小野妹子

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小野妹子
Eeeek.JPG
萌え妹化された後世の肖像。
基本資料
本名 春日ですよ 
通り名 俺の妹 
身体情報 乗り物酔いに弱い 
職業 使いっパシリ 
好物 自分探し 
嫌物 現実 
出身地 近江国 
出没場所 あちこち 
所属 大和朝廷
親戚等

父…春日仲君、妹…春日老女子、ほか

小野妹子(おの の いもこ、生没年不詳)とは、宗主国・隋王朝柵封体制下から日本を離脱させてしまった反逆者である。が、同時に名前が非常に紛らわしく、女と誤解される悲しき犯罪者でもある。

出自[編集]

元は近江国滋賀郡小野村(現・滋賀県大津市)の豪族(春日氏)の子弟(当時の名前は記録に残されていない)であったが、放蕩が過ぎたために父である春日仲君(はるひなたのきみ)から勘当されてしまい、若くしてホームレスとなる。あまりの恥ずかしさに名を春日(かすが)と改めて持前の口八丁の才能をいかんなく発揮、流しの戯芸者として大いに売り出し、その芸歴に箔をつけたい一心で「我こそは敏達天皇が一子・春日皇子の嫡男のまた友達にして、春日小野臣大樹(かすがおののみひろつみいつき)の末裔、小野春日(おののかすが)である」と名乗るようになり、自作した家系図(自分の妹が祖父に嫁いでいたり、その産んだ子どもがまた父親に嫁いで他人の子を産んでいたり、という出鱈目なものであった)を見せびらかして自己顕示欲の発散に利用していたが、そんなことばかりしていたために、肝心な芸はと言えばまるで上達しなかった。そんなグダグダのままで30歳を目前にしてようやく自分探しの旅を諦め、真面目に働くことに決めたのであった。

遣隋使として[編集]

何度か受験に失敗したものの何とか官吏登用試験に合格した春日は、かつて敏達天皇に嫁いだ従妹(春日老女子)のコネで遣隋使に採用(ちなみに有名な小野妹子という名前は「従妹のコネにぶら下がるヒモ野郎」を意味する蔑称が由来である)され、推古天皇15(607)年に鞍作福利(くらつく ふらり)に随行して隋へと渡るが、二人して重度の船酔いに苦しめられてのたうち回った挙げ句、翌年(推古天皇16(608)年)に医師である裴世清(はい せいせい)に連れられてどうにか生還することが出来た。幸か不幸か、これが日本に当時の最新医療をもたらすキッカケとなった事実については誰も気にしないのであった。

また、聖徳太子から頼まれていた隋の煬帝への国書についてはこれを紛失してしまい、仕方なく自分で文章をでっち上げることにした。それが、歴史的に有名な「世界一不届きな手紙」である。

日出處天皇、致書日沒處皇帝。恙云云乎? (あんたは落ち目の皇帝、あちしは売り出し中の天皇。でもってお手紙書いてみたけど、元気ぃ?)」
小野妹子 について、手紙
「黙れ!私の辞書に自業自得なんて言葉はない!」
小野妹子 について、聖徳太子

このタメぐちに隋の煬帝が激怒したのは言うまでもないが、当時高句麗の情勢が不穏でもあり、また辺境の軍閥が中央政権に反旗を翻しつつある現状を鑑みて、日本に対して制裁を加(くわ)える余裕もなかっため、仕方なく煬帝は指を咥(くわ)えて彼らに返書を持たせて帰らせた。が、実は有名なこのシーンに、小野妹子の名前は一切登場しておらず、ただ使者とあるのみ(出典:『隋書』)である。どうせ他人が持って行く文章だから、とばかりに適当なことを書き散らした結果、日本は歴代中華王朝の柵封体制下から離脱(独立)を宣言してしまったのである。

そして当然のごとく返書をもらったのだが、彼はここでもまたドジっ子属性をいかんなく発揮して、これをなくしてしまう。また口八丁手八丁でごまかそうとするが聖徳太子はお見通し、散々に怒られた挙げ句、流刑に処せられたが、その後に許されて召喚され、「医療分野でお世話になった裴世清先生がお帰りだから、しっかり護衛するように。無事に送り届けたらもうお前はいらないから、そのまま帰って来なくていい。老後の面倒くらいは世話してやる」という指令を下される。仕方なく再び隋へと渡り、せめて平和な余生を……と思っていた矢先に持病の船酔いが悪化、吐瀉物をのどに詰まらせてそのまま死んだと言われている

萌えキャラとして[編集]

そんなどちらかと言えば可愛そうな人生を送った小野妹子ではあったが、その名前に対する蔑視と批判的な視線も時代とともに薄らいでいき、かえって「小野の妹っ娘」として大きなお友達からの支持を得て萌えキャラとして生まれ変わり、現代においては理想的な妹の一人として注目[不要出典]されている。

「ね~え~、お兄ちゃん。起きてってばぁ。もう朝だよぅ?」
小野妹子 について、あなたの妹

他にも「子」の字がついているがために「萌え女の子化」されてしまった高浜虚子(たかはま きょし)や古代中国大陸でピーチクパーチク囀っていた思想家連中ともども隠然たる人気を誇り続けるのであった。

関連項目[編集]

Wikipedia
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