幕末

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幕末(ばくまつ)とは、一時代を築いた幕府が倒れるまでの動乱のことである。

概要[編集]

幕末は大別して源北条王朝足利王朝徳川王朝の三期に分けられることで知られている。それなのに世間一般では幕末の一形態にすぎない徳川王朝の末期のみを指して幕末と呼んでいる。これは、頭の固い事典でも変わらず、「鎌倉幕府や室町幕府の末期を「幕末」と呼ぶことはない。」などと、嘘を書かないと自称している癖に公然と嘘を掲載している。これはウィキペディアが掲げる中立的な観点からも逸脱した行為である。

坂本竜馬をはじめとする江戸期に活躍した歴史上の偉人たちは武勇伝などを代々語り継がれるのに対し、他の時代に活躍した偉人たちは、幕末の志士としては扱われていない。それでは報われないのでこれから紹介したいと思う。

幕末の志士達[編集]

ここでは幕末の動乱を懸命に駆け抜けてきたのに、現代人には幕末の志士とは扱われずに、注目されない人々を紹介したいと思う。

源北条王朝[編集]

後醍醐天皇
鎌倉幕府倒幕の首謀者。彼がいなければ幕末という言葉は存在しなかった。
楠木正成
幕府軍に糞尿攻撃などを仕掛けた武将。鎌倉期の武将の中では人気が高い。
足利尊氏
鎌倉幕府倒幕のため戦った武将。のちに倒幕される室町幕府の礎を作る。
新田義貞
鎌倉幕府を裏切り倒幕に参加した武将。挙兵からわずか十五日で幕府を倒した功績は大きい。

足利王朝[編集]

足利義昭
室町幕府最後の将軍。幕末の志士たちと生涯交流することとなる。
織田信長
実はこの人こそ室町期幕末を駆け抜けた英雄である。
毛利元就
足利義昭に亡命政府の本部となる城を貸した。
羽柴秀吉
室町幕府最後の三年間を関白として過ごした。その後も関白を続けたのことは公然の秘密だ。

徳川王朝[編集]

ここで活躍した人々のことはわざわざ説明するまでもないので他を参照してください。

その他[編集]

阿弖流為と盤具公母礼は、坂上田村麻呂王朝期における東北地方の英雄であるが、倒幕に失敗したために、幕末の志士には含まれない。この王朝は、坂上田村麻呂が征夷大将軍位を朝廷に返上する事で、平穏に終了している。

平将門は藤原忠文王朝期における関東地方の英雄であるが、藤原忠文が関東に到着する前に倒されてしまったので、幕末の志士には含まれない。このような竜頭蛇尾の結果に終わったため、藤原忠文の功績は無かったことにされ、王朝は歴史から抹消された。

考察[編集]

鎌倉期の偉人たちは、たまに歴史ドラマや大河ドラマで出てくることはあっても、幕末の志士とは扱われていない。むしろ悪党呼ばわりされている。また、室町期の偉人たちは、戦国時代のヒーローとして歴史ゲームや歴女に引っ張りだこにされているが、これまた幕末の志士とは扱われていない。だが、室町期の人々は戦国時代にくくられているので、下手すれば江戸期の人たちよりも注目されることがある。しかし、鎌倉期の人は幕末扱いですらない源平合戦の時代の英雄たちよりも人気がない。辛うじて楠木正成ただ一人が愛国者達の絶大な人気を収攬することに成功したが、戦後になってリベラリズムが台頭するとその人気はすっかり消沈してしまった。彼らの功績から考えるとこの扱いは明らかに不当である。しかし、現代を生きる腐女子や歴オタにとって大事なのはいかなる功績があったかどうかではなく自分のオナニーのおかずにできるか否かなので、彼らがこんな扱いなのもさもありなんと言えるだろう。

結論[編集]

どうか歴史好きの方もそうでない方も鎌倉期の英雄のことをもっと知ってあげてください。

関連項目[編集]

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