平教経

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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平 教経(たいらののりつね)とは、ライトノベル作家やアニメ・ゲームの脚本家、シナリオ担当が、「カッコイイ、魅力的な敵キャラ」を描く時に参考、模範とする人物。平清盛の甥にして、悪七兵衛景清と並ぶ平家の荒武者。源義経のライバルであり、彼に奥の手である八艘飛びを使わせるほど追い詰めた。おそらく教経がいなかったら義経が今ほど国民的英雄として称揚されることもなかっただろう。教経の存在は「魅力的な悪役、敵役がいてこそヒーローは輝く」という物語製作の要諦を我々に教えてくれている。

官名が能登守であったことから「能登殿」の通称で呼ばれた。教経の奮闘は敵である源氏の諸将もからも畏敬され、彼と干戈を交えた将兵は皆「能登こわいよ能登」とその武勇を恐れた。この「能登こわい」が訛って「能登かわいいよ能登」になったという。

目次

[編集] 人物

斜陽の平家を支え、水島一ノ谷屋島、そして壇ノ浦など、源平合戦の主立った戦の殆どに出陣して指揮を取り、その武勇を遺憾なく発揮して源氏を苦しめた。その怪腕から放たれる強弓は鎧兜など容易く通し、荒削りに見えながらも正確な軌道で確実に標的を仕留め、太刀や薙刀を持たせれば獅子奮迅、鮮血で彩られた教経の一人舞台が出来上がった。特に屋島の戦いでは義経の片腕である佐藤継信を討ち取り、壇ノ浦では義経を後一歩の所まで追い詰めるなど、その戦いぶりは平家の面々の中においてもとりわけ光彩を放っている。

「平家物語」など、多くの軍記物語に見られる教経は、典型的な武人肌の熱血漢として描かれるが、一ノ谷の合戦の前、兄の平通盛が妻小宰相との別れを惜しんで海上の船団から彼女を呼び寄せようとするところ、「兄上、そのような心構えでは戦場で不覚を取りかねません、何より戦の前に女子のことをあれこれ考えるのは死亡フラグです」[1]と、兄の通盛を嗜めながらも気配りしたり、屋島の戦いで愛顧していた側近の菊王丸が討ち死にすると、悲しみにくれて戦場から引き揚げるなど、単なる猪突家ではない、不器用さの中に人情や深慮の見える人間臭い話もある。戦場での槍働きの話のみならず、こういった淡い話が添えられていたからこそ、能登殿は平家随一の人気者になったと言える。

[編集] 壇ノ浦での最後

平家終焉の地となる壇ノ浦での戦いにおいて、教経は平家の人々が次々入水してゆく中、大太刀を手に源氏の武者を次から次へと斬り捨てた。血走った眼で敵を次々切り伏せる教経に、平知盛は「もう平家の滅びは決まったのだから、足掻いて無益な殺生をするな」と言うが、教経は「さらばせめて義経の首を冥土の土産にせん」と、義経一人に狙いを絞り、追い詰めて行く。立つ鳥後を濁さずと考える知盛の潔さと、それでも平家として、武士としての意地を貫こうとする教経の意地の対比が美しい名場面だが、教経のカッコよさはこれだけに止まらない。

教経は太刀を交えながら俊敏に逃げ回る義経を追い、遂に船の先端まで追い詰めるが、ここで義経はかの有名な八艘飛びを行い、遠くの船まで一瞬で跳躍する。義経に逃げられ、もはやこれまでと悟った教経は「飛んだ飛んだ」と義経の八艘飛びを笑いながら賛美すると、鎧を脱ぎ捨て「俺を生け捕りにせんという勇気のある者はかかってこい」と、丸腰の状態で源氏の武者達を誘った。武士達は皆尻ごみしていたが、やがて安芸太郎、次郎の兄弟が教経を組み伏せんと向かってくる。教経は二人がかりで自分を押さえ込もうとする勇敢な兄弟を造作も無くひねって両脇に抱え、

「貴様ら死出の山の供をいたせ」

と叫び、船から飛び降りて海底へ沈んでいった。享年26歳。この教経最後の前後の話は、そのまま「能登殿最期」という名で平家物語の一節の題目にもなり、この後の平知盛の「見るべき程の事をば見つ」という名場面、名台詞を完全に食ってしまった。この教経入水こそ事実上の平家物語のクライマックスだと語る識者も多い。[2]

結論:能登殿カッコよすぎる。

[編集] 模範的好敵手

上記の通り教経は単なる「強敵」のみならず、とても魅力的な人物として描かれており、そのため多くのシナリオライターが好敵手キャラを書く際の見本、原型とすることが多い。例えばファイナルファンタジー5のギルガメッシュなどは、スタッフの遊び心で少し間抜けなキャラにされてしまったものの、当初は教経のような勇敢かつ潔いキャラとして作られていた。鎧兜を身に付けた平家武者のような装束[3]や、船から海中にドボンする場面などに教経の面影が垣間見える。

かくして、小説で、漫画で、アニメゲームで、教経を原型とした多くの「カッコイイ敵役」が作られていったが、悲しいかな、オリジナルである教経を越えるほどカッコイイキャラは未だにいない。

[編集] 注釈

  1. 教経の忠告通り、通盛は直後の一ノ谷の合戦で討死する
  2. 壇ノ浦の戦いで、義経は平家型の船の水夫らに狙いを定めて矢を射かけ、船の機動力を奪うという戦術で平家方を追い詰めた。水夫を狙うという戦術は当時は禁じ手、卑怯な手段と考えられており、合戦の趨勢も、最初の方こそ平家は互角に戦ってはいたものの潮の流れが変ってからは殆ど義経一党が逃げる平家を蹂躙する独壇場だった。もし教経の奮戦がなければ、壇ノ浦の戦いは「義経が卑劣な戦法で平家を嬲り殺しにした」戦として伝わっていただろう。
  3. しかしなぜか盗めるアイテムが源氏系の防具だったり、義経の八艘飛びのようなジャンプをしたりする

[編集] 関連項目