着。
現在、東海道本線は熱海~平塚間は運休中であるのでこれだけ客も多いのだろう。
5時30分発の下り新幹線に乗る客もいるようだ。
隣には荒れ果てた東海道線の線路が見える。
もう数十年は運休したままだ。ホームも朽ち果てている。
一昔前には30両編成の貨物列車やブルートレインといわれた夜行列車が行き交っていたらしいが、今は面影もない。
少し明るくなり始めた空を見上げる。これぞ夜明け前より瑠璃色な。
煌々と明かりを放つ小田原駅を背に、家へと歩いて向かった。
[編集] 本当の路線データ
[編集] 栄光の歴史
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 小田原急行鉄道の手により4年で全線開通。
- 1927年(昭和2年)4月29日 天皇陛下が乗車。このころには経営もまともになりつつあった。
- 1935年(昭和10年)6月1日 新宿~小田原間のノンストップ特急運行開始。今のスーパーはこえね。当時の特急名は「週末出血大サービス☆ぶっ飛ばし温泉特急」。
- 1937年(昭和12年)7月16日 - 四十八瀬川築堤が右翼団体に破壊され上下線が不通になる(11月29日に完全復旧)。
- 1941年(昭和16年)4月5日 - 酷鉄に相模原駅の名を略奪される。仕方なく相模原駅を小田急相模原駅に改称。
- 1941年(昭和16年)11月25日 - すもうライナーの小田原線への侵攻開始。
- 1946年(昭和21年)1月28日 - 大秦野駅付近でインフルエンザに罹った小田原行きの電車が勾配を逆走して鶴巻駅であぼーん。30名死亡。
- 1950年(昭和25年)8月1日 - 箱根登山鉄道の乗っ取りに成功。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 御殿場線への侵略開始。
- 1960年(昭和35年)3月25日 - 麻生氏の鶴の一声により百合ヶ丘駅開業。
- 1964年(昭和39年)11月5日 - すもうライナーとの戦争に勝利。
- 1978年(昭和53年)3月31日 - ガチャピン出現。
- 2002年(平成14年)3月23日 - 湘南急行と多摩急行が登場。
- 2004年(平成16年)12月11日 - 湘南急行が絶滅、快速急行と区間準急を新設。
- 2008年(平成20年)3月15日 - ロマンスカーがついにガチャピンに連れ去られる。
- 2012年 - 東海大震災で新宿~代々木上原間と向ヶ丘遊園~小田原間が破壊される。新しかった代々木上原~向ヶ丘遊園間は損害なし。マスゴミから絶賛される。
- 2016年全区間で復旧・複々線化完了。またも4年で作り上げた。小田急の魔術発動。関西~関東の大動脈となる。
- 2017年 - 新型通勤車両6000形を導入、全列車で130km/h運転開始及び12両化。ダイヤ白紙改正。向ヶ丘遊園に車庫を新設。
- 2019年 - ATACS導入、及び特急の140km/h運転開始。
- 2020年 - 特急の160km/h運転開始。ダイヤの大幅な改正。江ノ島線復旧。
- 2025年 - 新型特急車両100000形登場と共に常磐線への特急乗り入れ開始。いわき~箱根湯本間直通運転開始。
- このときにやっと多摩線復旧。老人だらけの多摩線は見捨てられたようです。
- 御殿場線復旧もこのとき。
- 2035年 - フリーゲージトレインによる東海道新幹線との直通運転開始予定。
[編集] 各駅の様子
- 新宿 - 昔と変わらず地上3本地下2本。唯一変わったのは12両編成対応くらいか。
- 南新宿~代々木八幡 - 急行線は高架、緩行線は地下を走る。ホームは全て島式。
- 代々木上原 - 千代田線にすぐ乗り換えできるので便利。駅舎3代目。
- 東北沢・世田谷代田 - 緩行線のみホームがある。
- 下北沢 - 緩行線が地下2階、急行線が地下3階の構造。
- 豪徳寺・梅ヶ丘 - 緩行線のみホームがある。つまり急行列車その他は永遠に止まらない。比較的古い駅。
- 経堂 - 通過線が一つある。主に急行が特急に追い越される。近くに車庫がある。ここも比較的古い。
- 千歳船橋・祖師ヶ谷大蔵 - ここも比較的古い。
- 成城学園前 - ここだけ何故か地下。成城学園の人が沢山利用する、らしい。
- 喜多見~和泉多摩川 - やっぱし古い。
- 登戸 - 南武線との乗り換え駅。朝は特に込み合う。
- 向ヶ丘遊園 - 府中街道の上にあるのでかなり高い場所にある。近くに車庫が新しく作られた。
- 生田~百合ヶ丘 - やはり緩行線のみホームがある。ただし百合ヶ丘の前後には麻生氏によって転轍機が設置され、急行その他臨時停車が可能。
- 本厚木 - 昔と変わらず島式ホーム2面4線の駅。この駅を出ると新松田まで各駅に止まる。各駅停車・準急の大半はここで折り返す。また朝・夕の時間帯には列車の分割併合が頻繁に行われるようになった。ほとんどの特急ロマンスカー停車する。
- 新松田 - ここで小田原方面行きの急行列車を分割し急行と各停にする。箱根登山鉄道線直通の列車もここまでやってくる。
| この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。 あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ) |
[編集] 路線繁栄の理由
まず、2012年の大地震により東海道線と東海道新幹線が復旧不能になっていること。神奈川県西部と東京都心を結ぶ路線で復旧可能な路線は小田原線しか残っていなかったため、国の援助を受けて新しく整備された。さらに沿線には小田急不動産の策略により大量のビル・マンションが立ち並べられた。これらの施策により、現在のような小田原線の繁栄が実現したのだ。
なお、鉄道を使わせるために沿線を開発するという手法そのものは、東急田園都市線の二番煎じである。
[編集] 関連項目
| この「小田急小田原線 (未来)」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ) |