御徒町

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御徒町おんともがらのまち)とは東京上野秋葉原に挟まれた係争の地。行政上は台東区に含まれ、上野の反アキバ文化圏の最前線に位置するが、その地の利を活かしアキバ系のスパイも多く出入りしている。まれに「おとちょう」とか「おかちまち」と読む輩がいるが、「おんともがらのまち」が正式名称である。

上野とアキバの間[編集]

電気街だった秋葉原が、1990年代から急速にオタク街に変容し、併せて急速に膨張し始めたことに、近隣地域の焦燥は募るばかりであった。たとえ「自分の趣味にしか興味のない」オタクさんたちであっても、それが一斉に野に放たれることについての恐怖は想像を絶するものであった。街中がオタクで満ち溢れたらどうしよう、という防衛心理から、台東区役所と上野住民が中心となり御徒町やその近隣に、檄を飛ばし始めたのは、1995年初頭オウム真理教地下鉄サリン事件の惨禍の記憶覚めやらぬ時期であった。すでにアキバとの分離工作の最前線である末広町には国境ラインが仕掛けられ、地下鉄銀座線末広町駅には、いざという時のために、有刺鉄線落とし穴が設けられ、警報探知機や地雷が設置された。さらに北に行ったシントミゴルフ・コトブキゴルフにはゴルフ用品と見せかけた武器が収納され、御徒町駅前のファミリーデパート吉池は食糧補給地となり、上野松坂屋は総合司令塔へとなった。

作戦本部・中田商店[編集]

特に作戦本部とされたのが、御徒町から上野に伸びるアメヤ横丁(以下、アメ横)の中央に位置する、ミリタリーグッズと革ジャンの店中田商店である。日本最大の軍事情報網が設置され、迷彩服を着た軍事オタクがたむろするこの店ほど、うってつけの場所はない。純粋軍事オタクは日頃、「萌え」とかわめいている秋葉系のオタクに敵意を持っている者が多く、一騎当千のつわものの彼らは自ら志願してアメ横の用心棒となり、梁山泊の如くここを根城に結集したのである。ちなみにダミ声を鳴らしているアメ横のおじさんたちも、言うまでもなく、秘密訓練を受けた戦闘員であり、警報が発動されるや、中田商店の指令に従って、直ちに防衛の軍務に服すことが、義務付けられたのである。くわえて防衛戦を鼓舞すべく、徳大寺摩利支天から寛永寺にいたる諸寺では「オタク調伏」の祈祷が連夜続けられることになったのである。

つくばエクスプレスの迂回[編集]

かくしてアキバ文化圏と反アキバ文化圏の対立は、避けがたいものとなり、日本初の「となり町戦争」が勃発する寸前まで、状況は悪化したのである。しかも1999年の恐怖の大王の年を越した翌2000年、都営地下鉄大江戸線開通による上野御徒町駅開設で不気味な噂が飛び交った。この機に乗じて、第一ボーダーラインの「末広町ライン(蔵前橋通りライン)」を突破したオタクさんたちが、ゲルマン民族の大移動のように、どさくさにまぎれて第二ボーダーラインである「大江戸線ライン(春日通りライン)」を突破し、御徒町・上野・鶯谷その他を略奪するのではないかと。デマがデマを呼び、御徒町はパニック状態に陥った。この混乱の中、都営地下鉄ならびに東京都が調停の使者となり、「アキバ系オタクが大挙して、御徒町に無断で立ち入らないこと」を確約させ、混乱は回避された。そしてアキバと茨城県つくば市とを結ぶつくばエクスプレスをオタク護送列車として運行させることとし、御徒町を迂回させることに決定したのである。そして2005年、平和裏につくばエクスプレスは開通し、「御徒町」駅ではなく「新御徒町」駅に停車することになったのである。オタクたちは脇にそれた。その背後に御徒町住民の血のにじむような抵抗運動があったことは特筆しておくべきであろう。

鮮魚は吉池で買え[編集]

アンサイクロで本当のことを書くが、アメ横の鮮魚はクズ品ばかりだと知っている人間は多いと思う。ではどこで買うのが正解かといえば御徒町駅を降りたすぐそこにある吉池デパートで買うべきだ。ここはリトル豊洲と言っても過言なレベルではなく、鮮魚関連は非常に豊富であり、特にマグロ河豚海栗・(夏場は)に関しては東京どころか日本一の品揃えと言っても過言ではない。その為、プロの料理人も吉池デパートで購入する人が少なくなく、東京でまともな魚を調理したいと言う人がいればここに強制連行してもいいレベルである。又、設立者が新潟人であるために新潟に自社工場を持っているため、新潟の酒や米と魚介加工品は非常に豊富である為に、新潟成分が少なくなった新潟人にとってはヒールスポットと言っても過言ではない(本当の魚沼の米や餅を購入できるぞ!)。まあ、富裕層でで料理が好きな人は東京に移住する際は御徒町に移住すると吉池デパートがある限り、死ぬまで食事関連には事欠かないので、御徒町付近に住居を構えるといいと思う。

御徒町の現況[編集]

では流行の最先端のオタクににらみをきかしている御徒町は旧弊にして、排他的な街なのかというと、そうではない。「京浜東北線通過断固反対」の垂れ幕でお馴染みのように、もともと千客万来で来る者拒まずの街である。一時期はイラン人やその他の外国人がたむろしていたように、どんな宗教でも民族でも溶け込んでいける国際色豊かな街であった。それが証拠に、アメ横にはどこから手に入れたかわからない怪しい舶来化粧品や外国菓子が山と積まれている。これらの品は、アメ横名物スジの入ったマグロいつ干したのかわからない乾物とともに、この街の密輸中継地的な性格をよく表している。また御徒町の経済の7割を支配する宝石店も、入手ルートのあやしさをしみじみと実感させるものである。御徒町の店頭に並ぶダイヤを掘るためにどれだけの人の手を経てきたか考えると、非常に感慨深い。「ブラッド・ダイヤ」と呼ばれるそれらのダイヤのためにおそらく3、4人は死んでいるだろう。尚、近年ではダイヤがどこでも取れるために値段が下落傾向にあり(デビアスの独占が崩れているため)カラーストーンに人気が集まり、例えばアレキサンドライトパライバトルマリンルビー(但しミャンマーのモゴック産の非加熱)等の宝石を求め、有象無象の人間がうじゃうじゃ出入りしている状況である。


以上縷々述べてきたが、それでもオタクはこの街には入れない、そうとしか言いようのない「越えられない壁」「見えない壁」「バカの壁」があることに、改めて注意を促しておきたい。

関連項目[編集]