故・安斎 兆治さんに寄せて

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私の叔父さんで、弔辞の研究家の安斎 兆治さんが亡くなり、未だに動揺を隠せずにいます。

兆治さんは、弔辞の研究家として様々な功績を残しました。そこで、私も兆治さんから教わった知識をフルに活かして弔辞を考えてきました。お葬式の作法もまともに出来ない私ですが、お付き合いください。


兆治さんは、弔辞についてこんなことを教えてくれました。

「まずは、その人と初めて会ったときのことを書くと良い。印象とか、初めて話したことなんかを入れると懐かしさを感じられる」


兆治さんに初めてお会いしたのは、私が小学生の頃だと記憶しています。そのときも、兆治さんは弔辞を書いていました。当時亡くなったばかりの、祖父の弔辞でした。

兆治さんは弔辞の専門家ですから、お義父さんさぞ喜ばれるでしょう、と母が言ったのを聞いて、叔父さんってすごい人なのかなあと思ったのを、今でも鮮明に覚えています。


兆治さんは、他にもこんなことを教えてくれました。

「その人が遺した言葉は、その人の人生を体現してくれる」


兆治さんは、弔辞に対して常に一生懸命でした。

「弔辞は、その人の人生の集大成だから、作る側も本気でやらねばならん」

って、いつも言っていましたね。それは、自分の仕事だからではなく、本気で他人の死、人生に向き合っていたからだと、少なくとも僕はそう考えています。

もし、まだ生きていたら、「まだまだ甘いな」なんて言って微笑みながら肩をポンポンと叩いてくれるかな、と思いましたが、今となってはもうそれも叶いません。


兆治さんは、こんなことも教えてくれました。

「その人がいかに自分にとって大きな人物だったかが分かるような文章が良いだろう。例えば『もう会えないのは分かっているのに、未だに実感が湧きません』とかな」


兆治さんの言うことは常に正論でした。もしかしたら弔辞の文化は兆治さんが作ったものなのではないかとすら思えてきます。兆治さんがこの世を去ってしまって、私の人生は一気に味気ないものになってしまいました。


こんなことも教えてくれましたね。

「参列者や身内の様子を織り混ぜるのも良いだろう」


そうそう。お姉さんの典香さんは、是非兆治さんに弔辞を読んでほしかったそうです。姉より先に逝っちゃうなんておかしいよ、って、典香さん泣き笑いで言ってましたよ。それでも、「お疲れ様、ゆっくり休んでね」と溢していました。愛されていたんですね。


兆治さんはこうも教えてくれました。

「終盤には、亡くなった相手に話しかけるようにすると、参列者の様々な思い出が蘇ってくる。涙なしには聞いていられないだろう」


兆治さん。

僕なりの本気の弔辞、届いていますか?

時にバッシングされ、不謹慎だと叩かれながらもその仕事を全うした兆治さん。その生き様は、私の誇りです。


最後にお会いしたときには、既に寝たきりの状態でしたが、そんな状態でも、僕にこう言ってくれました。

「最後の最後には、自分の印象に残った言葉を伝えてくれ。俺の弔辞はお前に託した」


最後に、兆治さんが、私の祖父の葬儀で話してくれた言葉で締め括らせていただきます。

これでお別れだとは思っていません。少し離れるだけです。またそのうちお会いしましょう。

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2019年 05月19日 安斎 九郎